第十四項「体育祭①」 side神里悠人

「お弁当、持ったわよね?」


「もちろん。このリュックの中に入ってるよ」


 昨晩、結局橘と会うことは無かったが、今朝の水瀬さんの様子を見る限りでは女子会に満足したようなので『どんな会話をしたのか』など聞くことはしなかった。

 そうして朝食を食べ終えた後、体育祭特例であるジャージ登校のため、学校指定の体操服に着替えてから最終的な荷物の確認を水瀬さんと行っている。


「お昼は橘さん達と食べるという認識で良かったかしら?」


「そうなってるはず。一応、登校したらくまに聞いてみるよ」


 

 やりたいことの1つである、所謂いわゆる『青春』を4人で過ごすこと。

 

 他にも『青春』を象徴するようなイベントや遊びはあるものの、『高校1年生の体育祭』はこの一瞬しか存在しない。

 今後どうなるか分からないからこそ、こういう時間は大切にしていきたいと決意を固めている。


「それじゃあ私は先に失礼するわね。行ってきます」


「いってらっしゃい」


 今日も時計の下にある『契約』がいつも通り履行りこうされる。

 

 数分経った後、水瀬さんを追うように施錠せじょうをしてから家を出た。

 通学路を照らす太陽は快晴という天気予報の通り雲1つかかっておらず、不思議と自分が歩む未来を肯定こうていしているように感じた。

 



 体育祭用にデコレーションされた門をくぐり、普段と変わらない足取りで教室へ向かう。


「あっ、悠人! 写真撮ろ!」


 誰かに遭遇そうぐうするわけでもなく教室の扉まで歩き、教室へ足を踏み出そうとした直前、橘に声をかけられた。


「おはよう、橘。それで、写真?」


「そそ! 写真! いやあ、いつもと違って体操服で過ごすって特別じゃん? だから記念にって思って!」


 橘の性格を考えれば確かにやりそうなことではある。

 一瞬『中学校時代の体育祭でも撮れたのでは』と感じたが、当時はスマートフォンの持ち込みが禁止されていて生徒同士での撮影が厳しかったのを思い出した。


「はあ……まあ、いいけど。ここで撮るの?」


「もちろん! 友達同士で撮ってるのちらほら見えるでしょ?」


 そう言われて見渡してみると、カメラを前にポーズを決めている人たちが数組見えた。


「なるほどね」


「扉があるからちょっとこっち寄ってね……それじゃあ撮るよ! はい、チーズ!」


 橘のタイミングに合わせて無難にピースを作る。


「よし、ありがとう! あとで送るから! じゃあね!」


 撮り終えた写真を確認すると、まるでぴゅーっと効果音が付きそうな動きで橘は足早に去っていった。


「くまは大変だなあ……」


 橘の彼氏であるくまに対して、ふとそんなことをつぶやいてしまう。


「誰が大変だって?」


「うわあ!」


 声の主へと体を向けると、ドッキリを成功させてさも満足そうな笑みを浮かべるくまが立っていた。


「くまか……心臓に悪いから音も無く近づくのは止めてくれ……」


 加えてぬるっと手を肩に置かれた感覚がより驚きを加速させた。


「ごめんごめん、トイレから戻って来ようとしたら2人の姿が見えたからさ、ちょこっとびっくりさせてやろうと」


 前言撤回、方向性ぴったりお似合いの2人である。


「それで悠人君や。昨日はよく眠れたかい?」


「ああ、目覚めも良かったよ」


「それは重畳ちょうじょう。てっきり悩みで眠れないかと思ったよ」


「……カメラとか仕掛けてない?」


 眠れなくなるまでとはいっていないが、悩んでいたのは事実である。


「なんだ、図星かい」


「悩んでいたところまではな」


「でも目覚めは良かったと」


「……そうだけど」


 質問しながらニヤニヤするくまを見て、また何か心を読まれてしまうのではないかと警戒する。


「そう体を強張こわばらせるなって。具体的な予想をここで言いはしないよ」


「……何を言うつもりだったんだ」


「それは後で個別にな。まあ、その話は置いといて、そろそろ移動だろ? 指定されたテントへ行こうぜ」


 天真高校の体育祭では、熱中症対策とスペースの整理の目的も含めて各学年、さらに各クラスごとに割り当てられたテントがあり、競技に出場しない生徒は原則そこで待機することになっている。


「置いていく荷物だけ片づけたら向かうよ……あ、それと昼飯は一緒に食べる予定でいいんだよね?」


「その予定で合ってる。それじゃあ、こっちは先に向かってるよ」


「了解」



 くまと別れ、ようやく教室へ足を踏み入れる。

 橘やくまと話し込んだせいか登校してからかなり時間が経っており、教室に残っている生徒は数えるくらいになっていた。


 自分の席まで歩き、荷物からタオルなど必要な物だけ取り出してリュックとあわせて用意した小さいバックにしまい込む。

 お弁当や着替えはお昼休憩の時に取ってこれるのでリュックごと教室の自席で保管することにした。


 (忘れ物はないかなっと)


 もう一度リュックの中身を確認し、教室を離れようとしたその時だった。


「神里君、ちょっといいかしら?」


 聞き馴染みのある声の方向へ顔を向けると、教室を出ようとしていた前の扉と反対側の後ろの扉で水瀬さんが手招きをしているのが見えた。


「あれ、水瀬さん、まだ残ってたの?」


 教室には姿が無かったのですでにテントへ移動していたものと勝手に思っていた。


「ええ、その、神里君に伝えたいことがあって」


「俺に?」


「そう。でも……ここで言うのは恥ずかしいからメッセージアプリにさせてくれないかしら」


「いい、けど……一応開いたよ?」


 水瀬さんが画面を操作すること数秒、アプリから通知が届いた。


『何故か神里君とこういうイベントが過ごせるって思うと心が高揚こうようしてたまらないの』

『理由については私もよく分からないのだけど、少なくとも神里君のおかげであることは確か』

『改めてありがとう。そして、目一杯楽しみましょう』


「……私が言いたかったことは以上よ。私は先にテントへ向かうわね」


 そう言い終えるやいなや、水瀬さんは駆け足で去ってしまった。


 (……これ、どう返信すればいいんだ……)


 言い表すことのできない嬉しさと恥ずかしさで、くまを追いかけるはずだった体はさらに足止めされることとなった。

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