ミッシングリンク
環境適応センターでの二日目の夜。シモンと別れた俺は、自室替わりのメディカルルームでタブレット端末を起動し、事件の資料を読むことに集中する。
昨日は全体の構成をざっと確認した程度だが、今日は違う。暴走したヒューマノイドに関する記録をひとつひとつ時間を掛けて拾っていくのだ。
そうした作業を二時間ほど続けていると、AR付箋付きのレコードが部屋いっぱいに広がる。
俺は
事件が起きた場所に共通点はなさそうだった。現場はオープンシティ各地にまんべんなく散らばっている。強いて言うなら東部方面だけが手薄だが、これはヒュージプリンタが生み出す大量の余剰部品を捨てるための廃棄区がその方面に広がっているからに他ならない。単純にヒューマノイドがいないのだ。
ではヒューマノイドの型はどうか。成人男性型の暴走三件。成人女性型の暴走二件。いずれも製造元は
そもそも火星ではライツムラ社以外のヒューマノイドが出回っていないのだ。成人男性型のうち二体は同じ型式だったものの、他は製造年からして違う。断言できるのは『小児型の暴走事例はない』ということくらいのものだ。
職業――臨地試験のために与えられたロールプレイ・ジョブはどうだろう。第一の事件―資源管理オペレータ。第二の事件――ロジスティクス作業員。第三の事件――組み立てロボット製造工場の生産責任者。第四の事件――アルミニウム精錬炉の点検業務員。第五の事件――量子コンピュータ生産プラントの工程管理者。
鉱工業の関係者が多いことを共通点と見なして良いかどうかは微妙なところだ。オープンシティは火星有数の資源地帯のただ中にある。当然産業構造も鉱工業に偏らざるを得ない。
他に共通項になりそうなものはないか。俺は整理が終わったデータを因果探査アルゴリズムに突っ込みつつ、AR付箋のリストを目で追う。
ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアのバージョン、アップデートの適応状況……。ダメだ。やはり暴走したヒューマノイドだけに当てはまるような特徴は見つからない。ならばロールプレイの行動圏、交友関係、それに家族関係は……。
がくんと顎が揺れて、はっと我に返った。
いっとき眠りに落ちていたらしい。日中の調査活動の疲れが今になってのしかかってきたようだ。やれやれ。段々無理が利かない年齢になってきたということか。
俺はため息を一つついて、今晩の作業を切り上げることにする。冷蔵庫に入っていたノンアルコールビールの缶を開け、耳殻端末に保存された映画を部屋の壁に投影
する。
適当に選んだその映画は二十一世紀初頭の日本のアニメーションだった。中学生の女子たちが魔法少女とやらに変身して戦う話だが、なかなかどうして展開がエグい。俺が観たかったのは魔法少女と敵モンスターのドンパチだけだったんだが、これはこれでアリだ。
……映画を観終わった後、俺はふと思い立ってあることについて調べてみることにする。
ヴァルプルギスナハト――臨地試験開始直後のオープンシティを襲った大いなる災厄は、火星近傍を超大型の流星群が通過したことによって引き起こされた。
火星の空を二時間にわたって白く染め上げた百数個の星々は、人類の想定を遙かに上回る宇宙線を置き土産にして太陽系を去って行った。
もっとも火星の都市は唯一つの例外を除き、全て防護ドームに覆われている。そうしたドーム型都市では、想定以上の線量異常の中でも、障害らしい障害は起きなかった。
問題は火星の都市で唯一、防護ドームに覆われておらず、しかも過去に例のない大量のヒューマノイドを用いた試験を実施していたオープンシティだった。
急増する宇宙線に対し、当時のオープンシティの防護機構はあまりに脆弱だった。まずシティ全域でネットワーク障害が起こり、次いで大規模な停電が発生し、都市内部の状況観測が困難になった。
UPSすら作動しない停電状況の中、工場火災に端を発した大火災が建設中の街を焼き尽くす。ヒューマノイドも次々と緊急停止し、制御システムに致命的な損傷を負った一部のヒューマノイドだけが燃え広がる炎の中で暴れ回る……。
白光の下、不可視の都市となったオープンシティで実際に何が起きていたのかを俺たち人類は断片的にしか知り得ないが、おそらくそこには地獄のような光景が広がっていたに違いない。
そこまで考えてから、はっと俺は閃いた。
「シモン!」
タブレットに向かって叫ぶと、すぐに反応があった。
「はい、サノア様。どうかされましたか?」
「ちょっと話せるか?」
「もちろんです」
「ヴァルプルギスナハトの際に暴走したヒューマノイドは全て破棄されたと聞いているが、間違いないか?」
「仰るとおりです。ひとつの例外もなく、破棄されました」
「なら、暴走しなかったヒューマノイドは?」
「もちろん入念な検査が行われましたよ。その上で、思考回路に僅かでも異常が検出された者は暴走したヒューマノイドと同様に破棄されました。そうでない、正常なヒューマノイドについては、動作系に問題がなければそのまま臨地試験に参加していますね」
同じヒューマノイドが人類の都合でスクラップになっているというのに、シモンはそのことに何の感慨も持っていないように淡々と語る。おかしくはない。彼らはそのようにできている。
「そうか、ありがとう」
「何か気になることが?」
「暴走したヒューマノイドがヴァルプルギスナハトの際にどこにいたのかを確かめる必要があると思ってな」
もしも全ての暴走ヒューマノイドがヴァルプルギスナハト以前からオープンシティでの臨地試験に参加していたとするならば、それは見過ごすことのできない共通点と言えるのではないだろうか?
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