散りゆく桜

第17話 運命が赦せば

上手く鳴くことの出来ない鶯が、木の枝にとまって必死に特徴のない鳴き声で囀っている。

まるで仲間から見放され、人にも妖狐にもなりきれない僕のようだと心の中で思う。



「あの鶯、上手く鳴けるようになるため、ここのところ毎日頑張っているな」



先刻までひとりで留守番していたけれど、どうやらいつの間にか滝にぃもここを訪れていたらしい。

本当に頑張っているのだろうか、と疑問が浮かぶ。

僕には他の仲間と同じように鳴けない自分に絶望し嘆いているように見えたから。

心が荒んでしまった証拠かな。



「…悪いけど、今は誰とも話す気になれないんだ」



気を遣って話しかけてくれた滝にぃの気持ちを無下にしてしまった。少しの後悔が心に滲み出すのを感じながら、「また来るよ」と言って去って行く背中を無言で見送る。

夏夢ちゃんの僕に関する記憶を消したあの日から口数が減って、生きた屍状態となった僕を心配してくれているのだろう。かをる君は居場所のない僕のために、頻繁に陰陽師寺の留守番を頼むようになった。

僕がここにいてもいい理由を、彼はくれたのだ。

あの夏祭りの日から、天狗の持つ葉が焦げ茶色に枯れて、世界が僕を隠してしまう色に染って、と季節は巡った。

今、季節は桜が見頃を迎える時期となっていた。舞い散る桜の花弁がゆったりと手の甲に着地する。

その様子を、何も感じない心でただ眺めていた。



「ただいま」



滝と入れ替わるようにして戻って来たかをる君に「おかえりなさい」と小さく声をかけた。

それっきり口を閉ざした想の隣に、かをるはゆっくりと腰を下ろした。なんの会話もない沈黙の中、満開の桜から時々花弁が散るのを眺める。



「ねえ想君。春はいい季節だね。新しく何かを始めようとする者の門出に相応しい季節だ」



晴れやかにそんなことを言う彼に、嘆くような口調で返す。



「もうなにも、希望なんてないんだ。夏夢ちゃんといられない世界で僕が生きている意味はない」



自分で選んだ未来にここまで絶望し、後悔するとは思っていなかった。けれど今更何を願ったところで、夏夢ちゃんは僕のことを忘れ、僕の恋は儚く散っていくのだろう。



「後悔してるなら、また願うといいよ」



その言葉に、視線を僅かに彼へと向けた。



「確かに、人と妖が結ばれることは禁忌だよ。それはずっと昔からから決められているこの世の掟。だけど…願って叶うことなら、それは運命が赦したことになるんじゃないかな」



それだけ言うとかをる君は部屋でお香を炊き始めた。仄かな香りが畳の部屋から縁側に漂ってくる。

なるべく人の姿であり続けたいと願う想は、無理をして人間の姿形を保っていた。

無理に重ねた術が祟って、毛の艶はなくなり梳かす度に抜け落ちた。抜けたそれらは、先程まで生が宿っていたとは思えないほどくたびれている。

鏡の中を覗けば、映った想の目にかつてのような輝きはない。夏夢の映らないこの瞳は、淀んでいく一方で。

体力の限界を迎えて妖狐の姿に戻らなければならない苦痛は日に日に増していき、人間になりきれないまやかしの姿にもうんざりしていた。

変わりたくても変われない。妖狐が人間になるなんてこの世の理に背くようなことは、きっと誰にも出来やしない。

けどもし、出来るとしたら…



『願って叶うことなら、それは運命が赦したことになるんじゃないかな』



想が振り返るのを待っていたかのように、こちらを見据えていたかをる君に懇願する。



「かをる君、僕を人にすることは出来る?」

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