第十項「秘密の共有者」 side神里悠人&水瀬瑞葉

「時計の下に貼ってある『契約』と書かれた紙。どう見ても悠人ゆうとが使わなさそうな小物。これらから予想するに2人はここに住んでいる、ということでいいんだね?」


「くまの言う通りだよ。俺たちは『2人で』この家に住んでいる」


 くまとたちばなをリビングに招き、4人分の麦茶がテーブルにそろったところでくまが切り出した。

 しかし、橘の好奇心はまだ収まらないのか、座っていても辺りをきょろきょろと見渡している。


「なんで2人が一緒に暮らしているんだっていうのは聞いていいことか?」


 前置きで『少し込み入った話だ』と伝えたからか、地雷だと思われそうな話題にはより慎重に踏み入るよう気を遣う表情がくまから見てとれる。


「それは私から話すわ」


 水瀬さんの『あの』行動について自分が話していいのか迷っていると、助け舟を出すように水瀬さん自身が話す姿勢を見せた。


「そうね……簡潔にきっかけを述べるなら、帰る場所のない私を神里君が助けてくれたという感じかしら。もちろん、始めから仲が良かったわけじゃないからそこの紙に書いてある通り、『契約』という取り決めをして過ごすことにしたわ」


「ねえねえ! 水瀬にゃんのお部屋にお邪魔してもいい?」


「花蓮、今はこっちの話の方が大事なんだぞ」


 橘のテンションはあいも変わらずといったところか、水瀬さんと2人で暮らしていることに対する反応は玄関にて終えたようで橘の本能のおもむくままに離席しては手当たり次第に物色していた。


「うーん、大事なのは分かるんだけどね。うち、クラス委員としても友人としても今まで水瀬にゃんを見てきたの。それでうちなりに分かったことがあって、最近の水瀬にゃんは会った時に比べて明らかに人生楽しんでるって感じがする。だから、うちは過去やきっかけが何だとか今は気にしてないんだ。それよりもこの4人で青春をどう謳歌おうかするか考えた方が有意義じゃない?」


 キッチンの方へ移動した橘が腰に手をあてながら言い張る。


「……ふむ、花蓮の言う通りだな。まあ、そもそも問い詰めるつもりがあった訳じゃないし、悠人が元気ならそれでいいさ。中学校以来からの親友としてそれに勝るものはない」


 橘の言葉を一通り飲み込んだくまが、一緒に過ごしてきた中でも見たことのない優しそうな微笑ほほえみを見せながら告げた。


「……受け入れてくれて、ありがとう」



 くまと橘だからこの『真実』を打ち明けたわけではあるが、実際に言葉で受け入れてもらえた事実を確認できたことによって涙腺るいせんゆるみそうになる。

 そんな自分を落ち着かせようと麦茶を少し口にすると、話は終わったというように橘の好奇心が再燃していた。


「それで! 水瀬にゃんのお部屋にお邪魔していいの?」


「特に珍しいものはないわよ?」


「それでも女子として気になるところがあるじゃないですか!」


「それならこっちは悠人の部屋にお邪魔するか」


「なんでだよ」


 流れるように俺の部屋への侵入を計画しようとしたくまをツッコミで門前払いする。

 

「それはともかく、この後どうするんだ?」


 けろっと俺のツッコミを無視したくまが素直な疑問を皆に投げかける。


「今日は体育祭の練習の気分じゃないなあ。あ、そうだそうだ! タコパしようよ、タコパ!」


 終始会話のかじを握っている橘がたこ焼きパーティー、通称タコパを開催しようと勢い良く手を挙げる。


「夕飯の話か? こっちは両親に連絡すれば構わないが家主はどうなんだ?」


「ごめん、水瀬さん。現在の冷蔵庫事情ってどうなってましたっけ?」


 一応、冷蔵庫に何が入っているのかは把握しているものの、実際に料理を行う水瀬さんには及ばない。

 その上、この場合のご飯に関する『契約』はどうなるのか、確認の意味も込めて一先ひとまず水瀬さんに話を振る。


「うーん、食料品に関しては今から買いに行っても問題ないわ。ただ、神里君、たこ焼き器って置いてないわよね?」


「……流石にそこまで準備はよくないね」


 元々一人暮らしの家に始めからたこ焼き器は用意していない。


「あ、それならうちが持ってくるよ!」


 立案者の橘がクラスで発言するように席を立って再び挙手する。


「花蓮が家に戻るならこっちも一度家に帰らせてもらうよ。荷物置いたり私服に着替えたりもしたいからね。買い物を任せるのは心苦しいけど、片付けは花蓮と一通り行うからそれでチャラにしてくれ」


「了解。俺たちは近くのショッピングモールまで買い出しに行くよ。そうだな……だいたい18時あたりまでには戻ってこれると思う」


 買う物がすでに決まっているので、徒歩で向かうのも加味かみすると帰宅のタイミングは晩御飯を作るちょうどいい時間である。


「分かった、間に合うように支度を整えるさ。それじゃ、また後で」


「ああ、急がずに気をつけてね」


 くまの後を追って席を立ち、くまと橘が外へ出かけていくのを水瀬さんと見送る。


「さて、俺らも出発しようかな。水瀬さんの方は大丈夫?」


「その前に私達も私服に着替えた方がいいんじゃないかしら? 制服よりは動きやすいと思うのだけど」


 そう言われて制服姿だったのはくま達だけではなかったことに今更気付く。


「ああ、ごめん! そうだよね。えっと、それじゃあ着替えて玄関に集合ってことで良いかな?」


「ええ、構わないわ。あ、申し訳ないのだけどタコを入れるための保冷バッグだけ準備してもらえる?」


「もちろん。じゃあ、また後で」


 やる事が決まると互いにきびすを返し素早く自分の部屋へと戻っていった。


 外で長居するわけではないので、特に服の組み合わせも考えることなく派手さのない落ち着いた色合いの服を引っ張り出して装いを変えた。

 保冷バッグを取り出し玄関へ向かうとまだ水瀬さんの姿は無かったので、余った時間で電気や窓などの戸締りを確認する。

 


 そうして戸締りの確認が家を一巡するのと水瀬さんが玄関に姿を現すのは同時だった。


「待たせたわね。行きましょう」


 そこには白のノースリーブに淡い水色のカーディガンを羽織はおり、薄いベージュのロングスカートを合わせる格好で、年相応に見えながらもどこか上品さをただよわせている水瀬さんが立っていた。


 夏と比べてまだ涼しいこの頃は少し冷える夜もあるものの運動すると汗ばむような気温をしている。

 そう考えれば、ファッションにうとい俺でも分かるような、5月という季節感にピッタリな服装と思えた。


「……何かおかしなところでもあるかしら?」


「いや、そういう訳じゃなくて……似合ってるなあと」


 水瀬さんの私服姿に加えてこれから2人で買い物に行くことを考えると、平常心を保とうと試みても『これは俗に言うデートなのでは?』という疑問が頭から離れない。


「……ありがとう。ほら、時間も迫っているしそろそろ行くわよ」


 すっきりしない男子特有の悩みを抱えつつも玄関を出て外の空気を吸うことで無理矢理気持ちを切り替えさせ、体育祭の前夜祭さながらに開かれることとなったたこ焼きパーティーの買い出しに走るのだった。

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