第十一項「たこ焼きパーティー(前半)」 side神里悠人&水瀬瑞葉

 帰宅する学生やサラリーマンなどを横目に見ながら人混みを逆行し、目的地のショッピングモールまで徒歩で向かう。

 保冷バッグを持つ若い人が珍しいのか、はたまた水瀬みなせさんの整った容姿が目立つのか、2人で歩くこの状況に若干の視線を感じるような気がした。


「保冷バッグを持つ男子学生って目立つのかな?」


「いきなりどうしたの?」


「いやあ、通り過ぎていく人からちらちら見られている気がしてさ」


 一度気になってしまえばそう思い込んでしまい、仮に自分を見ていなかったとしてもこっちの方へ目を向けていると、保冷バッグを持っている自分がどこかおかしいのではないかと感じてしまう。


「私は別におかしいと思わないけど」


「うーん、思い込み過ぎかなあ」


 しかし、そんな視線もショッピングモールが近づけばただの買い物客の1人にまぎれ込むというものである。

 水瀬さんの服を見繕みつくろいに来たあの時と比べれば、買う物も少ないので心なしか水瀬さんの足取りも軽い。


「……あら、こんな時間だからかしら」


「どうしたの?」


「ほら、あそこ。売れ残りを避けるためにタイムセールをやっているのよ」


 そう水瀬さんが指差す先には、何を売っているのか分からなくなるほどの人だかりができていた。


「気になるなら行ってみようか」


「ええ、少しでも保存がく商品なら買うのも賢明な判断ね」


 水瀬さんの意志を確認してから人だかりの方へ近づいてみると、どうやらタイムセールという大きなスペースを設け、その中で商品を種類別に分けて置かれている状態が作られていた。


「葉物に総菜そうざい、お菓子まで何でもあるわね」


「この中で水瀬さん的に使えそうなものはある?」


「今日のたこ焼き分の葉物はあるから、追加で買ってしまうといためてしまいそうなのでなしね。総菜も必要ないから却下。お菓子は……一応あった方が良いのかしら?」


たちばなが食べそうな予感もするけど……たこ焼きの後にお菓子食べるかなあ」


「クッキーならすぐ消費しなくても置いておけるからそこにあるクッキーを買いましょう」


 鮮魚コーナーで目当てのたこをしっかりと回収しつつ、折角なので補充が必要な物も買い足していく。

 水瀬さんとデートという感覚は完全に消え、タイムセール中のり出し物を探すことの楽しさと節約して買い物できたことの余韻よいんひたっていると、いつの間にか玄関に辿たどり着いていた。


「きっかり18時ね。あの2人は……あら、あの自転車、橘さん達じゃないかしら」


 玄関の鍵を開けてから水瀬さんの指差す方向へ体を向けると、確かに紙袋をカゴにたずさえている橘とくまが見えた。


「くまはいったい何を持ってきたんだ……」


 橘はたこ焼き器を持ってくる予定だったので紙袋の中身は予想できる。

 しかし、くまの紙袋はこんな時こそ得体の知れない『地雷』を運んできそうで少し空恐そらおそろしさを感じさせた。


「それなら俺はこのままエントランスへ2人を迎えに行くよ」


「分かったわ。私はキッチンでたこ焼きの準備を進めるわね」


「うん、お願い。それじゃあ行ってくるよ」


 持っていた保冷バッグを水瀬さんに預け、手ぶらでエントランスへ向かう。

 くま達も来客スペースに自転車を止め終わったようでエントランスの自動ドア越しに2人の姿が見えた。


「お待たせ。ちゃんとたこは買えたか?」


「もちろん。それで、その紙袋の中身は何なんだ?」


「まあ後でのお楽しみってことで。……悪いようにはならないさ、多分」


「妙に自信なさげなところが怖いんだけど」


 すいっとそっぽを向くくまの態度により恐ろしさを感じる。


「あれれ? 水瀬にゃんは?」


「水瀬さんは先にキッチンで準備を始めてるよ」


「それはお手伝いしなきゃだね! 早く行こう!」


 そう言って橘はたこ焼き器入り紙袋をぶんぶん振りながら進んでいった。


「……とりあえずいっか」


 正直くまの紙袋の中身が物凄く気になるところだが、水瀬さんのお手伝いをしなければならないのも事実なので急いでいる橘の後ろ姿を追いかけた。



 

「水瀬にゃん! うちが来たよ! 何かすることある?」


「橘さん、いらっしゃい。そうね、それなら持ってきたたこ焼き器をテーブルの上に置いて電源を入れるところまでお願いしたいわ」


「了解!」


 家に戻ると先に辿たどり着いた橘が水瀬さんの指示の下、テキパキと仕事をこなしていた。


「おっと、すでにやることがとられていたな。これは片付けを頑張るしかないか」


 隣で同じ光景を目撃したくまがつぶやく。


「俺は水瀬さんの様子を見に行ってくるよ。くまは……くつろいで待ってる?」


「流石に皆が頑張ってる間にそんなことはできないよ。そうだな、花蓮の監督かんとくでもして待ってるかな」


「なるほど。それじゃあ、そうして待っていてくれ」


「おう」


 彼氏のくまらしく橘の監督へ就任しゅうにんしにいったのを見届けてから洗面所で手洗いを済まし、キッチンにて1人で黙々と作業する水瀬さんのところへ歩みを進めた。


「お疲れ様、水瀬さん。何か手伝えることはある?」


「うーん、そしたらボウルに入ってるたこ焼きの生地をかき混ぜてくれるかしら? 私はたこを一口大に切る作業へ移るわ」


「了解」


 そう言って渡されたボウルを受け取り、中身がこぼれない程度の力強さで混ぜ始める。


「はーい、水瀬にゃん! 仕事が終わりました!」


「花蓮、ここに油があるから表面に油をろう。水瀬さん、油をひく作業を始めてしまってもいいかな?」


「ええ、大丈夫よ」


 くまの質問に答える水瀬さんの手元にはいつの間にか綺麗きれいに切られたたこが整列されていた。






「こほん。それでは、第1回たこ焼きパーティーを開催したいと思います!」


 橘の音頭おんどに合わせ、各々おのおのが花をえる拍手をする。


「主催者の水瀬にゃん、一言お願いします!」


「ええ……私が主催者なの……?」


 水瀬さんの疑問はもっともである。

 きっと、彼氏のくまでさえ『花蓮が主催者じゃないのか』と思っているに違いない。


「ささ、どうぞ!」


「そう言われても……ほ、本日はお集まりいただきありがとうございます……? 橘さんに、く、く……」


 いくら演技とはいえ『くまさん』と呼ぶのは流石にはばかられたのか本名で呼ぼうとする水瀬さんの姿に、そういえばくまのフルネームを告げていなかったことに気づく。

 

『くまがい じん、だよ』

 

 素早くポケットから携帯を取り出し、メッセージアプリの入力欄にゅうりょくらんにくまのフルネームをタイピングしてこっそり見せる。


「! こほん、橘さんに熊谷さん。……えっと、乾杯?」


「かんぱーい!」


 終始困惑している水瀬さんと対照に、橘は乾杯の合図までにおごそかな間があれば満足だったのか景気よくお茶の入ったグラスを掲げた。


「……橘さんが主催者じゃないのかしら」


「あはは……水瀬さん、お疲れ様」


「神里君もお疲れ様。その……なんというか、ありがとう」


 この水瀬さんの『ありがとう』はきっとくまのフルネームのことだろう。


「どういたしまして。さて、それじゃあ焼きますか」


 キッチンから運んできたたこ焼きの生地が入ったボウルを片手に、たこ焼き器の半球のくぼみへ生地を流し込んでいく。

 するとたこ焼き器からさも美味しそうな、じゅうじゅうと生地の焼ける音が聞こえてきた。


「はいはーい! うち、くるくるたこ焼きを回す係をやりまーす!」


「それなら橘さんにお願いするわね。あとこれ、専用の器具がないから代わりに竹串を使おうと思ったのだけど」


 そう言って水瀬さんは橘に竹串を何本か手渡した。


「まっかせて! うち、こう見えて器用だから!」


 橘の自負はあながち間違っておらず、隣同士がくっつかないよう見事な手つきでたこ焼きをさばいていく。

 そんな橘がメインで生地を焼いている間、くまは使った調理器具を洗い、俺と水瀬さんは橘の補佐を務めた。


 そうすること数分、係の名前の通り橘がくるくるたこ焼きを回して焼き加減を確かめる。


「……んー、このあたりは大丈夫かな~。これも……いけるね」


 たこ焼き職人橘の下、4人それぞれの皿に次々とたこ焼きが乗せられていく。


「うん、一通り焼き終わったかな。さて、頂きます! と、その前に!」


 ソースとマヨネーズ、青のりまでまぶせられた輝くたこ焼きを目の前にして橘の一言でお預けをくらうこととなった。


「ほい、王様ゲーム~」


 気の抜けたくまの声と同時に現れたのは、有名な極悪非道ごくあくひどうゲームで知られる王様ゲームのセットであった。


「紙袋の中身はそれか……」


「まあ、紙袋に入れるほどの大きさじゃないんだけどね。一旦戻った時に花蓮が『あれ持っていこうよ!』って言うから、つい悪ノリしちゃった」


「いやあ、あった方がタコパとして盛り上がるかなって。水瀬にゃん、王様ゲームって知ってる?」


 悪びれる様子のない主犯は水瀬さんに話を移した。


「王様ゲーム?」


「んー、簡単に説明すると、4人でくじを引いて当たりを引いた人はくじに書いてある番号を指定して好きなことを命令できるってゲーム。ちなみに番号はくじに振ってあって、当たりを引いた人は誰がどの番号なのか知らずに命令するの」


「なるほど……」


 思いのほか橘の説明に対して熱心に聞き入る水瀬さん。


「もちろんやるよね! 水瀬にゃん!」


「そうね、物は試しって言うし、一先ずやってみようかしら」


「え、水瀬さんそれ本気で言ってる?」


 水瀬さんが了承のむねを発言したことに思わず食い気味で聞き返してしまう。


「ほらほら、水瀬にゃんがいいって言ってるんだから悠人もいいでしょ! はい、くじ引いて!」


「ええ……細工さいくとか変なことは命令しないよね……? というかたこ焼き冷めるよ?」


「食べながらやればいいの! 皆引いた? それじゃ、王様だーれだ!」


 渋々しぶしぶ引いたくじを確認する。

 そこには1と書いてあり、自分が王様ではないことを示していた。


「あ、私みたい」


 ビギナーズラックなのか初回の王様は水瀬さんのようである。


「水瀬にゃん、番号とその人にやってもらうことを指定して! 番号は3人分だから1から3までだよ!」


「やってもらうこと……なら、1番の人はたこ焼きを1つ食べる、でいいかしら?」


「ぶー、水瀬にゃん、それ命令って言えるの~?」


 橘は水瀬さんの指令に不満なようである。


「思いついたことを言ったのだけど……」


「まあ、いいでしょう。1番の人はだあれ?」


「俺だな」


 1と書かれたくじを掲げる。


「ではたこ焼きを1つどうぞ!」


「えっと、頂きます」


 皿からたこ焼きを1つ摘まんで口に運ぶ。

 

「あふっ!」


 焼きたての熱さはおとろえることなく健在で、たこ焼きの美味しさと熱さが同時に口の中を襲った。


「物凄く美味しかったです。ご馳走様でした」


 まだたこ焼きの熱さで口の中がヒリヒリするが、王様ゲームの命令はこなしたので区切りをつけるために食べ終わった合図をする。


「はい次! 王様だーれだ! ……うちでした! ん-と、3番が2番にたこ焼きを食べさせる、でどうかな?」


「橘、それは命令にも限度があるんじゃないか」


 たこ焼きを食べさせるのがいけないことなのかというとグレーゾーンではあるが、今後いき過ぎた命令を避けるために橘へ抗議の意思を示す。


「む。多数決をります。たこ焼きを食べさせることは違憲いけんか。違憲だと思う人!」


 意外なことに手を挙げたのは自分1人だった。


「あれ、水瀬さんは大丈夫なの?」


「というよりも嫌だったらその人が拒否権を行使すればいいと思うわ」


「じゃ、まあ続行ということで、閉廷へいてい! 続けて番号を確認します!」


 確かに水瀬さんの言う通り、嫌なら拒否権を行使すればいいのでとりあえず番号を確認することにした。


「2番は俺だけど3番は?」


「悠人が食べさせるってことか」


 そう言うくまの手には3と書かれたくじがあった。

 食べさせるというのが微妙なところではあるが、くまが相手なら問題はない。


「……絵面がひどいぞ」


「花蓮様の命令なら仕方ない」


 くまが使っている箸を受け取り、そのままくまの皿にあったたこ焼きをくまの口まで運ぶ。

 たこ焼きの味に満足したのか、くまが食べ終えるのは一瞬だった。


「まだまだ行くよ! 王様だーれだ! やった、またうちだ! 今度は2番が3番にたこ焼きを食べさせる!」


「またか……2番は俺」


「……3番は私よ」


 たこ焼きを食べさせる命令の辺りで薄々感じていたことだが、きっとあの2人の目的は『こういうこと』に違いない。


「えー、俺は拒否権を行使します」


「水瀬にゃんは? 悠人に食べさせてもらうのは嫌?」


「嫌かと聞かれれば嫌……ではないのだけど……」


 望んでいた言葉を聞き出せたのか、橘は『聞きましたか兄貴』と言わんばかりの笑みを俺に向ける。


「水瀬にゃんはこう言ってるけど、悠人は一方的な『嫌』を押し付けるのかなあ?」


「ぐっ……」


 罠に掛かった獲物を追い詰めるように、じりじりと詰め寄る橘を前にどう答えるものかと考えようとした矢先、水瀬さんがこんなことを言い放った。


「神里君……私にたこ焼きを食べさせてもらえるかしら?」

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