第十三項「体育祭前夜」 side水瀬瑞葉
「水瀬にゃんのお家にとうちゃーく!」
「ただいま……って、神里君のお家なのだけどね」
体育祭の練習を一通り終えた後、橘さんと帰ることを神里君に伝えたため、玄関には先に戻っていた神里君の靴が置いてあった。
「あれ? もしかして悠人、外出中?」
神里君は確かに帰ってきているはずだが、橘さんの言う通りで神里君がいないのかと錯覚するほど家の中は静寂に包まれていた。
「靴はあるから多分部屋にいるんじゃないかしら」
「ほう、それなら好都合! 水瀬にゃんの相談がより聞こえないってことだもんね!」
「まあ、そうね」
神里君が勉強している可能性もあるので、橘さんに声を小さくするようやんわり注意しつつ部屋へ向かっていく。
途中、お手洗いなどの身支度やお茶の用意もして橘さんの言うお悩み相談室の準備を整えた。
「こほん……こちら橘お悩み相談室です! あなたのお悩みを聞かせて下さい!」
私の悩みを聞けるのがそんなに嬉しいのか、橘さんの代名詞とも言える物凄いテンションで話を促される。
「その調子だと言うのが恥ずかしいのだけど」
「ええ~それなら、こう改まった方が良い?」
言いながら正座の形をとり、
「……確かに前の方が話しやすいわね」
これはこれで自分の悩みが切り出せそうにない。
「でしょ? さあ、あなたのお悩みをどうぞ!」
「……えっと、なんて言えばいいのかしら。伝える言葉が上手く
当時の事を鮮明に思い出しながら整理しようと軽く目を
食べさせてもらった時の感情。
その後にもう一度食べさせて欲しいと感じたこと。
今日、学校で神里君を呼んでいた『彼』のこと。
総じてどんな悩みなのか表現する言い回しが思いつかないが、その時思った内容を明言することは避けつつも断片的に橘さんへ打ち明けた。
「う~ん、水瀬にゃんの悩みの種はなんとな~く分かったような気がする」
「本当? これでも私、かなり断片的に話した自覚があるのだけど」
橘さんは私の悩みが神里君に起因しているというのを知っている。
しかし、それでも私の感情を全て打ち明けながら悩みについて説明するのはどこか恥ずかしさを感じたため、本音付近の気持ちはそれなりに伏せて話したはずだ。
「問題は悠人に対する水瀬にゃんの気持ちがどこに位置付けされているかだよね」
「位置付け?」
神里君は信頼できる人である。
もちろん、神里君の長所はそれだけではないが、その気持ちをどこに位置付けようというのか。
「いやあ、うん、そこら辺の話は急がなくていいんだけどね」
「……何か気になるわね」
「いやいや! 大した事じゃないんだよ? まあ、こっちの話だからうちに任せなさい!」
どんと胸を叩いて任せてアピールをする橘さん。
「むう。分かったわ。その話は橘さんに任せるわ」
お悩み相談室なのに気になる悩みが増えたような気もするが、橘さんに相談すると決めたのは私なので、ここは『任せて!』という橘さんの言葉を信じることにする。
「それでは、水瀬にゃんの悩みの対処法をお教えしましょう! それは……」
「それは?」
何かの演出のように橘さんはためを少し作ってから口を開いた。
「悠人ともっと関わることです!」
「……私、これでも神里君と一緒に過ごしているのだけど」
同棲生活している以上、他のどこで時間を作れと言うのだろうか。
「ん~今言えることが少なくて難しいけど、水瀬にゃんの悩みは悠人と関わる時間が長ければ長いほど解決に向かうと思うんだよね。『なんで?』と聞かれても持ち合わせている答えがないから、ただ信じてと言うしかないのが現状なの」
「橘さんはそう感じたということね」
どちらにせよ、私にとってこの悩みの解決策がないのは事実である。
相談した橘さんが『時間が解決する』と言うのなら、おそらくそれが今できる最善策なのであろう。
「うん。明日は体育祭だし、その後の夏休みでも悠人と関わる時間はたっぷりとれるから、悩みを解決しようと焦って何かする必要はないと思う。もしそれでもモヤモヤするようなら、その都度うちが話聞くよ」
「分かったわ。ありがとう」
そんなこんなで橘さんによるお悩み相談室は終わりを迎え、少し雑談を交えてから橘さんは帰宅していった。
(夏休みか……)
体育祭とテスト期間を乗り越えれば、今は5月でも夏休みまではあっという間である。
(思えば、自由に過ごせる長期休みってこれが初めてになるのね)
そんな体験は未経験であるため、夏休みが迫っていると言われてもあまり
(……今度調べてみようかしら)
明日が体育祭なのにも関わらず、興味が向いた夏休みの過ごし方を考えながら残りの時間を過ごした。
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