3章

 ふくよかな男性は事務所に入ってくるなりこういった。

「会社をクビになりそうなんです」

「と、言いますと?」

「僕は会社の営業部なんですがなかなか売上が出なくて……」

「なんの会社にお勤めなんですか?」

「家電とかですかね……。ホットプレートが人気です」

「実演販売とかしないんですか?」

「しているんですが…」

「そうですね…」

「今月のノルマ分を代わりに売ってください!」

「え!」

 驚いた。売り上げる方法を教えてくれならわかるが、まさか代わりに売ってくれとは……。

 だが操上さんは頷いている。依頼を受けろということだ。

「依頼を受けます」

「ありがとうございます!」

 男性は事務所から軽やかな足取りで出ていった。

「なんですかあのおっさん気持ち悪い」

 奈那依さんが呟いている。若い女性にこう言われていると知ったら男性はどう思うのだろうか。

「奈那依さん、そんなこと言って……」

「石踊君もそうなるかもよ?」

 心に数値換算10000のダメージを食らってしまった。

「まあ2人ともあれは大事なお客、クライアントだ。仕事はしっかり遂行するぞ」

 操上さんまであれ呼ばわりだ。


「ここでの路上実演販売です」

 東京の人通りの多い通りに僕達は立っていた。ここで、この屋台で実演販売を行う。 

「私に任せてください」

 奈那依さんは自信満々のようだ。

「フット・イン・ザ・ドア法と両面開示の法則を使うらしい」

 操上さんが耳打ちしてきた。

 フット・イン・ザ・ドア法とは小さな欲求から大きな欲求を叶えさせるビジネステクで一慣性の法則を利用しているらしい。

 両面開示の法則とはメリットだけでなくデメリットも開示することで信用を買い売上をあげるテクニックだ。

「皆様!これからあの○○社のホットプレートを販売致します!どうか見るだけでも!」

 見るだけでも、と言うのは前者を利用しているようだ。

 その声を聞き付けて数人の人たちが「あの会社の?」や「試しに……」などと言いながら集まってきた。

「なんと!こちらのホットプレートは……」

 ホットプレートの解説が始まった。その説明を聞こうと人が集まってくる。

 数分たって一通り説明が終わると実演が始まった。

 心地の良い音を立てながらホットケーキを作っていく。ホットケーキミックスが徐々に固まっていく様子は見ていて気持ちよかった。

「皆さん!試食いかがですか?」

 完成すると試食を民衆にすすめ始めた。皆がパンケーキを食べ「美味しい!」などと言っている。中には「買おうかな……」と言っている中年女性もいた。

「ですが……」

 奈那依さんがそう言うと周囲が静まり返った。「ですが」前までの言葉と逆の言葉を言う時に使う。つまり良い言葉は言わないのだ。

「すデメリットが2つあってですね。まず電気代が少々高く、普通のホットプレートより平均して2.3円高いです。そして、コードが無駄に長いです」

 コードが無駄に長いとはどういうことだ。

「このコード無駄に5メートルもありまして近くにコンセントがある場合使いづらいんですよ」

 これを聞いて皆は「コードが長い?」などと呟いている。

 僕は気がついた。親近効果を利用している。

 親近効果とは話の最後に示された情報が判断に大きく影響する効果だ。

 多くの人は両面開示の法則もあってか、口々に購入の意を示している。

「皆さんお買い上げありがとうございます!」


「いやぁ、助かりました」

 男性はニコニコしながら感謝を伝えてきた。

「いえいえこちらとしてもいい経験になりました」

 奈那依さんはなんとも言えぬ表情だ。

「では料金の方は後日請求書をメールでお送りします」

 男性はお決まりの文句を聞いたあと事務所を去っていった。

「今回は石踊君何もしなかったね」

 操上さんに痛いところを突かれる。

「操上さんはなにかしたんですか?」

「もちろん」

 事務仕事中心に行っていたという。

「このままじゃ石踊君給料なしかな?」

 奈那依さんが横から言う。

 それだけは正直に避けたい。

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人操探偵 月簡 @nanasi_1

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