最後の一週間

「それって、いったいどういうことだよ……」


 先程までの山坂が帰ってきた喜びよりも段々動揺が強くなってしまう。山坂が死んだという事実に変わりはない。しかし俺の目には割とはっきりと山坂が見える。霊感に唐突に目覚めたとでもいうのか、それとも幻覚を見てるとでもいうのか。


「だからお化けになったの! ほら壁だってすり抜けられるよ~」


 そう言うと壁をすり抜けて「ばぁ!」と顔を出す山坂。その無邪気な言動も山坂そのものだ。しかし未だに目の前の光景が信じられない。だが、試しにつねった右頬は確実に痛みを感じた。


「……まぁ、信じられないよね。僕もちょっと信じられてないもん」


 当然だよね、と言う表情を浮かべる山坂。


「あぁ、正直幻覚でもみてるんじゃねぇかって疑ってる。母親を呼んで確かめてもいいか?」


「それはダメ!」


 普段の間延びした喋り方とは違った、山坂のハッキリとした大声に身体がのけぞる。いや珍しいというか初めて聞いたかもしれない。


「あっ……ごめん。とりあえず色々説明しなきゃいけないことがあるんだ。だから、その……ここじゃあれだから部屋上がってもいいかな?」


 こちらも初めて見る山坂の姿だ。どんなに懲らしめたって反省の色ひとつ見せない山坂がこんな申し訳無さそうな様子を見せるとは。そもそも普段のこいつなら俺の部屋ぐらい無許可で入ってベットぐらい荒らしているだろう。それがこうもなるとは、分かって入るがやはり緊急事態なんだろうな。

 

「構わないぜ。ちょっと汚いけど許してくれよな」


 事情は知らないが、俺の母親に見つかったらまずいらしい。普段のようなウザいノリで言われたら断っていたが、今回ばかりは従う他選択肢はなさそうだ。


「ありがと~!」


 そんなこちらの考えを他所にいつも通りの無邪気さに戻って返事をする山坂。だがまぁ、普段ならここから猛烈なトークが飛んでくるからそこのあたりマジなんだろうな。俺は山坂を二階にある自分の部屋まで案内した。



 ◇


「ほれ、ここが俺の部屋だぞ」


 俺の部屋は一般的な一人部屋と言ったサイズで、小学生の頃から使っている学習机とシングルベットが置いてある。よくある普通の高校生の部屋だ。まぁただ床には畳んでない洗濯物とかがぶちまけてあるが。


 

「よっこらしょっと、失礼しま~す」


 そんな俺の部屋の汚さには一切気を止めることなく、俺のあまり大きくないシングルベットによいしょと腰を掛ける山坂。ひょっとしたらこいつの部屋も俺くらい汚いのかもしれない。とりあえず俺も山坂の左隣に腰を掛ける。


「さてと、まずどこから話せばいいかな? 簡単に全部のことを言った方がいい?」


「そうだな。それで頼む。」


「おっけ~とりあえず死んであの世に行って~そしたら神さまと会って~あんた英雄! 生き返っていいよ! ってなって色々ルールはつけられたけど帰ってきたよ~って感じかな」


「……さっぱり分からん」


 山坂の超省略解説と意味不明な身振り手振りでは何となくの流れすらもいまいち理解できず、思わず突っ込んでしまう。


「え~でも簡単に言うならこんな感じだよ~」


 言われたとおりにしたのにと不服そうな山坂。確かに言った通りではあるのが……


「わりぃ。やっぱり簡単じゃなくてしっかり説明してくれないか?」


「おっけ~じゃあ僕が死んだ後から始めるね~」



 ◇


 

「うぅ……あれ? 痛くない?」


 僕は轢かれたはずじゃ……でもあたり一面には黄色のお花畑があって、空は轢かれたあの時と同じ青空をしている。


「目が覚めたかな?」


 聞いたことのない声に僕は振り返る。


「君は誰?」


 そこには白いローブに草冠をつけた細身の女性が立っていた。


「私は天国の案内人です。今から神様のところに案内します」


 感情のこもってない話し方に少し冷たさを感じながらも立ち上がる。それに天国の案内人。たしかにザ・天使って感じの服装をしてるけど、それってつまり……


「そっか、僕死んじゃったんだね~」


 何となくそうなのかな? とは思ってたけどやっぱり僕は死んじゃったみたいだ。


「きっとまだ受け入れられないでしょう。でもこればかりは受け入れてもらうしかありません。私たちにはどうにもできませんので」


 言葉ではそう言っても、何も感情を感じられないしゃべり方をされる。でも死んだことに間違いは無いらしい。まぁあの勢いで撥ねられたんだから無理もないけど……ってそうだ!


 「そうだ! あの子はどうなったの? 轢かれそうになってた子!」


 そう、僕はあのとき子どもを庇ったんだ! よく覚えてないからその子を助けられたかどうか記憶がない。無事だといいんだけど……


「その子なら、あなたのおかげで擦り傷だけで助かりましたよ」


「よかった~!」


 擦り傷だから無事って訳でもないけどホッとした。生きているようで何よりだ。


「よかった? あなたは死んだんですよ?」


 理解できないという表情をされる。正義のヒーローはいつだって孤独なものなのかもしれない。


「まぁ僕は死んじゃったけど、一人の命が助けられたんだよ! それっておめでたいことじゃ~ん!」


 まぁ、そういうことだよね。できれば罪悪感を感じないでほしいというのが、我儘な僕のもうひとつのお願いだけど。


「理解に苦しみますね。それに本当は……」


「随分と話し込んでいるね。気の合う友人が見つかったかな? ルースレス」


 また別の聞いたことのない声に声に天国の案内人さんと一緒に振り返る。すると今度は大柄でひげを蓄え、同じく白いローブに草冠をつけたおじさんが立っていた。


「申し訳ございません! お手数をおかけしてしまい!」


 即座に天国の案内人は跪いて、先程までの話し方とは人が変わったようにはきはきした声で謝罪をした。


「何もそんなに謝ることはないルースレス。ただちょっと珍しいなと思っただけだよ」


 優しい声色で跪く天国の案内人さんもといルースレスさんに手を差し伸べるおじさん。ここまでの様子を見てもルースレスさんより上の立場の人なのは間違いないだろう。それで天国ということは……


「おじさんがもしかして神さま?」


「おじさんとは失礼な!」


 キッとこちらを睨みつけ、今にも僕に噛みついてきそうな様子のルースレスさん。おじさん呼ばわりが余程ダメだったっぽい。そんなルースレスさんをおじさんはなだめて優しく頭ポンポンをする。


「いちいち目くじらを立てるべきではないよルースレス。そして山坂くんだったかな? いかにも私が神様だ。この天国全体の最高責任者である」


 予想通り神さまだった。そして僕の名前も知っているとはビックリだ。本当に死後の世界は存在するんだということが証明された。そして思ったよりイメージ通りだった。


「やっぱりそうだったんだ。とりあえず地獄じゃなくて天国に来れたみたいで一安心だよ~」


 そして僕のイメージが間違えてなければ、地獄ではなく、天国に行くことが出来たのだろう。色々いたずらばかりしてきたから心配してたけど、最後ので運よく天国に行けたのかもしれない。釜茹でにされたり針山に刺されたりしなくて一安心だ。


「いやはや、君ほど善良な人間はそういないよ。一切の躊躇いなく人の命を救うために自らの命を投げるとは、そう当たり前に出来ることではない」


 褒められて嬉しくなってその時のことを振り返る。思い返すと何も考えることなく、飛び出していった。むしろ飛び出してからハッとなった感じだった。その後にまずい! と思って田中の学ランだけぶん投げたんだっけ。それで子供を押し飛ばしてみたいな感じだったかな? う~ん、でもやっぱりあんま覚えてないな。


「う~ん。まぁあの時はそれどころじゃなかったと言うか。考える時間もなかったというか……」


 それを言うと、神さまはふむふむってした後、僕にこう問いかけてきた。


「なるほど。では死んでしまったことを後悔しているということか?」


 後悔、まぁ長生きはしたかったけど、もう一度記憶が残った状態であの場面になったとしても僕はきっと飛び出したと思うんだ。


「後悔? う~ん、急に死んじゃったことは悲しいし、友達にも申し訳ないなって思うけど~子供が助かるか、僕が助かるかだったら、子供が助かった方が良かったと思うよ。それにあの場面で何も出来なかったらそれこそ一生後悔するだろうから」


 そしたら神さまはオーバーリアクション気味に驚いた素振りを見せた。


「そこまで善良とは……そうだな。もし私が君を甦らせることが出来ると言ったらどうする?」


「神様!?」


 唐突な発言に僕よりルースレスさんの方が驚いて先に発言していた。意外と感情が出やすい人なのかもしれない。しかし僕もそれにビックリして反応できなかっただけで相当ビックリした。


「えっと、本当にそんなことできるの?」


 さすがにこれは僕も信じられなくて、信じていないように聞き返す。


「まぁこんなのでも一応神様だからね。と言ってもこのような権利を行使するのはずいぶんと久しぶりかな? それほど君は善良な人間だってことだよ」


 とりあえずとんでもなく褒められて、僕の聞き間違いでもないってことが分かったんだ。


「ほんと!? やった~!」


「ははは、でもそのまんま生き返らせることは流石に出来ない。過去に色々と問題が発生したからそこそこ制約があるのだ。それこそ生き返ると言っては語弊があるかもしれないくらいに、それでも大丈夫かな?」


 まぁ、ルールがなんにもなく生き返れるのはさすがに無理だよね。そのくらいは納得できた。


「うん! 頑張って守るよ! だから教えて~!」


 二つ返事でオッケーしたよ。生き返るためならなんでもできる気がしたからね。

 

「それは頼もしい。では早速説明させていただこう」



 ◇



「みたいな感じで~とりあえず生き返れることになったんだ~」


 なるほど。しかし恐ろしいことにこいつは神様にもナチュラルにタメ口で話していたらしい。そこで「失礼な! 貴様は地獄行きだ!」なんてこともありえただろうに。その、ルースレスさん厳しそうだし。


「お前、神様にもタメ語なのかよ……」


 流石にドン引きして声に出してしまった。


「も~そこは気にしなくていいでしょ!」


 ペシペシと俺を叩くようにする山坂。その手は透過してしまっているが。いやでもお前生き返れなくなるかもしれなかったんだぞ……でもまぁ、ここにずっと突っかかってたら永遠に話が進まなさそうなので、こっちが折れよう。はぁ、結局いつも通りこっちが折れてるような気がする。


「分かったよ。で、その制約ってやつが俺の母親とかに教えちゃいけない理由なんだな」


 そう、ここからがおそらく最も重要な部分だ。心して聞こう。


「うん! そだよ~じゃあそれも話していくね~」



 ◇



「それではまず一つ目、触ることの出来ない状態で生き返ること」


 まぁやっぱり、それくらい重めの制約が来るよね~でもここで文句言ったら生き返らせてもらえないんだろうし。大人しく受け入れるしかないな。


「つまりお化けみたいなってこと?」


「そういうことだ。基本的に現世にあるものは全て透過できるぞ。無機物に限っては触ることも可能だ」


「なるほど、なるほど~」


 生き物以外は触れるってことか。


「そして二つ目、君が許可した人間のみ君を視認することが出来る。なお家族に姿を見せることは出来ない」


 許可っていうのは多分僕が見えるようにするってことかな? でもそれ以外は基本透明人間ってことか……でもお母さんにも挨拶したかったのにな~。なんでダメなんだろ?


「えっと、文句とかじゃなくて疑問なんだけど、どうして家族はダメなの?」


「すまない。以前問題が発生してしまって大変なことになったのだ。申し訳ないが了承してほしい」


 そう言ってかなり青ざめた顔をする神様。多分、前の時に相当に大変なことになったのだろう。現世のルールもなにか大きなことが起こるとルールが変わるし、それと似たようなものなんだろう。


「じゃあ仕方ないね~分かったよ~」


「すんなりと受け入れてくれてありがとう。そして三つ目、一週間しか現世に滞在することは出来ない」


 一週間……短すぎるよ~それじゃあ現世への旅行だよ~まぁ挨拶程度なんだろうけどね、さすがにフルで生き返らせることはできないんだろうし。でもここまで思ってたより重いな~正直。


「じゃあその間に挨拶だったり最後の時間を過ごして~ってことね」


「そういうことだ。そしてこれが最後だ」


「君が許可した人間が、君が現世にいるということを漏らしてしまった場合、君と言う存在をすべての人間の記憶から抹消する」


「これが全てだ。守れるかな?」


 重い。今までのものとは比べ物にならないようなかなり重い制約。でも僕が信用してる人なら……きっと大丈夫だ。


「うん! 大丈夫だよ~信頼できる人ならちゃんといるから」


「分かった。それでは君を現世に転送する。準備はいいな?」


 もっと魔法陣とかで飛ばされると思ったけどそんなに簡単なんだ。ちょっとショック。


「うん! 行ってきます!」


「はぁああああああ!」


 神さまが両手にエネルギーを溜めて叫んだ。そしたら僕はその両手から出た光に包まれていく。



 ◇



「それで現世に来たら、田中が号泣してたって感じ」


 いつも通りのウザったらしい笑みを浮かべ、何か言いたげな顔をする山坂。


「お前、あん時からいたのかよ……」


 恥ずかしさが背を伝う。相当に崩れていた自分を見られていたのだから。こいつの記憶を消してしまいたいくらいだ。


「そんなぁあ! 迷惑だなんてぇえ!」


 半笑いしながら、明らかに誇張した上ずる声で俺の真似をする山坂。流石に頭に来た。


「てめぇ、今すぐSNSで拡散してやろうか!」


 スマホを手に取り。世界規模のSNSアプリを開く。こいつはもはや死のノートだ。


「ごめんってば~! もう怒らないでよ~僕が抹消されちゃうよ~」


 気づけば山坂はいつもの具合に戻っていた。こいつの心ない謝罪はあと何回聞くことになるのやら。


「はぁ……まぁつまり、お前がいるのは一週間で、それを他人に言っちゃダメってことだろ?」


「そんな感じだね~どうしたの? 一週間でお別れなんて寂しい?」


 ウザったらしい笑顔と上目遣いでこちらを覗く山坂。一週間……それはお別れを告げるには短く、それが最も大切な友人だとしたらさらに短い話だ。


「長いな、一週間も24時間お前に付きまとわれなきゃいけないのか」


「も~なんでそんなこと言うのさ! 寂しくて死んじゃうよ?」


 ぷんすかと言った様子で頬を膨らませ、身体を上下に揺らす山坂。顔の部分は若干赤くなっている気がする。幽霊でも意外と顔色は豊かになるらしい。


「もう死んでるだろお前」


「うへへへ、それは笑えない冗談だね」


 あぁ、本当に笑えないよ。俺の冗談も、お前が死んだということも。一週間でお前が消えてしまうことも。


「とりあえず信じてもらえたかな?」


 そういえばそれが色々話してくれた一番の理由だったな。てか元はそのためだった。話の内容が濃すぎて忘れてしまっていた。


「まぁ、信じる以外にこの状況を説明できないしな」


「もしくは僕がいなくなったのが寂しすぎて幻覚見ちゃってるとかね~」


 辞めろ。そういうたちの悪い冗談は。


「寂しくも何ともねぇよ」


「も~素直じゃないんだから。とりあえず、お風呂入ってきな~明日も学校あるんだし、臭かったらみんなに嫌われちゃうよ~」


 急に切り替えるなこいつは。まぁ元々気まぐれな奴だしな。


「お前はおかんかよ、まぁ入ってくるわ~」


「うんうん! ゆっくりしてきてね~」


 という訳で山坂を部屋に残し、リビングに降りてきた。あいつのことだから俺の部屋を勝手に漁ったりしている可能性もあるが、そんな理論実質透明人間と化している山坂に対しては杞憂というか考えても無駄である。というか帰ってきてから部屋に直で行ったので、両親に対してただいまのひとつも言ってなかった。


「あんた、大丈夫?」


 母親が物凄く心配そうな顔でこちらを見ている。そうだ。俺以外は山坂が現世にいることを知らない。だから俺は山坂を失い、深く悲しんでないとおかしいのだ。こういう演技は得意じゃないが、勘ぐられないために頑張らなければ。


「あぁ、ちょっと落ち着いた。とりあえず風呂入るわ」


 さて、うまくいってるだろうか。


「そう……母さんと父さんもう寝るからね。あと明日は無理して学校行かなくてもいいからね」


 申し訳ない。心苦しさが胸を締め付ける。別に大丈夫なんだけど山坂のためなんだ。本当に申し訳ない。


「学校行くか行かないかは明日決めるわ。おやすみ」


「うん……おやすみなさい」


 母親は物凄く心配そうな様子を見せながらも、父親と一緒に寝室へと向かっていった。ふぅ、無事になんとか切り抜けられたようだ。意外とこういう才能があるのかもしれない。


 さて、親は俺が入るかもしれないと思ってお風呂を保温してくれていたようだ。なんともありがたい心遣いである。保温ボタンをオフにし、パッと風呂に入ろうと、上の服を脱ぐ。


「いや~ナイスボディだね~」


「……いや何してんだよ?」


 脱衣所には当然かのように山坂がいた。


「え? 何って服を脱いでるんだよ?」


「いや、なんで服脱いでるんだよって話だよ」


 いそいそと服を脱いでいたので気づかなかったが、山坂も俺と同じ脱衣所で服を脱いでいた。白装束の上を脱ぎ、露わになった山坂の上半身は幽霊なことも相まってか異様に白く、女性のような細い腰つきをしていた。身体には体毛のひとつも目視できない綺麗な肌をしている。


「だって僕だってお風呂入りたいよ~」


「分かった分かった。じゃあ先に入っていいぞ」


「え? 普通に一緒に入れば解決じゃん?」


 お前は同性なら誰でも裸の付き合いができると思ってるのか! 俺はプールの着替えでもしっかりタオルで隠してたタイプの奴なんだよ!


「普通にあれだから……ほら早く入れよ」


「......分かった! 田中は先に脱ぐのが恥ずかしかったんだね! じゃあ僕が先に脱いであげるよ!」


 違う! そういうことじゃない! しかし心の叫びも虚しく、山坂の白装束の下は宙に舞っていた。


 ……うん。安心した。そこには広大なジャングルも広がっておらず、巨大なタワーもそびえ立っていなかった。山坂のような可愛げな草原と小さなオブジェがそこにあった。


「山坂はやっぱ山坂サイズだな」


「……今どこ見て言ったの?」


発言と表情には明らかな怒りが含まれている。実はこいつ小柄なとこをいじると結構不機嫌になるのだが、アレのサイズでも例外では無かったらしい。


「そんなに僕のが小さいって言うのか! 小さかったらなにかダメなのか! 逆に田中のはそんなに大きいのか! 早く田中も脱いでよ!」


 グイグイっと俺のズボンを下ろそうとしてくる山坂。こいつ無機物だけは触れて、俺からは触られないことを逆手に取りやがって。


「それとこれとは違うだろうが! ……いいから早く入ってこいよ」


 俺はズボンを必死で上げ返す。しかし俺が発言した途端、山坂のズボンを下ろそうとしていた力は弱まり、表情は一変して、いつものウザったらしいニヤげ顔になる。


「うへへへ……きっと田中のは僕のより小さいんだね〜僕はだいぶ小さいの自覚してるけど、これより小さかったら恥ずかしいよね〜」


「は?」


「誰しもコンプレックスはあるものだよ〜気にしないでって言ってもそれはその人からしたらコンプレックスになっちゃうもんね! でも僕は田中が豆粒級でも嫌いになったりしないからね! それだけは忘れないで! ……じゃあ気を使って先に入らせていただくとしますか〜」


 そう言い残し、ルンルンとお風呂へ向かう山坂。


「おい山坂」


「んぇ?」


「これ見て、もういっぺん言ってみやがれやぁぁ!」






 チャポン……


 何故いつもこうなる。結局俺は山坂に乗せられたと言うべきなのか、山坂と一緒に風呂に入っていた。ていうか結構大声で突っ込んでしまった気がするが、両親にバレてしまっていないか心配だ。


「んはぁ〜お風呂はやっぱりあったかくて気持ちいいね〜」


「幽霊にも温度感覚はあるんだな」


「そうだよ〜今は僕と田中の関係くらいはアツアツだよ〜」


 こいつの訳が分からない表現はともかく、温度は感じるらしい。触れるだけでなくそういうのもしっかりと伝わることに驚く。


「また訳の分からないことを……」


「も〜鈍感なんだから」


「何が言いたいんだ、お前は」


「ん〜ん。しかし筋肉質なんだな〜って」


 相変わらずすぐ話を変えやがる。このマイペースさで俺も生きれたら幸せなんだろうなと感じる。いやこいつはもう死んでいるが。


「急に話し変えやがって……まぁバスケやってたからな。だいぶ昔の話だけど」


「え!? バスケやってたの!? 初耳だよ〜」


 そういえば山坂にそんな話はしてなかったな。


「お前なら勝手に知ってると思ったよ」


「言われてないことは知る由ないよ〜」


 当然の返事だが、なぜか山坂なら知ってそうと思っていた。こいつはそのくらい俺の事を知ってくるからな……っていうか今までが逆に怖すぎる。情報の漏れどころは察しが付くが。


「まぁ別にお前が知らなくたっていいだろ」


「えぇ~僕に限らずみんなにもっと田中のことを知ってもらうべきだよ~僕は田中! 元バスケ部で童貞です!」


「誰が童貞だって?」


 こいつは本当に訳の分からないいじり方をしやがって。


「え? 童貞じゃないの?」


「誰も童貞なんて言ってねぇだろうが!」


 前提条件みたいな言い方しやがってこいつは。失礼極まりないやつだ


「なるほどね~田中がそういうことしてそうな相手……浜中さんにでも聞いてくるか~」


「おい待て待て待て。落ち着け落ち着け、俺童貞だから辞めろ辞めろ。ってか浜中で卒業してたらもっと聞いちゃいけねぇだろうが!」


 こいつなら止めないと本当にやりかねん。


「ほらやっぱりね~強がっちゃだめだよ~」


 またウザったらしい笑顔を浮かべ、最初から正直になればいいのにという表情をする山坂。こいつには結局敵わないままだ。


「カマかけやがって......」


「うへへへ......田中はイジリがいがあるな~」


「うるせぇよ!」


 はぁ......こいつといるとどこにいても落ち着かない。しかし中々家族がもう就寝した時に風呂に入ることは滅多にないので、ゆったりとお湯につかれるのは心地よい。このままずっと入り続けていた......


「山坂、大丈夫か?」


「んへ? 大丈夫だよぉ~」


 山坂はなどと言っているが、先程までの白かった体表とは打って変わって赤みを帯びており、顔も茹で上がるように赤っぽくなっていた。


「のぼせてるなら早く言えよ! ほら上がるぞ!」


 介抱しようにも、なんせ実体が無く触れないのだから上がることを促すくらいしかできない。待てよ……確か温度の影響は受けるんだよな?


キュッキュッ!


冷水の蛇口を急いで捻り、桶にそれを溜める。


「山坂! 頭をここにつけろ!」


「うぅ......ありがとぉ〜」


山坂は呼吸できているのか怪しい体勢で桶に顔をつけ、しばらくすると仰向けに近い形になった。


「ごめんね……なんか楽しくて言い出しにくくて」


「ばかたれ……こうなっちゃ元も子もないだろ」


山坂は呼吸も穏やかになり、顔色も桃色ほどまでに落ち着いてきている。


「にしてもすごい早い対処だったね〜おかげで助かったよ〜救急救命士とか向いてるんじゃない?」


「はは、そうかもな」




「いや、やっぱり向いてない気がするわ」


「……」




「そっか」


「ん~おかげさまでだいぶ楽になった気がする」


「よし、じゃあ上がるか」


 俺は換気扇を回して風呂を出た。


 

 ◇



「よし、それじゃあ寝るか」


「そうだね~うへへ、田中あったかい~」


「あんまりくっつくなよ……」


 当たり前のように同じベットに寝ていることはともかく、こいつのちょっとはだけた白装束と、とろけた目がなんとも感覚を狂わせる。それに俺のベットは一人部屋なこともあり、当然シングルベットだ。普段に増してゼロ距離で、山坂に心音が感じられてしまいそうなほどだ。


「もしかしてドキドキしちゃった? 僕はそういうの大丈夫だよ~あ、もしかしてあのティッシュの山って僕で」


「もしもし! 今日死んだ山坂ってやつ実は生きてまーす!」


「ストップストップ! ごめんってば~」


 こいつはいじっていいものとダメなものを理解していない。そこら辺は成長して欲しい。いや分かった上でいじっているのかもしれないからそこが厄介なんだが……


「はぁ……明日も早いんだから変なことしないで寝るぞ」


「うん~おやすみ」


「おやすみ」


 そう言って俺は電気を消し、ベットに入った。


「なぁ、山坂」


「すぅ――」


 こいつもう寝たのか。なんという寝付きの良さなのだ。全くなぜこの寝付きの良さで毎晩俺を寝落ち通話に誘っていたのか。これじゃあかけても出る前に寝ていそうだ。


 とりあえず俺も早く寝よう。今日は色々あったし、目が冴えているがきっと身体は疲れているだろう。そう思い無理やり目を閉じた。恐ろしいことがあるとすれば、目が覚めたらこれが夢なんていうタチの悪いものだった。そして俺もあっという間に夢の世界へと入りこんだ。



 お別れまであと6日と16時間

 

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