新しい自分

「もーーーーー!バッサリ切りなさいよ。新しい自分になるつもりでさ!過去への決別よ!!!」


「新しい自分……」


 ユーリはそっと長い髪を手に取る。


「そろそろ自分の為だけのやりたい事を探してみればいいんじゃないかしら?」


「……」


 ユーリはドロシーからカタログを奪い取りパラパラと流し読みをする。そして、とあるページで止まった。


「こ、これでお願いします!!!!」


 ユーリが指を指した髪型は今よりは短いものの、それでも一般的にはロングの部類だった。


「さすがにもっと変わりなさいよ!!これだと学院時代に逆戻りするだけじゃない!??」


 ドロシーは不満そうにショートの髪を指さすが、それを全力でユーリが否定する。


「短すぎる!!!少しづつ変わりたいぃ」


「決別ならさすがにもう少しねぇ?せめて、肩まで切ればいいんじゃないかしら?」


 ネスもドロシーを擁護する。


「やっ、やっぱりウィンドカッターで……」


「それはダメよ」


 後ろからネスに腕を掴まれる。後ろから感じる殺意と、とてつもない腕力を前に、全く動けないユーリはネスの底力に震えた。


「私にいい考えがあるわ。芋子、この辺りまで頑張って切ってみない?変わりたいんでしょう?」


 ネスはそう言うと、ユーリの肩の少し下辺りの背をトントンと叩く。


(確かに二人の言うとおり……。今日、今から変わるって決めたんだ……!)


 ユーリは自分を心の中で奮起する。


「よろしくお願いします!!!」


「あら、偉いじゃない。あと、髪が傷んでるから色々と良くしたいんだけど……いいかしら?」


 ネスは、ユーリの髪の毛をクシでとかしながら確認する。


「はい、お任せします」


 ネスは小声で「お任せ……ねぇ」と呟くと、とても楽しそうな笑顔でユーリの髪の状態を確認する。


「先にある程度切って最後に揃えるわね。心の準備はいい?」


「よろしくお願いします!!」



 そう言うと、少しして背後から


 ジャキッ


 っと髪を切る音が聞こえ、少し頭が軽くなった気がした。同時に気持ちも軽くなり、今この瞬間から生まれ変わるんだ!と思うと、心も明るくなった。


「これで、誰かの為だけに生きるユーリは終わり!今からは自分の為に生きるユーリよ!」


 ドロシーは満足そうにユーリの変化を見守る。


「さてさて〜、あとはお楽しみよ!綺麗にしてあげるわ!目を瞑りなさい」


 ユーリはゆっくり目を瞑る。すると座っている椅子が後ろへ倒れた。どこからかガラガラと

 何かを運ぶ音が聞こえ、止まったかと思うと頭を持ち上げられ近くから流水音が聞こえる。

 昨日からずっと張っていた気も緩み、疲れも相まってユーリはそこで意識を失った。




 ───ユ───リッ


「ユーリってば!!!いつまで寝てるのよ!?」


 ドロシーの大声でユーリは自分が寝てしまった事に気がついた。髪からはとてもいい匂いが漂ってくる。とても視界も良好だ。


(ん??????)


 そう、前髪が鼻のあたりまであるはずなのに、視界が良好なのだ。

 目の前の大きな鏡に映る人物に違和感を覚える。そこに座るのは自分のハズなのに、全く知らない人が座っていた。


 ユーリの長かった前髪が眉下で整えられているのだ。

 それに、ユーリの髪の色は元の色が黒、幻術でブラウンにしていた。だが、目の前に映る自分の髪はラベンダー色だった。


「初めまして、ユーリ」


 ネスがユーリの事を芋子ではなくユーリと呼んだ。


「え?……え?」


 ユーリはまだ自分の変化に理解が追いついていない様子だ。


「私、約束は守ったわよ!髪の長さは長いままですもの?その他を任せる事に同意したのは貴女よ!あなたの瞳がライラック色で綺麗だったから合わせてみたわ!」


「ネスの店が女の子に人気なのはここなのよ。相談しやすくて、審美眼持ちで。髪の色を操れる。どうやってるのかは分からないけど」


「オホホホ、企業秘密よ」


 ネスはそう言いながら片付けをしている。


「……!!!」


 ユーリは恥ずかしさのあまり、自分の髪が黒く見える幻術をかける。


「あ、この子本当にやりやがったわ。私、悲しい。貴女の再出発のために、色々と考えたのだけれど。ユーリは否定するのね」


 ネスはこれみよがしに泣き真似をする。

 ユーリは何も言えず、静かに術を解いた。


「それでいいのよ」


 ネスは「オホホ」と笑いながらユーリにかけてある布を取り、「レディ?」と言って手を差し出してきた。


 ユーリはその手を取って立ち上がり、そのまま出口へとエスコートされる。ドロシーの目は嬉しそうに輝いて、ニッコニコだ。


「あんた、髪で顔を隠すなんて勿体ないわよ。今度からは私の所に来なさい?大丈夫、もう昨日までのユーリじゃないわ!私が魔法をかけたのよ?自信持ちなさい?」


 ネスはそう言うと、店の扉を開け、ユーリの背中を軽く押した。それにドロシーも続く。


「行ってらっしゃい」


 ネスは満足そうに笑って、二人を送り出した。

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