断章Ⅰ
「瑞葉の過去」
「ピアノのコンテスト、また銀賞なんだって?」
新聞から目を離したお父様がそう言ってわたしを
「はい……。ごめんなさい、お父様」
「いったいお前にいくらかけていると思ってるんだ!」
お父様は新聞をくしゃりと
「この間の絵画のコンテスト、最優秀賞とれなかったらしいわね」
お料理の途中だったお母様が手を止め、低い声でわたしに呼びかけます。
「はい……。ごめんなさい、お母様」
「水瀬はあの有名な政治家も
お母様は包丁を持ちながらわたしに問いかけます。
「……あります」
「よろしい。次のコンテストで最優秀賞をとれなかったら一日御飯抜きですからね」
「……はい」
言いたいことを言い終わったお母様はまたお料理を始めました。
小さい頃はこれが普通の家族なんだと思っていました。
コンテストや大会で一番をとるとお父様やお母様が
わたしは
たまにお母様が
それでもわたしに向けてくれる笑顔は暖かくて幸せでした。
小学校を卒業する前のある日、数少ないお友達である千代さんの家にお泊りをさせていただく機会がありました。
そこでわたしは驚くべき会話を耳にしたのです。
「この間のコンテスト銅賞だったじゃないか。すごいなあ、流石千代だ!」
わたしはなぜ千代さんのお父様が千代さんをお
「水瀬さんは銀賞なんでしょう? すごいねぇ。うちの子に見習わせたいわぁ」
さらに、千代さんのお母様はわたしを
わたしには
「あ、あの……怒らないのですか?」
わたしは恐る恐る聞いてみることにしました。
すると千代さんの御両親は不思議そうな顔をしてこう言いました。
「なぜ怒るんだい? コンテストで賞をとることは素晴らしいことじゃあないか」
「……水瀬さんのお家では怒られるの? あ、言いたくなかったり辛かったら言わなくていいからねぇ」
わたしにはまだ難しいことがわかりません。
でも、気づいた時には、わたしは泣いていました。
そんなわたしを見て、千代さんの御両親は何も言わずに抱きしめてくれたのです。
お泊りのあとも、あの温もりを忘れることはありませんでした。
この時を境に、わたしはお父様とお母様の笑顔を素直に受け取れなくなっていきました。
「瑞葉、明日のコンテストはもちろんわかっているね?」
あれから時間がたって、『わたし』が『私』になってもお父様とお母様は変わらず期待を寄せます。
「金賞は水瀬瑞葉さんです!」
ついに私自身、ステージの真ん中で何回拍手を浴びたか数えられなくなりました。
きっとお父様とお母様も覚えていないことでしょう。
賞状を持ち帰って両親の元に戻っても、2人は私に目もくれずご友人とお話しています。
お家に戻れば私に笑顔を向けてくれますが、それはいったい何のための笑顔なのでしょう。
『あなたは親の道具』という雰囲気が拭えきれなくなってきます。
さらに時が流れ、明日は本命校である高校受験の日となりました。
「あなたは今の学校よりもこっちの学校の方が合っているわ。ね、瑞葉。私たちの言うとおりにしなさい?」
お母様の言葉が頭の中で繰り返されます。
しかし、のどの調子がおかしいようです。
熱を測ると体温計には38℃と表示されました。
でも、本命校の受験をふいにするわけにはいきません。
両親に怒られてしまうでしょう。
なんとか受験を終えることができました。
帰ってからすぐに寝たために受験後の記憶は残ってません。
落ちていました。
ネットで見た合格者一覧に私の番号はありませんでした。
「どうだった、瑞葉。もちろん受かっているんだろう?」
「……」
「どうしたの瑞葉。早く言いなさいよ」
口が、全身が言うことを聞きません。
足は震えて、口はがちがちと音を鳴らしています。
ですが、言わなければなりません。
この結末を。
「……う、受かっていません」
この一言を区切りに私たち一家は
結局、通うことになったのは地元で有名な進学校です。
本命である高校には敵わないものの大学への進学実績を見ると引けを取りません。
ですが、2人の期待通りにはならなかったという事実が家族という関係をさらに歪めていきました。
「瑞葉、御飯は自分で作ってね」
今まで専業主婦を努めながら私の努力を
入学式を終えても2人が来ることはなく、学校を背景に写真を撮っている家族を横目に見ながら帰りました。
2人によそよそしい態度をとられても私のやることは変わりません。
4月下旬、その日も3年後の大学受験に向け予習をしていました。
部屋の扉がノックされたのでリビングに向かうと、2人が
「瑞葉、話があるんだ。家を出て行ってくれないか? 新しく部屋を1つ用意しなければならないんだ」
……はい?
「あ、あのね、ほら瑞葉ももう高校生でしょ? 可愛い子には旅をさせよっていうじゃない。だから瑞葉を成長させるために……」
お母様の慌てぶりを見て直感で気づきました。
私は2人にとっていらない子になったのだと。
「金銭の話ならこの通帳にある残金をすべて瑞葉が使っても構わない」
「私たちは瑞葉がどこで何をしても認知しないから伸び伸びと生きてちょうだいね」
2人の言葉を聞いて、
通帳をひったくって部屋に戻ります。
「元気でやっていくのよ瑞葉!」
あの後何を言われたか覚えていませんが、気づいた時には通帳に財布とスマホだけをポケットにしまって千代さんの家の前に立っていました。
千代さんの御両親なら助けてくれるかもしれないと思い、家のインターフォンを押します。
「瑞葉ちゃん?」
ドアから顔を覗かせたのは千代さん本人でした。
長い間千代さんと会っていなかったためか、成長した千代さんは私よりも大人に見えました。
「あ、あのね……」
助けて欲しいのと私が口を動かす前に、千代さんが言葉を被せます。
「私、天才なあなたと違って努力しなければいけないの。じゃあね」
私が何か言う前より早くドアは閉じられてしまいました。
嫌なほど落ち着きを取り戻した頭は千代さんの感情を冷静に判断しました。
ああ、千代さんは私に
あてもなく
私は親の道具だった。
友達は私に
私が間違っていたのだろうか。
正しいのは誰なのだろうか。
街頭があってもなお
「
星を見ていると、ふとあることに気づきました。
とても悲しいことのはずですが、今の私には希望に見えることです。
――私がいなくなればいいんだ――
ああ、そういうことですか。
そうですか。
「でも、そうね……最後くらいはいい思いをしたいわ」
帰る場所も、生きる目的も失った人間がするようなことはなんでしょうか。
「せめて死ぬことだけは否定されたくないな……」
口調とともに生きる意志を
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