満ちる桜
第4話 夕暮れのかくれんぼ
わたしには幼馴染が三人いる。
向かいの家に住む一番付き合いの長い
みんなわたしの大切な、かけがえのない友だち。
彼方とは元々お母さん同士が中学からの同級生で仲がいいこともあって、赤ちゃんの時から一緒だ。
分厚いアルバムを開けば、何時だって一緒に写っているのは彼方だった。
近所に同じ年頃の友だちがいなくて、お互いに一人っ子なこともありよく一緒に遊んでいた。
蒼ちゃんとは小学校からの付き合いで、人見知りが激しくてなかなかクラスに馴染めなかったわたしに、声をかけてくれたのが仲良くなったきっかけだった。
男勝りな物言いに初めはビクビクしていたけれど、一緒に過ごす時間が長くなるにつれて優しく面倒見がいい子だとわかった。
女の子の友だちは蒼ちゃんが初めてで、彼方とはしないような話をすることが新鮮で楽しかった。
思い返してみれば、友君との出会いは少し風変わりだった。
三人のお兄さんたちとかくれんぼをしていて、鬼にされてしまった友君はなかなかお兄さんたちを見つけることが出来ずに泣きべそをかいていた。
それをわたしと彼方が見つけたのがきっかけだった。
『どうしたの?』
『にいちゃんたちとかくれんぼしてて、全然みつけられなくて…』
『それで泣いてたのか。ミンミンゼミみたいだな』
持っていた虫取り網を地面に突き刺した彼方は、願望混じりにからかった。
丁度わたしたちは虫取りに公園を訪れていたからだ。
『泣き虫って言いたいんだろどうせ』
『そんなことないよ。彼方はこう言ってるけど、一緒におにいさん探してくれるって!』
『ほら』と夏夢が指さした先では、首から提げていた虫かごを外して虫取り網の近くに置いた彼方が、茂みをかき分けて中を覗いていた。
『もちろんわたしも手伝うよ。だからもう泣かないで?』
差し伸べられた手を取って、涙を拭った友は立ち上がり気を取り直す。
見知らぬ子どもに見つけられた兄二人は驚き、最後まで見つけられなかった長男もまた珍しく泣かずに弟二人を見つけた友に驚いているようであった。
それからというもの、夏夢、彼方、蒼、友は四人でよく遊ぶようになった。
どんなに仲が良くなろうとも、夏夢は幼馴染の彼方にでさえ想のことを話さなかった。
二人だけの秘密を、守り続けていた。
想に出会ったあの夏祭りからもう5年が経つ。
十三歳になった夏夢は今でもずっと想との再会を信じて待っていた。
終業式を終えれば、待ち焦がれていた夏休みだ。
三十度以上の猛暑が続く中、夏夢たちは飽きもせず毎日外へと遊びに出ていた。
「神社なんて去年の夏祭り以降来てないよ」
自転車を引いていた友が感慨深げに呟いた。
「確かに。あたしも行ってないな」
「夏夢は七歳が最後なんじゃないか?。ほら迷子になった…」
「う、うん」
厳密には夏祭りの日以外も、それ以外の日も、夏夢は頻繁に神社を訪れていた。
誘いを断って、夏祭りにもこっそり本堂の裏で想が現れるのを待っていたなんて言えるわけがない。
夏祭りの誘いを断ることを六年間も友人たちに怪しまれずに済んだのは、迷子になったという怖い記憶が蘇るから行きたがらいのだろうと気を遣われていたからだった。
その証拠に、どうして行かないのかなどとは一度も聞かれたことがない。
「久しぶりにみんなで行こうよ!。夏祭りじゃなきゃ平気かもしれないし。ね、夏夢?」
「そうだね」
友の引く自転車のサドルに腰掛けている蒼ちゃんはノリノリで提案を口にした。
多少の罪悪感はありつつも、夏夢はその提案に首肯する。
もしもみんなの誤解を解けば、ならどうして夏祭りに行かないのかを言及されてしまう。そうなると想くんのことを話さなくてはならなくなってしまうので、みんなの勘違いに甘えさせてもらっていた。
「何する?、鬼ごっこする?」
「いや、かくれんぼだろ」
断言する彼方に、蒼は「彼方に賛成〜」とかくれんぼ票が早くも二票になる。
かくれんぼを全力で嫌がる友だったけれど、夏夢がどちらでもいいと微笑めば強制的にかくれんぼをすることに決まった。
神社に到着すると友は自転車を放って、握った拳にはぁっと息を吹きかける。
「それじゃあ鬼を決めよう。にいちゃんたちのせいでほんっっっっとに鬼側トラウマだから、隠れる側になりますように。…じゃんけん」
「「「「ぽんっ」」」」
っしゃあ、と一人だけ勝った友君が鬼決めの輪から、サッカーの試合で買った時のようなポーズを決めながら早々に抜ける。
残る三人で再びじゃんけんをしたところで鬼が決まった。
「あははは、彼方が鬼〜。あんた相変わらずじゃんけん弱いね〜」
「うるせえよ。三十秒、いち、に」
桜の木にもたれ掛かるようにして目を伏せ数を数え出した彼方に、「え、もう?」と慌てて遠くへ駆けていく友。
「急がないと彼方二十秒代数えるの早いから」
「早く隠れよう」
足の早い友はもうとっくに見えなくなっていて、蒼は這うようにしてツツジの茂みへ隠れた。
夏夢の足はまるで導かれるように自然と本堂の裏へと駆け出していた。
「さんじゅう」
彼方が数え終わる声が聞こえ、夏夢は見つからないよう息を潜めた。
流石に本堂の裏にいてはすぐに見つかってしまうと考えて、いつもなら足を踏み入れない奥へとやって来ていた。
彼方が来ないことを確認しながら、小枝を踏んで音を立てないようゆっくりと後退していた夏夢は、背中に壁のようなものがぶつかって振り返る。
そこには本堂よりも一回り小さい建物が建っていた。
木で出来た朽ちかけの看板には、墨で書かれた達筆な字で何か記されている。
相当年季が入っているのか、字の部分が剥げて薄くなっていて読みにくい。
目を凝らしたり頭を逆さにしたりしてなんとか読めたそこには〝陰陽師寺〟とあった。
「ここならきっと彼方もみつけられないよね」
怖いと思うような外観だったけれど、夏夢は不思議と惹かれるようにして中へとお邪魔した。
中は思ったよりも広々としていて、時々人が入っているのか靴下の足裏に埃もつかなかった。
一階には身を隠せそうな場所が見当たらなかったので、夏夢はそのまま足を進めて行き、二階へと繋がる木製の階段をゆっくりとのぼって行く。
木の軋む音を聞きつけて、彼方に見つかってしまうのではないかと
不意に聞こえた鳥の羽ばたきに躓いて転びそうになる。
「っ…」
転ぶ、と声にもならない声を上げながら受身を取る。が、予想していた鈍い痛みはいつまで経ってもやってこない。
咄嗟に瞑っていた目を開けると、銀色の瞳と目が合った。
「久しぶり」
夏夢は慌てて体勢を整えた。
あの時と違って、尻尾以外に耳も生やしているけれど、間違いない。
今自分の目の前にいるのは、再会を心から願った幼き日の思い出に強く残る白く美しい姿。
想との六年ぶりの再会に、夏夢はかくれんぼのことなど忘れていた。
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