困った客

「つっかれたーーーー」


 ついにオーダーストップになり、ユーリは激務を終えた。


「お疲れ様、ユーリちゃん!こんな時間までごめんね!もうおそいから泊めてあげたいんだけど生憎満室で…。申し訳ないけどドロシーの部屋で寝てちょうだい。どうやら訳ありなんだろう?」


 そう言いながらドロシーの母、マーガレットがケーキを用意してくれた。父のアトラスと兄のジャックは明日の仕込みをしている。


「ありがとう、マーガレットおばさん」


 ケーキを食べていると、ドロシーが困り顔で厨房に戻ってきた。


「あと数組残ってるんだけど、一組面倒くさそうなのがいるんだよね…。オーダーストップだって言っても、お客様は神様だーって怒って帰りそうになくて…」


 ユーリはそれを聞き、静かにフロアを覗いてみる。すると、いかにもな冒険者の格好をした大男が居座っている。


「お父さん腰痛めてるから、暴れられたら困るんだよね」


「そうねぇ…ジャックには無理そうだしねぇ」


 アトラスと違って息子のジャックは貧弱だった。


「じゃあ私に任せて」


 ユーリは右手を上げた。その手で首を鳴らす。


「まって!魔法は辞めて!店が壊れる!ユーリは物理貧弱なんだから、やっぱりここはお父さんに…」


「いい考えがあるから」


 ユーリはそう言い残して、厨房から出ていってしまった。


「お客様ぁ!そろそろ閉店ですので宿屋へのご移動をお願いします」


「あ〜?なんだこの芋っぽいのは…。さっきのねーちゃんはどこだよ。酒が足りねぇぞ!!!」


「…あ?芋…?」


 思わずユーリは低い声で唸る。


「ダンの兄貴ぃ〜飲みすぎですぜぇ」


「いいぞー!兄貴ー!最高!」


 下品な笑いが店内に響く。他の客はそそくさと帰り、カウンターに一人と、この客達だけになる。


「お客様?追加は申し訳ないんですけど致しかねますので、お金を払ってお帰り下さい」


(私は気分最悪なんだから、早く帰りやがれクソ野郎。こちとら今から女子会なんだよ)


 前髪に殆ど隠れた笑顔の中に殺意が混ざる。


「…うるせぇ奴だな…真面目ちゃんは痛い目にあわないと分からねぇらしいなぁ?」


 大男が右腕を振り上げる。


「ユーリ!!!!」


 男がユーリへ殴りかかり、ドロシーが悲鳴をあげる。


 しかし、ユーリは男の拳を止めたように見えた。つかの間、男はそのまま崩れ落ちた。


「あらぁ大変!突然寝てしまわれたわ!お仲間さん、この方を運んで差し上げて?」


 何が起こったのかわからない。

 男がユーリを殴ったかと思ったらそのまま寝てしまったのだ。


「あ、兄貴!??」


「わたし、子守唄は得意なの」


 カウンターに座っていた男性も立ち上がっていた。どうやら助けようとしてくれていたらしい。


「お会計はこちら、出口はあちらです」


 ユーリはそう言って厨房へ戻った。


「ユーリちゃん!怪我は無いかい!?」


 マーガレットが心配そうに駆け寄ってくる。


「大丈夫よおばさん!」


「最初出会った時は、小麦袋も持てやしないもやしっ子だったのに!今のはどうやったんだい!?」


マーガレットがユーリの腕をぺたぺたと触る。


「あー…。カイ君に美味しいもの食べて欲しくて自力で狩りにいったり、ツルハシもって採掘したり…高い木登って果実取ったり、桑で畑耕したり、斧で巻割ったり。毎日してたらフィジカルステータスが気がつけば凄く上がってたのよね…」


 ユーリは、みんなの顔から"何言ってんだこいつ”と思われているのが見て取れた。


「好きな人の為には尽くしたいと言うか…。驚いた顔が見たくて…ありがとうって言ってもらいたいと言うか…」


「でも、ユーリちゃんは魔法が使えるんじゃなかったかしら?」


 不思議そうにマーガレットが尋ねる。魔法を使えば、木に登らずとも果実を落とせるし水も蒔ける。狩りも、重い剣を持たなくても身一つで可能だ。

実際マーガレットの知っている昔の彼女は、身の回りの全てに魔法を使っていた為力が全くなかったのだ。


「…彼が…カイくんが…魔法が出来なくても一生懸命頑張る君が好きって言うから…」



 そう、ユーリは魔法が使えないのではなく


 わざと使のだ。



 ユーリはモゴモゴと口にする。

 その時フロアからドロシーが帰ってきた。


「馬鹿じゃないの!???その病気まだ治ってなかったのね!!」


「ドロシー大丈夫だった?」


「ユーリが大男を倒してくれてからすっかり大人しくなって、椅子を壊した迷惑料まで取ってやったわ!」


 ドロシーは腰に手を当て右手で髪をなびかせ、ふんっと鼻を鳴らした。


「カウンターのお客さんがユーリにまた会いに来るって言ってたわよ」


「えぇっ…なんで…」


ユーリは露骨に嫌そうな顔をする。


「あの人が大男運び出してくれたから助かったわ。…それより…ユーリ!!!あんたには聞くことが山ほどあるみたいだから、先に風呂入って私の部屋で待ってなさい!!」


「は、はい…」


 ユーリは(あ、これは怒られるやつだ…)と悟った。

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