第2話 約束
花火が終わり、白く瞬く星が夜空を飾っていた。
不意に夏夢ちゃんの名前を呼ぶ人々の声が幾重にも重なって聞こえてきた。
「彼方たちの声だ!」
「きっと夏夢ちゃんのことを探しているんだ。早く行った方がいいよ」
「想くんは?」
「僕は大丈夫。きっともうすぐ迎えに来てくれる。心配しないで」
安心したように、声の聞こえる本堂の表へと駆け出す夏夢。その背中に向け、想は祈るように呟いた。
「またね」
〇─〇─〇
夏祭りの翌日。
夏夢に会えるかもしれないという淡い期待を込めて、想は朝早く境内へと足を運んだ。
昨夜夏夢と別れた直後、想の元へ血相を変えた滝が迎えに来てくれた。人である夏夢と会うことは、そんな風に心配してくれる彼を裏切っているようで胸が痛んだ。
それでも、想は夏夢に会いたかった。
待っても待っても夏夢は想の前に現れなかった。彼はそれでも待ち続け、その間袖口から取り出した小さな鞠をついて暇を持て余した。
日が暮れ始めた頃、中に鈴の入った手鞠のしゃんしゃんという音とは別に、人の足音が聞こえた。
「想くんっ」
駆け寄り飛びついて来た夏夢の、自分より少し背の低い華奢な体躯を抱きとめる。
「想くんに会いたくて来たの」
無邪気にそう言って肩に顔をうずめる夏夢に、喜びで綻ぶ口で「ぼくも」と囁く。
頬を薄い桜色に染めた彼女の手を両手でそっと握り、彼女の額に自分の額をそっと合わせる。
胸が苦しくなるような愛おしさに、早まる鼓動。こんな気持ちは生まれて初めてだった。
本堂の横には、背は低いけれどとても立派な桜の木が一本聳え立っている。
想たちにとっては見上げるほどの高さの大木に、今は深い緑の葉が風に揺れている。
「夏夢ちゃん、手」
「ありがとう。よいしょっと」
その木へ想が先にのぼり、足場を探しながら引き上げられるようにして夏夢も後に続いた。
汗だくになった肌を撫でるように、幹の次に太くて丈夫な枝に腰掛けた二人の間を涼しい風が吹き抜ける。
「…知らなかった。ここから見ると、人間の世界は本当に広いんだね」
大人でも登るのがきついと言われる何段もの階段を登った先、そんな高台に神社はあった。
そこにある桜の木の上からは遮蔽物も少なく、人の住む街を一望することができた。
目がくらむほどの広大な景色に想が物思いに耽っていると、隣で同じ景色を何の感慨もなく眺めていた夏夢が口を開いた。
「ねえ想くん」
「なあに?」
振り向く想に、夏夢は満面の笑みで言う。
「今年は無理だったけど、いつか一緒に夏祭り行こうね」
返答に時間を要した想は、眉を八の字にして「行きたいな…」と曖昧に答えた。
「約束だよ」
それでは納得のいかなかったらしい夏夢は想に向かって小指を立てた。それは誓いの印だ。
木から落ちないようにバランスを取りながら、その小指に自分の小指を絡ませ指切りをした。
「約束」
小指を絡めることを決めた時にはもう決心していた。
自分が一妖狐として認められた暁には、自力で人の姿に化けてこの子と夏祭りに行くんだと。
しかし、この時の想には知る由もなかった。夏夢に会えなくなってしまうことを。
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