第二項「同棲生活の下準備」 side水瀬瑞葉
神里君の両親が家にいたらまた私が
「お邪魔します」
家にお邪魔するとき、玄関の鍵の
そういうことをするつもりなのと聞いたら、慌てて否定していた。
その時の神里君の必死さが少し面白く見えたのは内緒である。
そのあと、私は事の
全部を伝えなかったのは、今は過去を振り返りたくない気持ちが半分、もう半分はよく分からなかったが言いたくないという気持ちがあったからである。
神里君に妹がいることを知った。
神里君はうんざりしながら話しているがその話を聞く限り、兄思いの良い子に聞こえる。
私は一人っ子だからその兄弟特有の距離感が少し
もう遅い時間なので明朝シャワーを使っていいか許可を求める。
朝シャワーの
神里君の前では
鳥の声で意識が覚醒する。
体を起こし、何もされてないことを一応確認してから洗面所に向かい、朝の支度を整える。
リビングに戻ると人の気配はまだ無かった。
神里君を起こすのも申し訳ない気がして、心の中で謝りながら冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中身の食材的に朝は目玉焼きとトーストかなと感じ、1人調理を始める。
すると、がちゃりとドアを開ける音と共に神里君が部屋から出てきた。
「あら、おはよう。よく眠れたかしら?」
軽く挨拶を済ます。
「おはよう。水瀬さんの方こそちゃんと眠れたの?」
挨拶の後、真っ先に人の心配が出てくるあたり神里君の人となりが
そんな彼にシャワーを浴びてくるよう
「「いただきます」」
目玉焼きとトーストだけだというのに彼の喜びようは
「うん。美味しいよ、ありがとう」
「それでも母さん以外の手料理なんて食べたことないから」
昨日からの彼の行動で神里君は嘘をつかない性格だと分かっているため、彼の
冷たい氷が溶けていくような、温かい気持ちにさせてくれる彼の言葉にどう反応したらいいか分からず、結局
その後、神里君と今後に関して話し合った。
分かってはいたが、声に出して意識するとなかなか
神里君の質問に答えながら解決策を探っていく。
すると、神里君が黙って考えこんでしまった。
長考の末、神里君はこう提案したのである。
「俺の部屋を借りるということで『契約』するのはどうかな」
神里君は対価に食事を作ることとして『契約』を持ち掛けてきた。
言われてみれば確かに合理的である。
安全性、立地、収納、機能性、金銭面も他の選択肢を上回っている。
ただ対価が食事を作るだけというのは私的に恩を返せている気がしなくて納得いかないが。
方向性としては納得できるので神里君に
私に情けをかける訳でもなく、互いの利害と意思を尊重した上での『契約』。
昨晩、素の私がむき出しになった状態で
私のプライドも素直な本音も、どちらも納得させることができる。
「生活に関する細かいルールは後で決めるとして。まずは、これからよろしく。水瀬さん」
「私からも。これからよろしくね、神里君」
彼をあなたではなく、神里君と呼んだのは初めてな気がした。
握手を求められたのはびっくりしたが、拒む必要性はないのでそれに応じる。
この時、何故だか分からないが私の顔は笑みを浮かべていた。
「そうと決まれば、まずは生活必需品を買いに行きたいわね」
見えない未来を
やはりこれも道を示してくれた神里君のおかげだろうか。
有難いと思う反面、それでも怖いなと思ってしまう。
神里君の気持ちが嘘だったらという昨日感じた怖さに加え、ご飯を作るだけで対価になっているのかというプレッシャーから来る怖さも加わった。
普通に考えれば神里君は私に会うまで自炊していたはずである。
つまり、神里君もご飯を作れるのだ。
それを私が肩代わりしたところで恩を返せたと言えるのか。
神里君と相談の結果買い物が午後になったので、このもやもやは借りた部屋の掃除をすることで無理矢理押し込めることにした。
掃除が終わったので掃除機を返そうと部屋を出ると、偶然神里君が通りかかった。
神里君曰く、今日の買い物で必要そうなものを一緒に
神里君に導かれるまま、各所で必需品を確認しながら足りないものをチェックしていく。
夕ご飯をどうするか神里君に聞いたら、得意料理は何かと逆に問いただされてしまった。
私は基本的に和洋中一通り作ることができる。
その中でも小さい頃からお気に入りのオムライスは、自分で作るようになってからもこだわりの1品となるよう努力してきた。
オムライスかしらと伝えると神里君は子どものように目を輝かせていた。
私に『契約』を持ち掛けたときの意志の強そうな目から幼さに一転した神里君のギャップに少々引きつつも、頭の中でオムライスに必要な食材を浮かべていく。
買い物の内容が決まった時はもうお昼になっていたため、昼ご飯であるフレンチトーストの準備に取り掛かる。
いつもは自分だけが気にすればいい塩味や甘みもこれからは気を付けていかなければならない。
幸いフレンチトーストは粉砂糖で甘みを調節できるので、粉ふるいとセットでテーブルの上に置いた。
神里君は
私を
でも神里君にそのような素振りは見受けられない。
だからこそ素直な称賛は余計に反応に困る。
片付けの時も無理矢理にでも手伝うのかと思えば、道理を説明するとしっかり合理的に動いてくれる。
私達の関係はまるでビジネスパートナーのように思えた。
「行ってきます!」
神里君の挨拶と合わせて、私も小声だが挨拶をする。
得も言われぬ恥ずかしさを感じたが、多分慣れないことをしたからであろう。
折角なので新しく買う服を神里君にも見てもらうことにした。
神里君はファッションに関して苦手らしいが、こういうのは1人でも多く意見を貰えた方がいいというものである。
それが異性なら尚更自分と違う視点を持っていると言えよう。
自分ではよいと思っていても、周りはそうでない可能性があるのだ。
あの子のように。
駅前のショッピングモールは混んでいた。
神里君にここのショッピングモールを知っているのかと聞かれた。
もちろん、知っている。
数え切れないくらい1人で買い物をしている。
しかし、そんなことを話したところで今は何も解決しない。
簡潔に家が近かったとだけ神里君に話した後、恩人に隠すことはフェアじゃないと感じ、詳細はいつか話すとも伝えた。
ファッションが苦手との通り、神里君は『似合っているよ』としか繰り返さなかった。
私は比較的ファッションに詳しいと思っている。
人にどう見せれば良い見え方をするのかは経験で
とはいえ人の見方自体も人それぞれであるため、神里君が特に言葉を重ねて称賛したこの組み合わせも買うことに決めた。
買い物かごにたくさんの服が入っていたためか、神里君に金銭面のことを心配された。
通帳を取り出し、事情を伝える。
過去を振り返るタイミングではないので、事務連絡に聞こえるような
神里君が気負わなくてもいいよう、ついでにこのお金についてどう思っているのかも話すことにした。
ご飯だけでなく食費に関しても対価を返せる余地があることに気づき、神里君にその旨を伝えると、珍しく彼が反対した。
なんとかして説得しようとするが神里君も譲るつもりはないらしく折半ということになった。
服を買い終わった後、荷物で膨らんだリュックを持とうと提案したが却下され、私は少ししか入っていない紙袋を持つことになった。
それが罠だと気づいたのは食材を買い終えた後である。
罠の主である神里君は両手に食材の入った袋を抱えていた。
リュックで両手を空け、紙袋を私に持たすことで食材の袋を持つことができないよう仕向けたのである。
こうなっては神里君の言うことを聞くしかない。
策にはまった悔しさの反面、このやりとりをどこか楽しいと思っている自分もいた。
それからはあっという間に時が過ぎた。
オムライスに喜ぶ神里君や、神里君とクラスまでもが同じだったこと。
道中、神里君がやけに褒めてきたが今回はちゃんと
交わした『契約』は時計の下に張ってある紙に書き起こすことにした。
これで万が一『契約』を忘れるようなことになっても安心である。
神里君が言うには、学校では幼馴染として過ごした方がいいらしい。
理由を聞けば納得である。
確かに余計なトラブルに巻き込まれるのは
私は周りの人の意見や視線、見え方を気にしているようで実のところ気にしていない。
いや、気にした上で気にしてないと言えばいいのだろうか。
私は周りからどう見えているのかを理解しながら立ち回っている。
だからたとえクラスの人にどう思われようとも構わないつもりでいたのだが、神里君の話を聞いた結果、ここは幼馴染の設定で皆を納得させた方がいいことに気づいた。
これ以上の話が無いことをお互い確認して別れた後、そろそろ就寝の時間となっていた。
今日1日で衣食住など地盤は固まった。
早く独り立ちするために、出来るだけ神里君に迷惑をかけないよう明日から頑張らなければならない。
勉強はもちろんのこと、将来のための情報集めや状況に応じて資格も視野に入れる必要があるだろう。
学校の規則を確認してバイトを始めることも選択肢に入れた方がいいかもしれない。
社会経験も積めて、お金や有用な情報を手に入れられれば神里君に恩返しできるという道も模索することが可能になる。
そんな決意と共に私は
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