止まった僕と動く時計

 ◇



「君いっつも一人でいるよね?」


 校庭の木陰で本を読んでいる俺に対して、聞き慣れないことが耳まで届く。顔にはもやがかかっている。とにもかくにも浜中以外から話しかけられることなんてほぼほぼないから驚いてしまう。


「浜中に言われて来たのか?」


「ふふふ、聞いた通りの警戒心だね」


 口元からもやが外れ、ウザったらしい笑みが浮かび上がる。さしずめ馬鹿にしているような、こちらの心を見透かしているような心底腹の立つ笑みと肩を揺らして喉を鳴らすような笑い声がさらに俺の中の不信感を増させる。


「質問に答えろよ」


「ん、半分はその通りかな。もう半分は僕自身の興味本位かな。話を聞いてると面白そうな子だから、ぜひ友達になりたいなって田中くん」


 田中くんの後に音符マークがついているかのような軽く弾むような声に合わせて、俺との距離を一気に詰め、本で隠している俺の顔を覗き込んでくる。はっきり言って怖かったが、ここで変にビビった方が怖いタイプな気がする。


「変なやつ」


「はは、心外だな。そんな怖がられると僕も傷つくよ? そうだ、自己紹介がまだだったね。僕の名前は巻川。巻川……



 ◇



「……田中!」


 その山坂の声に現実に引き戻される。気づけば自分は両膝を地面に着き、両手はテーブルに支えてもらっている状態になっている。


「っはぁ、はぁ……わりぃ。ちょっとボ――っとしてた」


「嘘つかないでよ! 凄い過呼吸になってたし、ずっと僕が声かけても反応なしだったし」


 先程、自分の話し始めに呼吸が乱れていたことから、山坂の言葉が嘘ではないということが分かる。まぁ、この状況で嘘つくほど山坂もヤバい奴じゃねぇんだけどな。こんな焦ってる演技は出来ないはずだしな。


「おう、もう大丈夫だ」


「怖いよ。なんでそんな変に落ち着いているの……」


 山坂は若干涙目になりながら、凄く心配そうな顔で俺の顔を覗いてくる。この心配そうな顔、俺はここ数日で山坂以外の人間から幾度となく見てきて、その度に申し訳無さを感じてきた。


 ただわりぃ山坂。俺にも理由なんてよくわからねぇし、はっきり言ってさっきのあれがなんなのかよく分からないんだが、

 


 平静を保ってるフリしないと今、崩れてしまいそうなんだ。

 


「とりあえず、変な気を起こしちゃダメだよ。その、いずれ分かる範囲のことは警察が調べてくれると思うから」


 普段の間延びした喋り方がかき消えるほど、山坂を不安にさせてしまっていることに申し訳無さを感じながらも、自分の考えていることが言う前から山坂に透けていることに気づく。まぁ、あんな反応したら当然ではあるか。


「分かってるさ。自分の無力さもこういう時に思ったままに行動しちゃダメってことも」


 あぁ、こういう時の自分って凄くめんどくさいよな。分かっていながらもそのような言動を取ってしまう自分がもっとめんどくさいということを分かっているのに、精神のバランスが先程の事件のニュースか、それとも脳内で再生された謎のシーンのせいで大きく崩れてしまっているようだ。激しく自己嫌悪もしてしまう。


 しかし俯いていた自分に生ぬるい暖かさが包み込む。顔を上げると右手に山坂のプルプルと震えた右後頭部が目に入る。


「全然無力じゃないよ田中は。田中がいなかったら僕はこの世に戻ろうとすら思って無かったかもしれないし、そもそもこんな楽しい人生送れてなかったよ」


 身体はすり抜けていてもやや僅かな暖かさを感じる。はぁ、こいつはこんな風に想いを伝えてくれるのにな。結局なんで俺は素直になれねぇんだ。


 俺は結局また、素直な言葉を発せないまま抱きしめられない身体を抱きしめ、僅かな可動域の右手でリモコンを手に取り、そっと電源を消した。



 ◇



「落ち着いた?」


 しばらく抱きしめ合っていたまま、呼吸を深く落ち着けていたら山坂の方から声をかけられた。先程のように脳内の世界に彷徨っていたわけではないし、ボーッとしてた訳でもないが、意識は吹っ飛んでいた。山坂に預けていたという方が正しいのかもしれないが。


「あぁ、おかげさまで」


「それは良かったよ~でもまぁ、温かいお茶でも飲んで落ち着いたら? 一旦ちゃんとリラックスしたほうがいいと思うよ~」


 山坂の間延びした喋り方がもとに戻って来ていることにホッと一安心しながらも、まだ凄く心配されていることに気づき、早く落ち着かなければと思う。


「ゆっくりで大丈夫だよ~そういう時って焦るとかえってよくないこの方が多いからね~」


「そうだな。俺がこんなんだと、お前も調子に出せなさそうだしな」


「ほんとそうだよ~僕は本来心配される側じゃなくて、心配する側なんだからね!」


 なるほど。山坂は普段こんな気持ちなのか。いや山坂と違って俺はふざけていないから山坂のそれとは全くの別物のはずだが。そして山坂の方は少しホッとしているのか、俺を本調子に戻そうとしているのかは分からないが普段の調子に戻ってきているようだった。


「はは、そうだな。わりぃ」


「も~そこはツッコむところでしょ! 田中がそんなんだとこっちも気が狂っちゃうよ~」


 そんな山坂と裏腹に自分がまだ本調子に戻っていないことに気がつく。これを期に素直に褒めたら浜中のように山坂からも意外な反応が見れるかもしれないと思ったが、何だか先程まで山坂に身体と意識を預け、抱き合っていたことを思い出したら、なんだか手洗い仕返しを受けそうで、少し恥ずかしくなってきたので辞めた。


「こっちだって、あの後にいきなり本調子には戻せねぇんだよ」


「あの後ってどの後~? 田中がちょっとヘラってたところ? それとも僕を抱きしめたところかな~」


 そう言ってダイニングテーブルに腰掛けながら、俺により掛かる山坂。クソ、本調子に戻ってくれたようだが、これだとこれでウザい。そのいつものような挑発的な笑みを浮かばせ、先程のことを思い出しているのか恍惚としたような表情をしている。


「さっきまでちょっといいヤツだと思ってたのに、相変わらずウゼェやつだ」


「うへへへ、相変わらず酷い~でもちょっと安心かも」


 山坂はそうすると一切傷ついた様子を見せず、先程までの笑顔とは違ったホッとしたようなひだまりのような笑みを浮かべている。


「それで安心してくれるなら、ずっと酷いヤツでいてやるよ」


「も~素直じゃないんだから」


 思わず俺も笑みが溢れる。あぁ、こいつとの時間があと僅かっていうのは本当に


 ガチャ!


 鍵の開く音が玄関から鳴り響き、俺も山坂もピクリと固まって、視線が同じ方を向く。


「じゃあ、そろそろ上に行くか」


 どうやら母親が帰ってきたようだ。当然だが母親を前にして山坂と堂々と話すことは出来ない。僅かに残っていたお茶を無理やり口から流し込む。喉元過ぎても暑さ忘れず。若干苦しみを感じながらも飲み干し、玄関を経由して自室へ続く階段へ向かおうとする。


「ん! 了解~」


 ガチャ……


 リビンクから玄関へ続くドアを開け、玄関で思わぬ鉢合わせ方をする。


「二人一緒? なんか珍しいな」


 そこには予想に反して、父と母が二人で立っていた。共働きとはいえ仕事は正社員で母はパート。いつもは父のほうがだいぶ遅く帰ってくるはずなのだが。そして何より父親の両手に握られた、Lサイズの近所のスーパーマーケットのレジ袋が気になった。



 ◇



 珍しい、家族三人揃っての夕食、というか朝も昼も揃うことなんてほぼほぼないから食事を家族全員ですること自体が物凄く久しぶりだ。


 テーブルには先程買ってきたと思われる、フライドポテトやフライドチキン。唐揚げにハンバーグなどの誰がどう見ても豪華な食べ物が並んでいた。しかし両親は無言のままであり、箸すら握ろうとしない。気まずい沈黙が流れる。かと言っても親は俺に対して怒りのような感情を覚えている訳でもなく、どこか親も気まずそうな顔をしている。そんな顔をされるとこっちまで気まずくなってくる。


「急にどうしたんだよこんな。誰かの誕生日でも記念日でも無いはずだろ?」


 気まずい沈黙を打ち破るとともに、この大量の豪華な食べ物を目の前にして第一に脳内に浮かぶ、率直な疑問を両親にぶつけることにする。運動会かというほどの主役級のメンツに両親、とりわけ父親が帰宅時間を早めるという、理由を聞かずにはいられない状況である。そんな俺の質問に母は俯きながら、少し間をおいてからゆっくり話し始めた。


「その山坂君の件があったじゃない。それでそこまで弱っている様子では無かったけど、どこかずっと上の空だったし。トラウマみたいな感じで気が病んでるんじゃないかなって思ってお父さんと話していたの。でもこういう時、あんたに学校休みなさいとか病院行きなさいとか言っても聞かないでしょ? だからこのくらいのことしか出来ないかなって」


 なるほど、山坂の件の慰めのようなものだったのか。この一週間はやはりずっと申し訳ない気持ちの連続になりそうだな。しかし朝の山坂のいたずらがバレてないかという不安は無事解消することに成功した。まぁ本人から生き返ったことを聞いても信じられないほどだからな。


 そしてちょっと目を離していた山坂を探すが、リビングには居ないようだ。ただならぬ雰囲気を感じたからだろうか。恐らく自分の部屋にでもいるのだろう。あいつは基本的に俺以外、最近は浜中も含めてだが、親しい人以外に対するデリカシーは意外とあるやつだからな。単に気まずすぎただけかもしれないが。


「山坂には俺が元気な様子を見せるのが俺のできる一番の餞なのかなって思ってな。あいつ俺が悲しんでると馬鹿にしてきそうだし、だからその、もうそこまで心配しなくて大丈夫だ。なんかごめんな」


 今日の朝、浜中に言ったような発言をほぼコピーペーストするかのように発する。俺はこの一週間あと何回このような言葉を申し訳無さを感じながら発さなければいけないのだろうか。そして同時に今日の朝、浜中に激怒されたことを思い出す。しかし俺の言葉を聞いた父、母ともに少しホッとしたような表情を浮かべた。そしてお互いの顔を嬉しそうに見合わた。


「それは良かった。結構心配してたからな。それじゃあ食べるか」


 父はそう言って箸を取る。それを見て俺と母も箸を取る。


「いただきます」


 そうして俺は山坂が生き返っておらず、ショックから立ち直れてなければ口に入れることすら難しそうな量の食べ物たちをかきこんでいった。



 ◇



「そう言えば浜中さんが朝、家の前に聞いていたな。ひょっとしてお前の心配をしてきていたのか?」


 ある程度、八割程度テーブルの上の食べ物がなくなったところで父親に朝の話しを切り出された。どうやら見られてしまっていたらしい。まぁ、あの時間出勤の時間くらいだろうし邪魔になっちゃってたんだろうな。申し訳ない。


「そうだな。あいついいヤツだから」


「浜中さんはほんといい子よね。あんたとも小学校からずっと仲良くしてくれてるし、あんたが辛い時期にはいつも傍で支えてくれてる気がするわ」


 俺の発言に対して、若干食い気味に話に混ざってくる母親。いつも母親は浜中をべた褒めしており、それは本人の前でも変わらない。まぁあいつ親への対応も良いしな。うちの母親が気に入るのも無理はないだろう。全く、俺と違ってどこまで優等生なんだか。


「何が言いてぇんだよ。あいつは誰にでも優しいやつだから。俺みたいなやつですらほっとけないんだろ」


「またまたー」


 そう言って山坂には劣るがウザい笑みを浮かべる母親。ほんといつだって俺と浜中をくっつけたがる。別に俺と浜中はそういう関係じゃないし、変に浜中に漬け込んでいたりしなければいいのだが。


「確かに浜中さんは凄くいい子だな。あんなに優しくてしっかりとした子はそういないと思うぞ」


 父親はウンウンと頷きながら母親に賛同する。母親とは違って父親は他人を褒めること自体珍しいので、この手の話に乗ってくることは無いと思っていたのだが。まぁそれほどに浜中というやつは凄いということなんだろう。やっぱりあいつの近くにいると自分という人間が悲しくなってきてしまう。


「そんなすげぇヤツが俺と恋仲になる訳ねぇだろ」


 自虐を含めながら両親の話を切り上げ、話を続けれられないように再び箸を手に取り、食事を再開する。というか先程までのしんみりムードはどこへ行ったのか、まぁこちらとは楽ではあるのだが少し困惑してしまうほどである。


 そんなことを思いながらも目の前の絶品たちに箸が止まるわけもなく、食べ物は口の中にドンドン放り込まれれいった。その後お腹が苦しくなるほどには。



 ◇

 


 そんなこんなで全てを食べ終えて、腹休憩と称して自室へ戻ってきた。いや事実お腹はメチャクチャ苦しいのだが。


 ガチャ


 ドアを開けるがそこに山坂の姿はない。ただ単にかくれんぼしているのか、それとも俺がずっと親と喋っていて放置していたので拗ねてしまっているのか、どちらにせよ一筋縄には行かなさそうだ。


「おーい、山坂。いるのか?」


 念のために声をかける。ただ当然のごとく返事はない。


 ガラッ


 クローゼット、つまり唯一自分の部屋で身体を隠せそうな場所を開けるが、そこに山坂の姿はない。まぁ今の山坂は身体を透かし放題なのでこんな道理は通用しないのだろうが。


 辺りを探してもパッと見た限りでは何もおかしなところはないように見えたが、よく見るとベットの布団に僅かな膨らみがあることに気づいた。山坂は細いし小柄で身体に厚みも無い方なので全く気づかなかった。


「おい、山坂。隠れてないで出てこい」

 

「っふえ~?」


 布団の膨らみをゆさゆさと揺らすと気の抜けた返事と共に、布団の膨らみがモゾモゾと動き、そこからひょこりとか小さな顔が飛び出す。その顔は完全に先程まで寝ていた顔であり、何なら起こされたことに不機嫌さを感じているかのような顔である。どうやらかくれんぼのつもりだったではないらしく、ガチ寝をしようとしていたようだ。


「わりぃ、寝てたとこ起こしちまったみたいだな。全然寝てていいぞ」


「ふぁ~寝てないよ~ちょっと横になってただけだよ~」


 いやそれは無理があるだろ。と思いつつ、この状態の山坂はふざけているのではなく天然ボケで何を言っても無駄なので、スルーして学習机の椅子に座る。


 山坂はと言うとベットの上で猫のようにぴーんと身体を伸ばしてプルプルと震えている。なんかウザくない時のこいつは本当に小動物みたいだな。ていうか冷静に考えて、さっき山坂に触れてたよな。あれは間違いなく山坂の身体の感触だった。幽霊状態でも無機質には触れると山坂は言っていたけど、無機質には当然俺も触れるからそれを介せば擬似的な山坂に触れるということみたいだ。これはちょっと便利かもな。


「んん~なんかこの時間帯なのに目冴えてきちゃったよ~」


 そりゃあさっき寝てたからだろうが! と脳内ツッコミを済ませ自分は風呂へ向かうため着替え類を持って下へ向かおうとする。当の山坂は先程触られていたことなど一切気にしていないようだ。


「ん? お風呂~? 僕も行く~」


 もはや当然のようにお風呂についてこようとする山坂。


「おう、早く準備しろよ」


 そしてたった一日しか一緒にお風呂に入っていないのに一切抵抗がなくなっているという事実。若干自分の慣れに恐怖を覚えながらも部屋を出て階段を下って行った。



 ◇



「んん、それじゃあくすぐったいよ~もっと強く擦って~」


「注文の多いヤツめ」


 ケチをつけられながらも山坂の背中を洗う。タオルは無機物なので山坂には触れるし、当然俺はタオルを触れるので山坂の背中を洗うこともできるという寸断だ。まぁ、山坂に触れるとさっきは革新的な風に言っていたが、実のところこれくらいの有用性しか無いだろう。


「全く、未だに不思議なことばかりだよな。これだとお前に服を着せれば手足と顔以外は触れるようになりそうなんだがな」


「ごめ~ん。それは無理なんだよ~」


 お風呂の小さな椅子に腰を掛け、シャンプーハットをつけながら足をパタパタと揺らす山坂は、ゴシゴシされて気持ちよさそうな顔しながら続けた。


「僕の普段着ている白装束には特別なパワーが宿っていてね、それだけを着ていることによってこの世におばけの僕を繋ぎ止めてるんだって~だから白装束を脱いで別の服を着るのはもちろんダメだし~白装束の上から別の服を重ね着するのもダメなんだって~」


 なるほどな、そんなパワーが……ってん?


「じゃあお前、風呂入ってたらダメじゃねぇか! ていうか風呂と言わずとも白装束脱いだら」


「いや~一時間くらいだったら大丈夫なんだよ~それよりもエチケット! エチケット! 田中に臭いなんて言われたらショックで死んじゃうからね~」


 じゃあのぼせた後、俺が処置して無かったらやばいことになってたじゃねぇか。全く、こいつは本当に危なっかしいんだから。


「臭くたって臭いなんて言わねぇよ。第一お前体育後の汗まみれの状態でも抱きついて来やがるじゃねぇか。そっちの方を何とかしてほしかったわ」


「別に生きている間は大丈夫なの~あの時と違って今は一つ屋根の下で共に暮らし、夜な夜なベットで身体を重ねてお互いの」


「誰がんなことしてるか~!」


 山坂のおませ妄想が行くところまで行ってしまいそうだったので言い切る前にストップした。僕らの世界が何らかのルールに触れて、消されることはなんとしても避けなくてはいけない。


「も~いい所で止めないでよ~まぁ夢でもいつもこのあたりで目が覚めちゃうんだけどね~」


 夢でもお前はそんなことしているのか。そして山坂の夢でも自身が性欲旺盛で無いことに安心する。違くて自分で想像したら気持ち悪くなってしまうからな。


「まぁでも田中がしたくなったらいつでも僕はウェルカムだからね! 僕が来てから発散しにくくて溜まってるかもしれないし」


「余計な妄想してるんじゃねぇよ」


 余計な妄想と心配をして、うへへへとウザったらしい笑みを浮かべる山坂。普段ならため息をついて行き場のないツッコミを抑えるとこだったが、今は違う。先程発見した。タオルで俺が山坂の背中を洗えるという現象を応用し、両手に先程まで山坂の身体を洗っていたタオルを巻き付け、生前のようにグリグリをかます。


「痛い! 痛い! 久しぶりだからいつもより痛い!」


 見事にクリーンヒットして、悶えてお風呂の水をバシャバシャと蹴り上げる山坂。不意打ちだったということもあり、威力は相当なものになったようだ。実験は大成功だ。


「お前が幽霊の姿になってから無敵のようになっていたが、これからはそうも行かないぞ。ゴムクローブでも常にハメときゃしっかりお前にお仕置きできるぞ」


 これで山坂にやられっぱなしの状況からなんとか抜け出せそうだ。まぁ山坂が生きている時からやられっぱなしだったので少しマシになった程度ではあるのだが。


「うぅ~それ反則~せっかく幽霊になったメリットがゼロになっちゃうからゴムグローブは禁止~でもゴム……田中のあれにつければ身体を透けずにエッチなことも」


「だからお前はなぁ!」


 勢い任せに山坂の頭を思いっきりはたく。


「痛い! うぅぅ……」


 若干涙目になる山坂に申し訳なさを覚えながらも、対抗手段を見つけたことに若干の喜びに笑みが溢れてしまう。


「なんで笑ってるのぉ~ダメだよSとかに目覚めたら~え、嘘だよね? 僕を叩いて興奮したからもっと叩かせろとかないよね?」


 そんな俺の様子を見てオロオロと怯え始める山坂。こいつかまちょだけどMではないんだな。いやそういう風に言ってるだけで根はそうなのかもしれないが。


「ずっとブツブツ言ってるの怖いよ! お願いだから違うって言ってよ~! ねぇ田中~!」


「あ、わりぃ。そんな性癖持ってないから安心しろ。それより昨日みたいにのぼせたらめんどくさいからさっさと上がるぞ」


「う、うん……」


 俺の返事が空返事だったからか若干怖がられて、距離を取られているが、少しそんな山坂に怯えている小動物のような可愛さを覚えてしまう自分に恐怖を感じながらもそれを山坂に感じさせないようにサラッと風呂から出た。



 ◇



「うぅぅ、なんか目が覚めちゃってて、すぐに寝れそうにないよ~」


 自室まで戻ってきてあとできることと言えば寝ることくらいであるのだが、先程まで寝ていた分、今日の山坂は寝付きがあまり良くないそうだ。まぁ今日は金曜日で明日の予定もないから夜更かししたって特段問題は無いわけ無いんだが。


「そりゃあ、ぐっすり夕方に寝てたらそうなるだろ。とりま電気消すぞ。それで目瞑ってれば少し暗い寝れるかもしれないだろ」


「ん~了解~」


 そしてすぐさまベットへと潜っていく山坂。本当に目が覚めている人間の行動とは思いにくいが、山坂にとって寝れないは昨日レベルの寝付きが出来ないと言うだけの話なのかもしれない。それなら常に俺は寝付きが悪いということになってしまうが。


「よし、それじゃあ電気消すぞ」


 パチっと電気を消して、山坂の潜っているシングルベットへと自身を身を潜らせていく。


「田中は眠くないの~?」


 修学旅行のような質問を振ってくる山坂。まぁ普通に考えてそうでもないのに同級生と二夜連続で寝ている事自体が特殊すぎるのだが。


「ん、まだ全然起きてられるぞ」


「んじゃぁ、ちょっとだけ話そうよ~」


 山坂にはなんだかんだ眠気が回ってきているのか素直モードの山坂になっている気がする。それとも先程のまま怯えているのかもしれないが。


「全然いいぞ」


「ありがと~」


 その眠気から来ていると思われる溶けたような返事が帰ってきた後にしばらく山坂からの返事がなく、寝てしまったのかと思い、声をかけようか悩んいでいたが、おそるおそるといったような様子で山坂は喋り始めた。


「その~さ。自分でもあんまり言いたくないんだけどさ、僕が消えた後ってどうするの?」


 それは俺が危惧していたものなんかより物凄く重い内容の質問。だけれども回答の選択肢なんてほぼほぼ一個しかないような質問だった。


「それは頑張って生きていく以外に選択肢なんてないだろ。お前も俺が自殺してお前についてくなんて嫌だろ?」


「うん、そうしてくれると嬉しいな。それで自殺だけは絶対に辞めてよ。こっちからは自意識過剰みたいで言いにくいけどさ。そんなことしたら田中が死んでも僕と同じ場所に来れないだろうし」


 そう言えば、自殺をしたら天国に行けないだとか親を先に死んでしまうと三途の川を渡れないというのは聞いたことがあるような気がする。あれでも山坂が天国に行けてるってことは違うのか、それとも山坂の人間性に神様が心を打たれて天国に行けたのか。まぁ自分の頭でいくら考えても無駄なことではあるのだが。


「あぁ、それは分かってるよ。そしてあんまりでもこの話はしないでくれ。受け入れなきゃいけないのは分かってるけど、俺もまだ受け入れきれて無いんだ」


「うぅ、そうだよね。ごめん……」


 先程のような状況に危惧し、話を切り上げようとして山坂に謝らせてしまった。俺は何を山坂に謝らさせているんだ。辛いのはそっちの方だろうに、この一週間が終わった後に周りに誰もいなくなるのはそっちだろうに。眠い時の山坂に普段の調子で話しかけてはいけないことくらい普通に考えて分かるはずなのに。


「そろそろ、寝よっか」


「ん、おやすみ」


 山坂の方から会話の終わりを切り出されてしまい、その重苦しい空気を部屋に残しながら寝る以外の選択肢がなくなってしまった。本当に俺は何をやってるんだか。さっきのも素直に謝れればもう少し気持ちよくお互い眠れただろうに。本当に俺って馬鹿だな。


 でもそんなことをうだうだ考えたってどうしようもないよな。おそらく山坂は寝てないけど今から起こすのはあれだし、明日起きて朝イチで謝ろう。


 そう静かに心のなかで決意をして、無理やり目を閉じて朝を待つこととした。秒針がうるさくその邪魔をしたが、やがて夢の世界へと誘われていった。



 ◇



 目が覚める。外からのうるさい雨の音で休日だというのに予定よりも早く起きてしまった。昨日、一昨日と珍しい晴れが続いていたがこれがいつも通りっちゃいつも通りである。


 ってそうだ。俺は山坂に謝らなければいけないんだ。まだおそらく寝ているだろうけどこちらが寝ながら謝るのはあれだろうししっかりベットの上だろうと座ることにした。


 しかしそれであることに気づいた。


「……山坂?」


 先程俺が寝ていたところの隣の部分に膨らみがない。それが意味することはすぐに理解できた。布団を勢いよくどけるが、悪い想像通りそこには誰もいない。浜中にバラされた? それとも俺と山坂の会話がうるさくて周りに感づかれた? 思いつくのは酷く悪いものばかり。ただそんなもうそうなどではなく、事実として分かっていることが一つだけあった。


「本当に俺は何度やっても学ばない、大馬鹿野郎だ」


 力なくベットに拳を押し当てる。その拳は他人ではなく自分への怒りをこめて、ベットの上で力なく震えていた。






お別れの時間まであと5日と8時間

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