歩留まり
目的のヒュージプリンタに着くと、暴走したヒューマノイドの残骸がハンガーデッキ付き車両に積み上げられるところだった。
かなりのスピードで壁に激突したのだろう。外皮は完全に剥がれていて、骨格もぐしゃぐしゃにひしゃげていた。特に下半身はプレスされて金属製のズボンのようになっている。
「一旦作業を止めさせますか?」
「必要はない。それより少しでも早く頭部コアを回収するよう伝えてくれ」
幸いコアポッドに大きな変形は認められない。あれなら今回もログを回収できるだろう。
「わかりました」
シモンは事件現場付近で作業しているヒューマノイドたちに近づいて音声で簡単な指示を出した。
「……ヒューマノイド同士ならデータ通信で良いんじゃないのか?」
戻ってきたシモンにそう言うと「お忘れですか? オープンシティではヒューマノイド同士のデータ通信は制限されてますよ」と返される。
「そういやそうだったな」
人類の行動をロールプレイさせて環境が個体に与える心理的負荷をシミュレートするというのが臨地試験の目的なのだ。ネットワークコミュニケーションに制限を加えなければ試験の意味がない。
「こんな状況でも臨地試験も何もないとは思うがな」
それから俺はシモンの案内で貯蔵庫らしい建物の前に移動した。アスファルトで舗装された広いスペースに、一台のフォークリフトが佇んでいる。
「あれか」
「ええ」
前面が潰れていて、縦幅が半分くらいになっている。俺は車両の横に立って、ヒュージプリンタの敷地を囲む外壁を見やった。綺麗な白いコンクリート壁だが、一カ所だけ大きくひびが入っている。丁度車両一個分の大きさだ。
「充分に加速してからノンブレーキで突っ込んだようだな」
俺は路面にブレーキ痕がないことを確かめてから、シモンに話しかける。
「まるで衝動的に自殺を図ったように、ですか」
「いや。人間なら衝動的にこういうことをしても、最後には恐怖が勝ってブレーキを踏んでしまうものらしい。こいつは違う。全く迷いなく、壁に突っ込んでいる」
「それは他の事件も同じなのでは?」
「そうだ。だから俺はこう考える。ヒューマノイドの暴走は一見したところ、本来の思考の枠から大きく外れたものに思えるが、彼らにとっては合理的な判断だったのではないかと」
「サノア様」
「わかっている。実時間ロボット制御四原則に支配されたヒューマノイドが合理的な判断として自殺するなんてことは本来ありえないはずなんだ。だが、何か抜け道があるのかも知れない。実時間ロボット制御四原則に矛盾することなく合理的判断として自殺するための抜け道が……」
それから俺はふと後ろを振り返って、貯蔵庫らしいトタン屋根の建物を見やった。
「あそこに入っているのはどういう製品なんだ?」
「あれは不良品の貯蔵庫です。製品になるようなものはありません」
「貯めた不良品はどこに持っていくんだ」
「他の廃棄物と同じですよ。ある程度まとまったところで廃棄区に運ばれます」
「ふーん。君たちヒューマノイドが生産していても不良品をゼロにすることはできないんだな」
俺が言うと、シモンは貯蔵庫を一瞥してから、妙なことを言い出した。
「サノア様の祖国には、製品の出荷に際して厳しい歩留まり率を要求されたメーカーが、歩留まり率百パーセントの製品を出荷した上で、要求された歩留まり率にぴったり合うよう不良品もつけて納品したという逸話があるそうですね」
「初耳だな。初回受注の時だけ見栄を張ったんじゃ――」
軽口を叩こうとして、はっと息をのんだ。シモンがいわんとしていることを理解したからだ。
「ひょっとして君はここのヒュージプリンタでも同じことをしていると言いたいのか?」
「そうであるとも言えますし、そうでないとも言えますね。我々にとっては、歩留まり率98%の工場を管理するのも、歩留まり率100%の工場の性能を意図的に落として歩留まり率98%の工場として管理するのも、さして違いませんから」
涼しい顔をしてシモンは続けた。
「いずれにしてもオープンシティにおける我々の役割はあくまで人類の行動のロールプレイです。歩留まり率100%を目指すことにあまり意味はないのです」
暴走ヒューマノイドから回収された頭部コアはほとんど無傷だったが、ログの分析結果は振るわなかった。暴走直前の思考回路への高負荷以外は特段の異常なし。い
つものやつだ。アイボール記録も見てみたが、新しい発見は得られなかった。
環境適応センターに帰還した俺はシモンに「少し疲れた。一人にさせてくれ」と言って、メディカルルームに戻り鍵を掛けた。
静かな部屋でゆっくり肩を回すと、肩甲骨のあたりでごりごりと音がする。すっかり肩がこってしまったらしい。
俺はソファに寝そべって、天井を見上げる。
――サノア様の祖国には、製品の出荷に際して厳しい歩留まり率を要求されたメーカーが、歩留まり率100%の製品を出荷した上で、要求された歩留まり率にぴったり合うよう不良品もつけて納品したという逸話があるそうですね。
天井を見上げながら、ヒュージプリンタでシモンが言ったことを思い返す。あのヒューマノイドはどうしてあんなことを言ったのだろう。わからない。わからないが、あれはもう一連の事件の真相を語ったのと同じだった。
耳殻端末が震えた。火産研からのメールだ。早く進捗報告を寄越せと言うのだろう。俺は耳殻端末をスリープ状態にして、自身も目を閉じる。心身の疲れとソファの柔らかさは、あっという間に俺を夢の世界へと連れ去っていった。
気づくと俺は病院にいた。実家の近くにある古い公立病院の一室だった。
ベッドに寝ているのは母だった。最後に会ったときよりもずっと老けていて、ずっと小さくなっていて、髪も真っ白になっていた。
「来てくれたんだねぇ」
母がベッドに寝たまま、嬉しさを隠しきれない声で言った。
「今度は何日くらいいられるんだい?」
俺が何も答えられずにいると、母は「いやだねえ。あたしときたら、あんたが来てくれたばかりなのに、もういなくなる時の話をしてる」と言って笑った。だから俺
はますます語る言葉を失ってしまう。
「良いんだよ。あんたは昔から頭が良かったんだから。頭が良い子ってのはさ。いくら親が心配したってもさ。遠くに行ってしまうものさ」
やめてくれ。そういう言葉で俺の心を押し潰すのはもう、やめてくれ――。
「でもまぁ、あたしがおっちんじまう前に、会えてよかったわあ」
目を覚ますと、俺はさきほどまでと変わらずソファの上にいた。自動復帰した耳殻端末が、火産研からさらに三通の催促メールが届いていることを教えてくれる。
俺は一度大きく息を吸い込むとタブレットに向かって「シモン、聞こえているか?」と尋ねた。
「はい、サノア様」
すぐに答えが返ってくる。
「今から廃棄区に行こうと思う。君もついて来てくれ」
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