第十三項「体育祭前夜」 side神里悠人

 くまと話をして、石上いしがみ君と対面した後、自分の悩みについて何度も考えてみた。

 しかし、納得できるような答えは生まれることなく無情にも時は進み、自室で過ごしている今はもう体育祭前夜である。


 (結局、曖昧あいまいなままか……)


 もちろん、この陰鬱いんうつとした雰囲気をまといながら今日まで過ごしてきたわけではない。

 水瀬さんとの二人三脚の練習や、くま達と会話をするときは悩みが表情に出ないよう気を付けてきた。

 

 それでも、ネットの記事にあった『一晩寝ればサッパリする』、『一旦別の事に集中すれば案外決心がつく』というささやかな抵抗すらむなしく、自分なりの答えが出ることは無かったのだ。


 (とはいえ、明日が体育祭本番なのは変わらない。そこは気持ちを切り替えていかないと)


 ふと、くまとのやり取りを思い出す。

 あのとき列挙した自分のやりたいこと自体に噓偽りはない。

 

 それにくま自身もこう言っていた。


『うだうだ悩む前に行動するのもアリだぞ?』


 ……外でも積極的に水瀬さんと関わってもいいのだろうか。

 たとえ、今の関係が変わってしまう可能性をはらんでいたとしても動くべきなのだろうか。

  

 今どんなに考えたとしても、現状が好転するのかなんてことは分からない。

 ならば、ここで大きな変化をげてもいいのか?


 『誤った選択をしてしまうこともあるかもしれない。辛い目にあうかもしれない。何日も悩みの消えない時間が続くかもしれない。それでも、私はここで、自分の手で大きな変化を起こしたい。幸せな未来のために』


 変化という言葉をトリガーに、今度は水瀬さんの言葉がよみがえる。


 そうだ。

 水瀬さんは自ら変化を起こしたじゃないか。

 

 恐らく水瀬さんもこうやって悩み、考え抜いたのであろう。

 その行動がどんな未来になろうとも自分から動き、『今』という結果を手に入れた。

 

 仮に失敗したとしても、行動しなかった場合の後悔よりはマシなはずだ。

 少なくとも、自分がその状況ならきっとそう考える。

 

 (よし……!)


 頬を両手で数回叩き、覚悟を決めるよう自分に活を入れる。


 (まずは自分のやりたいことの達成だな)


 水瀬さんとの生活はとても充実していて、これからもやりたいことが増えていくのは目に見えている。

 しかし、一先ずは今できること、やりたいことを優先しよう。


 水瀬さんの応援。

 リレーや二人三脚での練習の成果の確認。

 くま達と過ごす昼休みや打ち上げ。


 どれもかけがえのない思い出になりそうなものばかりである。

 

 そう感じながら、シャワーを浴びに行こうと浴室へ向かうために自室を発った。


 途中、ちらっと見えた玄関に水瀬さんの靴のかたわらに、もう1つ女性用の靴が置かれていた。


 (そういえば橘と帰るって言ってたな)


 二人三脚の練習の後、着替えている時に以前交換した連絡先から水瀬さんのメッセージが入っていたことを思い出す。


 (何にせよ、楽しんでいるようで嬉しいな)


 切羽詰まった水瀬さんを知っている身としては尚更なおさら感慨かんがい深いものがある。


 (おやすみ、水瀬さん)


 女子会っぽいところにお邪魔するのは気が引けるので心の中で挨拶を済まし、一瞬の間止めていた足を再び浴室の方へと動かした。

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