新たな事件
翌朝。
俺が朝食のブルストとパンをぱくついていると、シモンから連絡が入った。
「早いな。まだオフの時間帯だぞ?」
俺が通話カメラの方を振り向きもせずに言うと、相棒はすぐに「本日未明に新たな暴走事件が発生しました」と報告してきた。
「……早いな。場所は?」
「第一工区のヒュージプリンタです」
「四つ目の事件とかぶったな」
「あれとは別の工場ですよ。場所も離れています」
「そもそも第四の事件現場は、ヒュージプリンタそのものではなく、それに付帯する溶鉱炉だったか。まぁ良い。すぐに支度するから君は資料をまとめておいてくれ」
「わかりました」
十五分で支度をして地下駐車場に降りると、既にモービルの横にシモンが立っている。
「資料は耳殻端末に送っておきましたよ」
「助かる」
事件現場までモービルで三十分。その間に俺は新たな事件の情報を整理することにする。
「事件現場は第一工区、リニアドライブのヒュージプリンタ。クルツムラ・インダストリィ製成人男性型ヒューマノイドがフォークリフト運転中に突如暴走し、車両ごと工場の壁面に衝突、大破か。よほどスピードを出したんだろうな」
「かなり深く壁にめり込んでしまったため、機体の回収に時間が掛かっています。ログもまだ確認できていません」
「仕方ないさ。仮に確認できても、暴走直前の思考回路への高負荷以外、異常は見つからなさそうだが。それよりも……」
俺はコンタクトレンズの裏側に表示されるプロフィール情報を追いかけながら呟くように言った。
「ふむ。臨地試験への参加はヴァルプルギスナハト以後か。多数派だな」
「
「拘ってたら軽口なんぞ叩かん。ヴァルプルギスナハトは今回の件とは無関係だよ」
昨夜は突如降りて来た天啓に突き動かされるように暴走ヒューマノイドの来歴――すなわちヴァルプルギスナハト以前からオープンシティでの臨地試験に参加していたかどうか―を調べた俺だったが、結果は空振りだった。
ヴァルプルギスナハト以前からオープンシティに存在したヒューマノイドが二体に対して、ヴァルプルギスナハト以後に補充されたヒューマノイドは三体。今朝の一体を加えれば四体か。いずれにせよこのスコアからヴァルプルギスナハトとの関係性を見いだすことは難しい。
「……そう言えばシモンはどうなんだ?」
コンタクトレンズの投影画面をオフにした後で、俺はふと思いついた疑問を相棒にぶつけることにする。
「どうと言いますと?」
「君がヴァルプルギスナハト以前からここにいたのかどうかだよ」
「そういうことならわたしは少数派の側ですね」
「ヴァルプルギスナハトの
「ええ。あのときは第一街区の地下にいましてね。そのおかげで異常宇宙線の影響を受けずに済んだのです」
「そいつは幸運だったな」
「電力が回復するまでずっと地下に閉じ込められっぱなしでしたがね。外に出られたのはヴァルプルギスナハトの三日も後でした」
そう言ってからシモンは軽く肩をすくめて見せる。随分と態度がくだけて来たじゃないか。良いぜ。俺はそっちの方が好みだ。
「と言うことは、流星群は見てないんだな?」
「直接はそうですね。見ていません」
「間接的には見たのかよ」
「わたしのロールワークは廃棄区の搬入管理なんです。管理区域内に設置されたカメラの映像で、流星群を確認しました」
「そういうことか。ちょっと意外だな」
「意外?」
「君にも臨地試験のロールが割り当てられていることさ。他のヒューマノイド連中とは違う、試験の監督的な立場なのかと思っていた」
話しているうち、第一工区についた。オープンシティの工区の中でも特にヒュージプリンタの数が多いエリアだ。
「やはりインフラ系が多いな」
「オープンシティではじめに作られた工区ですからね。どこもそうなのでは?」
「まあな。ちなみに一番多いのは?」
「地球化プリンタですね。工区全体の六割が緑化ユニットの生産に関わっています」
シモンの答えは予想通りだったが、それだけに俺は考え込んでしまった。
「……今朝の事件の現場は地球化プリンタとは関係ないんだよな」
「そうですね。緑化ユニットにはリニアドライブは使いませんから」
「なら、第四の事件の現場になったアルミニウム精錬炉はどうだ?」
「アルミニウム自体は緑化ユニットでも使われていますが、あの工場の生産物は地球化プリンタには回りません」
「そうか」
俺は呟くように言って、腕を組む。
これまで俺は様々な角度から、一連の暴走事件の共通点について探ってきたが、全ての事件に共通する条件はついに発見できなかった。
あるいは共通する暴走の条件などというものは俺の頭の中にしか存在しない幻想で、全て暴走はアットランダムに起きているのでないかと考えたこともあった。
仮に全ての暴走事件がアットランダムに起きているとして、第一工区で事件が二度起きたことは問題にならない。その程度は不規則の範疇だ。だが、二度の事件のいずれもが地球化プリンタに関連しない工場で起きたのはどうか。
シモンによれば工区全体の六割が緑化ユニットの生産に関わっているのだ。単純計算で言えば、その確率は二割を切る――。
「暴走事件は不規則に起きているわけではないようだな」
俺は右手を握りしめて言った。
オープンシティに来てようやく、何かを掴んだような気がした。解決の糸口と言うにはあまりにも頼りない何かだが、この糸を辿っていけば正解にたどり着くことが
できる――そんな確信があった。
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