第5話 ほんのひと時の再会

「想くん…」



その名前を、その容貌を、着ていた浴衣を、一度たりとも忘れたことはなかった。

微笑む想は、記憶の中の涙を浮かべていた幼い彼よりも、少しだけ大人びて凛としているように見えた。



「久しぶり、夏夢ちゃん。こんなところで、なにしてるの?」



尋ねられ、はっと我に返る。



神社ここで友達とかくれんぼしてたんだ」


「忘れてたの?、おかしいんだ」



綺麗な顔に悠然と微笑まれ、どこか気恥ずかしくなった夏夢は想から視線を逸らしながら隣に腰掛けた。



「確かにここは見つけにくいと思うから、隠れるのに向いているね」



冷えた階段の面を、指の先でそっとなぞる。そんな想の仕草を見て、夏夢は思ったままを口にした。



「ここ、日が差さないんだね」


「そう。暗くて涼しくてとっても心地いいんだ。もしかして寒い?」


「ううん、涼しくて気持ちがいいよ」



想は持っていた団扇で「これでもっと涼を得られるね」と二人に風が当たるように扇いだ。

そんな何気ない仕草のひとつひとつに見惚れてしまうのだった。






会話はなく、ただただ夏の音と互いの呼吸音が聞こえるだけの静寂の広がる空間。

無理に言葉を交わさずとも、二人は一緒にいられることに幸せを感じていた。

しばらくして、陰陽師寺に誰かが入って来る気配があった。

恐らく彼方だろう。

わたしは咄嗟に想くんの横顔をみつめる。



「ぼくのことは気にしないで。君の友達には見つからないようにするから」



後ろ髪を引かれながらも、また会えると信じて階段を下りる。

下りきって先程までいた場所を振り返れば、もうそこに想の姿はなかった。

(また、会えるよね?想くん)

気を取り直しかくれんぼへと意識を集中させ、階段近くにある大きな柱に身を隠す。ここにいては簡単にみつかってしまうだろうけど、もうそれでもよかった。

息を殺しながら入口の方をこっそり見れば、彼方が背を向けて靴を脱いでいた。

彼方は昔から背伸びをするところがあるから、同級生はみんなベリベリとくっつけるタイプの靴を履いてた時から、一人だけ紐靴なんかを履いてた。だから脱ぐのに時間がかかっているのだろう。

柱に背中を預けた。

想くんに会って早くなった鼓動が聞こえてしまうのではないかと不安に思いながら身動きせずにいると、頭上から声が降ってきた。

見上げれば柱を覗くようにして彼方顔があった。



「みつけた」


「みつかっちゃった」


「お前が最後まで残るの、珍しいな」


「蒼ちゃんも友君ももうみつかっちゃったの?」


「とっくだよ」



そんな風に言われてしまっている二人を少し気の毒に思う。が、実際彼方は鬼になると短時間でみつけてしまう。

彼方に降参を言わせられたことはわたしも含めて誰もいない。



「彼方が鬼になるといつもすぐみつかっちゃうもんね」


「ああ。…でも」



彼方は元きた廊下を歩きながらぼそっと呟いた。



「…お前がいつもみたくみつけられなくて、ちょっと焦った」



目を合わせようとしない彼方に手を引かれながらふと後ろを振り返れば、想くんが静かに手を振ってくれていた。

その唇の動きを追って、彼の伝えようとしていることがわかると、落ち着いていた鼓動が再び速さを増す。

わたしも彼方に気づかれないようにそっと手を振り返した。



外で既に見つかってしまっていた二人と合流する。

ツツジの葉っぱを体のあちこちにくっつけた蒼ちゃんが、朽ちた看板の字に目を細め「神社に寺っておかしくね?」と首を傾げた。

それに対し彼方や友も口々に自分の予想を口にする。

けれどその間、わたしの耳に二人の声は届いていなかった。



──またね



別れ際、彼の唇はそう動いていた。







その夜お風呂から上がった夏夢は、自室のベランダに出て夜風に当たっていた。

数多の星を眺めながら、想のことを考える。



「あのお寺に行けば明日も会えるかな…」



淡い期待を込めて何気なく呟いたはずの言葉には、自分でも驚くほどの力強さが込められていた。

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