第十五項「体育祭午前種目」 side神里悠人

 たまたま出会った水瀬さんからいきなり甘えるような言葉をメッセージアプリで送られたものの何をしたらいいのか分からず、とりあえずはくまとの集合場所にもなっているクラス指定のテントへ向かうことにした。


「おや? 悠人じゃないか。随分ずいぶん遅かったな。あと数分遅れていたら遅刻扱いになっていたぞ」


 そう言いながら手を振るくまへと歩み寄る。


「色々あってさ……もう開会式始まる?」


「ああ、さっき放送室の方からアナウンスがあったぞ。何分までには校庭に整列してくださいって」


 確かに、ぱっと見渡すとぼちぼちではあるがテントから出て校庭に整列している人はいる。

 だが特に高学年は、思い出に残したいという意志のもとであろう写真撮影に夢中で、到底列とは言えない人数しか校庭に集まっていなかった。


「……時間通りに始まるのかな」


「難しいんじゃないか? でもそれがイベントってもんだろう。こっちは皆の様子をうかがいながら動けばいいさ」


「それもそうだな」


 その後も雑談を続け、とりとめのない会話のせいで水瀬さんと話すこと無くくまの言う集合時間となってしまった。


 


「……意外と切り替えが早いんだな」


 そうくまが驚くのも無理はなく、放送室のアナウンスに加えてメガホンを持った腕章わんしょう持ちの生徒が呼びかけることによって綺麗に列がなされていた。


「……それでは只今ただいまから天真高校体育祭を開催したいと思います!」


 列と相対するように用意されただんへ登った、おそらく実行委員長であろう生徒が開会の宣言をする。

 続いて校長先生の話や保健委員の話などお決まりのような挨拶が行われたが、大まかな要旨は把握したものの細かい内容については覚えていない。

 

 そして、テントに戻る指示と共に最初の種目が行われる旨を伝えるアナウンスが校庭に響いた。


『第1種目は1年生による100m走です! 出場者は所定の位置に集合してください!』


「悠人! って、そうか、100m走も出るのか」


 列が崩れた後、指定された集合場所に向かおうとするとくまから再び声を掛けられた。


「むしろ午後の二人三脚が特殊なだけで希望は午前の100m走なんだけどね」


「あ~、ごめん、そうだったな……とすると水瀬さんの応援は? 花蓮から聞いたけど水瀬さんも100m走なんだっけ」


「そうだけど応援はできないかな。連続した種目である以上、移動の関係で多分見れないと思うから……もちろん、心の中では応援するけどね」


 水瀬さんが競技中の時は男子がトラック外の待機列にいて、自分が競技中の時は女子が退場列にいるという具合である。


「なるほどね。それならこっちはテントから2人共応援するさ。花蓮も同じことするだろうしな」


「ありがとう。それじゃあ、行ってくるよ」


「おう、頑張ってな!」


 張り切って背中を押してくれるくまに答えるよう軽く手を振って集合場所へと駆け足で向かう。

 そのまま出場順に並ぶこと数分、一際大きな声援と併せて女子の競技の始まりを知らせる合図が聞こえた。


 (水瀬さんの100m走か……)


 一番最初の競技という性質上なのか、中学時代の体育祭とは比べ物にならないくらいの歓声の中ふと考える。


 (水瀬さんが何かの勝負事で負ける姿って想像つかないな)


 色々と1人でこなせる能力の高さと責任感が強く努力を怠らない彼女ならば、どんな勝負事でも着実に勝利をもぎ取りそうである。


 (そういう意味ではすでに安心かな)


 頑張っている水瀬さんをじかで見て応援したいという気持ちは強く心の中にあるものの、見ることができないからといって不安になることも無い。


『続いて男子生徒の入場です!』


「では出発しまーす」


 あれこれと考えを巡らせていると男子生徒に対するアナウンスが響き、併せてそのアナウンスと対照的なあまり覇気のない声を出して先導を務める生徒が走り出した。


 (あとで結果を聞かせてもらおう)


 水瀬さんの順位が実際どうだったのかは物凄く気になるところだが今は自分のレースに集中すべきである。

 そう自分に言い聞かせながら、周りの生徒と組んだ列を崩さないよう適切なペースでトラック内に引かれた白線へと足を動かした。


「青組~! ファイト!」


「野球部の意地を見せろ1年!」


 トラックの外にある位置から全生徒が見える位置に移動したことで聞こえてくる応援は勢いを増し、心なしか先ほどの女子より男子色の強い野太い声がよく耳へ届くようになった。


「悠人! こっちだ、悠人!」


 それでも自分の名前に対する脳の反応は鈍ることなく、声の主であろうくまの方向へ体を向けてお礼も込めて返答代わりに大きく手を振る。


 走順はやや後ろ側であるため、前の人が走っては間を詰めるというのを複数回繰り返し、とうとう自分がレーンへ誘導される番となった。

 二人三脚やリレーほどこのレースに重みがあるわけではないが、高校生活初めての体育祭というのと大勢の人の前で走るという緊張は未だ抜けない。


 クラウチングスタートの構えをとり、軽く目をつむって神経を耳に集中させる。

 すると自ずと他の音が消え去り、自分の鼓動だけが鮮明に響くようになった。


『On your mark……Set』


 パンというスターターピストルの音を聞いたときにはもう体が動いていた。

 

 体育祭でも陸上競技さながらの音声を使うほど気合の入った100m走は、クラス数の都合もあり8レーンで行い、自分は第1レーンを走る。


 最初の直線を最下位で通過するものの、コーナーにおいては最短で駆け抜けることができるので始めの差についての焦りはない。


 (思った通りここで抜かすことが出来たな)


 第1コーナーのあとに続く直線でトップを追い抜き1位に躍り出る。


 (ここまでは理想通りだけど……)


 このレースは自分にとって午後のリレーの予行の意味もある。


『1位でゴールしたのは第1レーンの選手です!』


 ゴールテープを切って駆け抜けたあと、待機列に戻る途中でくまと目が合う。

 何かくまが叫んでいるのは分かるが、まだ男子100m走が終わってないこともありアナウンスや声援で言葉までは聞こえなかった。

 多分1位だったことについてだろうと思い、サムズアップしてお礼をする。


 その後間もなくして全レースが終わり、また別の先導を行う生徒によってトラック内から退場を促された。

 

 自分や水瀬さんにとってはこの段階で午前の競技が終わってしまうことになる。

 次の直近のイベントとしてはお昼休憩になるので一先ず水瀬さんやくまたちと合流しようとクラスのテントへ向かうことにした。


 ここまでは何も起きなかったのである。

 むしろ『あの水瀬さんが』という考えには至らなかったであろう。


 そして皆と合流したときにレース終わり際のくまの真意を知ることになるのである。

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