第10話 過去、繰り返される今の行先
後に残った花火の煙の残香が、普段は手放している昔の記憶を勝手に引き出してくる。
子どもの頃、滝とその想い人の彼女と三人で、よく花火をしたことがあったっけ。
忘れてしまいそうな幼少の身寄りの嘘みたいに楽しくって幸せだった、かをるにとって生涯忘れることのない時間。
許嫁として彼女を紹介された時、僕はちっとも興味を抱かなかったのを覚えている。
まだ結婚という話題を出されるにはピンとこない年頃だったこともあって、素っ気ない態度で年頃だった彼女をきっと傷つけてしまったことが今でも悔やまれる。
長男だったこともあり、生まれた時から陰陽師として生きることが決められていた。未来も、その未来をともに歩んでいく相手さえも自由に選ばせてもらえない。
そんな不自由な人生に辟易し、家出しようと考えていた丁度その頃に偶然滝と出会った。
一般社会から隔絶されて育てられていた僕には、友達と呼べるような友達がいなかった。だから滝が悪さをしない、つまり退治しなくてもいい妖だとわかると、歳も近かったせいかすぐに意気投合した。
一族には内緒で滝に会うことが多々あった。池の畔でよく自分の境遇に対する愚痴をこぼすと、決まって滝は慰めてくれた。
許嫁の彼女の話をするようになってからは、よく彼女の話を聞きたがった。
その時は何とも思わなかったけれど、今思えばあれは運命だったと言っても過言では無いのかもしれない。
ついに会ってみたいと言い出した滝に彼女を引き合わすと、二人はどちらからともなく惹かれ合うようにお互いの手を取った。
二人の逢瀬は三人だけの秘密だった。
自分の立場を上手く利用すれば、彼女と出かけると家の者には嘘をついて、彼女を滝と会わせるのは簡単だった。
本来なら人と妖の恋愛など赦してはいけないのだろうけど、そういった古いしきたりを嫌っていたかをるは二人の恋焦がれる姿をみて無性に応援してあげたくなってしまったのだ。
それでも、三人で出かけることも少なくなかった。
二人で出かければいいものを、本来許嫁である自分がいる手前違う男を好きになったことに罪悪感を覚えていたのかもしれない。
僕には彼女への気持ちがなかったので、気を遣わなくていいのにといつも思っていた。
想と夏夢の姿を見ていると、まるで
けれど滝と彼女の恋は、妖と人間という大きな壁をどうしても超えることが出来ずに散ってしまった。
それから二人は次第に距離を置くようになった。まだ互いに想いあっていても、人と妖では埋められない何かに諦念の滲んだ目をしていた。
好きになった人と結ばれることが許されない僕と同じような境遇で育った彼女もまた、決められた道を歩むことに覚悟をしていた。
けれど滝と出会ってしまったことで、もう元の生活に戻ることは出来なかったのだろう。
滝と結ばれない人生に、生きる希望を失った彼女の体は次第に弱っていき、大きな悲しみに浸りながら若くして最期を迎えた。
花火の残り香をゆっくりと消していくように、蚊取り線香の香りがかをるの意識を現在へと引き戻した。
(こんなにも幸せそうな二人を見て悲劇にも似た過去を思い出すなんて、あまりに酷いかな)
彼女が亡くなってからも、出来ると彼女が褒めてくれた術を教わることをやめなかった滝は、僕がここを訪れると決まって現れた。
術を教わっていることを他の妖狐に話さないと約束した彼が、その約束を破ってまで僕に会わせたのが想だった。
その理由について語らなかった滝に代わり、想から話を聞けば聞くほど滝がこの子たちを放っておけなかったことが容易に想像出来た。
どんなに悔やんでも、過去は取り戻せない。
人と人ならざる者の壁はいつの世も超えることは赦されることはない。
それでもこの世の理を無視して、どんな罰が下ろうとも、あの時結ばれていれば彼女は死ななかったかもしれないと思い悩んでも、滝の愛した彼女が帰らぬ人となってしまったことは変えられない。
「だからこそ、なのかな。ねえ、滝?」
いつの間にか同じく二人の姿を、二人からは気づかれない畳部屋の暗がりから眺めていた滝の表情は、障子の影になってよく見えなかった。
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