クーデレ美少女との契約生活
霧雨紡
プロローグ「クーデレ美少女と初契約」
『……では天気予報のコーナーです。今夜は快晴で気温も16度と普段より過ごしやすく、肉眼でもはっきりこと座流星群が見えるでしょう。さらに今年は例年より流星の数が多くなるとみられており、流星群のピークの時間は23時過ぎ頃になるという予想が発表されています。もう見ることができるでしょうか、時刻は23時となりました……』
机の上に置いたスマホから流れるラジオの声によって、
「……もうこんな時間か!」
刻々と動き続ける時計から目を戻して趣味である星空観察のために慌てて支度を始める。
少し値の張る中古の望遠カメラを、慌てつつも壊さないよう丁寧に自室の一角から袋ごと取り出し、カーディガンを
「行ってきます!」
希望した高校へ進学するためについ先日始めた一人暮らし。
ここはアパートの一室で誰もいないはずなのだが、実家にいた時の癖が抜けず未だに挨拶してしまう。
両親がいない訳ではなく只今海外出張中で、中学生の妹も父親と母親についていった。
ドアを開けると
4月下旬の風は心地よく、高揚とともに上昇した体温を適度に冷ましてくれた。
家の鍵を閉め、住人専用の自転車置き場がある1階へ階段を駆け足で降りる。
「悠人くん、どこいくの?」
「星空観察をしに裏山の方へ!」
星空へと運んでくれる自分の自転車を回収する途中、コンビニ袋を提げた大家さんとすれ違ったため軽く挨拶を交わす。
「さてと」
大してスペースがあるわけでもない自転車のカゴに無理矢理荷物を載せてからサドルに
足を動かす前にさっとスマホで時間を確認すると、あと数分で流星群のピークに到達する頃だった。
「急げば間に合うかな」
目的地は以前から目をつけていた
そこはアパートから自転車で数十分走らせて着く裏山の中にある。
さらに展望台の先にはキャンプ場しかないため、夜は車もほとんど通らない。
つまり、展望台周辺は外部の光が極端に少ない、星空観察にはぴったりの場所なのであった。
それとは別に、この展望台は別の角度から注目を集めている。
そう、周囲に人がいない且つ高いところといったら『あれ』だろう。
加えて危ないことに、飛び降りた人もいるというのに柵は未だ工事中なんだとか。
ただ、近年そのような事例はないと近隣のおばさん達が話しているのを聞いたため、いったいいつの事件なのかはわからないが。
時々立ち止まって空を見上げながら自転車で走ること十数分。
交通ルールを守りながらも出来るだけ急いで自転車を漕いだので、予想よりだいぶ早く目的地の展望台に到着した。
手元のスマホには23時20分の文字。
「これならまだ間に合うぞ!」
喜びのあまり思わず出た独り言が夜の展望台に響いてしまっているのが分かった。
手早く端に自転車を置いて鍵を掛け、望遠カメラの三脚を立てるために展望台の最先端へ向かう。
プレゼントを開ける前の子どもさながら、空を見ないよう下を向き、1段1段踏みしめて登っていった。
そして、ついにご対面だと最後の1段から足を離し、立ち止まる。
見上げてみれば目の前には満天の星空と流星群――
――と思いきや、夜空に向けられるはずの視線は目の前でぽつりと立っている少女によって止められてしまった。
少女もこちらの存在に気づいたのか後ろを振り返り、そして目があった。
刹那、その少女の容姿に目を奪われた。
浮世離れした和風美人な顔つき、夜空に溶け込むような黒髪は肩あたりできっちり揃えられている。
身長は、スタイルも良いおかげなのか、見た目から予想される年齢の平均身長よりも高く見えた。
「……!」
山中を通り過ぎる肌寒い風が、時を止めたかのような光景から現実に引き戻した。
見たところ目の前の少女は手に何か持っている様子がない。
物好きでもなければカメラも持たずに展望台まで登るのは無理があるし、驚くべきことにこの展望台で少女は制服姿である。
それでは何故、この時間、この場所にこの少女はいるのか。
1つ、もしかしてと納得のいく嫌な答えが頭の中に浮かぶ。
それと同時に、少女を中心にして急に視界が
(ん? 立ち眩みか……いや、違う!)
目の前の少女は少し悲しげな表情を浮かべた後、こちらを背に体重を展望台のその先の
「ちょっ……マジかよっ!」
走馬灯が駆け巡るように少女はゆっくりと倒れていく。
大切な1つの命が目の前で散っていくのを見過ごすほど冷たい性格は持ち合わせてなく、助けた後の責任なんて考えている暇はなかった。
手に持っていた袋をかなぐり捨て、少女に向かって手を伸ばす。
(頼む……間に合ってくれ……!)
後先
しかし、少女は自分の右手に吊らされている状態であり、危機を脱してはいない。
(なんとか間に合った……けど……)
「君! そこの段差、掴める!?」
一先ず、右手に全ての負担がかかっている状況を回避しようと少女にお願いをする。
「……い……に……のよ」
都市部からの風が山にあたるせいなのか、風の音に消されて少女の声がはっきりと耳に届かない。
「ごめん、よく聞こえない!」
ゆっくり対応している暇もなく、素直に思っていることを少女に届くよう大きな声で伝えた。
「わたし、高い所苦手なのよ!」
「じゃあなんでこんなところで飛び降りたんだ!」
「う、うっさいわね! あなたには関係ないでしょう!」
少女が叫ぶとその反動で手が滑り、ずるずると
「本当に落ちるぞ! いいから掴め!」
綺麗な星空の下、少女の背後に迫る夜によって染められた森は風に揺られて大きな声を上げた。
鼻の先くらいにある景色はビル10階くらいの落差があるようにみえる。
「む、むり!」
音につられて足元を見た少女は心底怯えたように首を振り、自分には無理だとアピールした。
「頑張れ! あと少しだぞ!」
そう励ますが少女は黙り込んでしまう。
「……」
沈黙の間、全神経が目の前の少女に集中する。
そのおかげか耳には少女の息遣いまで聞こえ、まるで時が止まったかのような錯覚をもたらした。
「……わかったわ」
そうして永遠にも感じる時の中、少女はようやく覚悟を決めたらしく、ぷるぷると手を震わせながらも段差を
「よし、いいぞ! 今引き上げるからな!」
そう言って少女の右手首を掴み、一気に持ち上げる。
ずるずると崖端に引きずられる痛みで少女が顔を
苦しんでいることに申し訳無さを感じつつも、しかし勢いを緩めることはしない。
「ふんぬっ……!」
静止状態から持ち上げる瞬間には力を使ったものの、もともと少女が想像よりもさらに軽かったため、少女を完全に引き上げるまで時間はかからなかった。
「はあ……はあ……」
少女を引き上げたと同時に疲れがどっと一気に襲ってきたため、足に力が入らず地面に倒れる。
隣を見ると、同じく息も
「間に合った……」
少女が無事なことを確認し、大の字になって上を見ていると、そこには
「写真、撮れなかったなあ……」
ポケットから取り出したスマホには0時と表示されていた。
ピークの時間やこの状況を考えて、今から望遠鏡などを準備するのは厳しいだろう。
少女を助けられた
いつの間にか風も止み、長い間呼吸音だけが響いた。
突然
少女に続いて
はて何をするんだろうかと不思議に思っていると、少女は
「ねえ、なんで私を助けたの?」
突き刺さる冷たい視線。
現実離れした少女の風貌も相まって、まるで
自殺を
「なんでって……」
普段は
「……あなたも私を否定するの?」
そんな言葉を口にした少女の目は冷えきったというよりかは、全てを諦めたような色の見えない目をしていた。
「否定って……?」
突如投げかけられた『否定』という言葉に困惑する。
加えて少女は、あなた『も』と言った。
少なくとも少女に何かがあったことは明白だが、それがいったい何なのかは
「……もう『正しさ』が何なのか分からないわ……」
ぽつりと、追い詰められた表情で少女が
人には踏み込んでいい話と踏み込んではいけない話が存在する。
事の重大さで言えば、少女の事情は、たった今顔を合わせた程度の自分がおいそれと関わっていい話ではない。
とはいえ、『助かって良かったね。じゃ、俺はこれで』とこの場を離れるのが良い手ではないことも分かっている。それに本能が言っているような気がするのだ。
『この少女を絶対に離してはいけない』と。
少女の事情に深く踏み込まないようにと悩んだ
「……もし、もし君が良ければなんだけど、一先ず俺の家に来ないか?」
そう言うや否や、少女は顔を上げて口を開けながらぽかんと固まった。
そんな少女を見てふと思い返してみると、今の発言がいかに言葉足らずだったかを悟る。
「いや、えっと、そういう意味じゃなくて……いやでも、その通りなんだけど……」
これが危機的状況になければ、突然ナンパしてすぐ家に連れ込むヤバいやつだと思われることだろう。
そんな悪い印象を回避するために頭の中で整理された考えを順序立てて話そうと試みる。
「……君、ご両親は?」
そう聞くと少女は心底嫌そうな顔をして答えた。
「一応いるけど、あんなの親だともう思っていないわ」
自殺しようと思うくらい追い詰められているならば身内が関わっているかもしれないとは考えたが、やはりこの話題はどうやら地雷らしい。
ただ、この調子だと祖父母や友人宅も期待できそうにない。
そうでなければ自殺せずに他のところへ逃げ込んでいただろう。
「帰るつもりも……」
「ないわ」
大方想像通りだといえ、ここまで強く言い切るとはやはり自分では想像できない『何か』があったのだろう。
良くも悪くも予想通りの少女の返答を頭の中で整理しつつ改めて少女に提案をする。
「だからもし良ければなんだけど、一度落ち着いて考えるために俺の家に来ないかと提案したい。本当に嫌なら近くの公園でもいいけど」
他意はないと証明するため少女の逃げ道も最後に付け加える。
すると少女は
「……まあ、いいわ。でも変なことはしないでよね。もししたら今度こそ死ぬわよ?」
「しないってば」
手を振って強く意思表示をする。
渋々納得した様子を見せながら少女は立ち上がり、服についたほこりを払った。
「あなた、名前は?」
「
望遠鏡の入った袋を回収して立ち上がりながら自分の名前を少女に伝える。
「……
呟くように言って会話が切り上げられる。
「えっと、いい名前だね」
「あの人たちからもらった名前なんて褒められても嬉しくないわ」
水瀬と名乗った少女は、そっぽを向きながら予め用意された答えのように
こういう時にはこのように上手く返せばいいと頭が回るほど人生経験は積んでいない。
しかし、今にも消えそうである
「呼び方は……」
「水瀬でいいわ」
「……水瀬さんで」
先ほどの出来事もあり、気安く水瀬と呼ぶことはできなかった。
すると水瀬さんは覚悟を決めたようにこちらを振り向き、ずいっと顔を近づけてこう言った。
「……1つ契約。今夜はあなたの家にお邪魔させてもらう。その代わり明日の1食、いや2食分私がご飯を作る。それでこの件の貸し借りは無し。何事もなかったかのように忘れるの。いい?」
人差し指を立て、はっきり確認するように迫る。
突如出てきた『契約』という言葉に
「了解。それで貸し借り無しだね」
水瀬さんの性格的に借りは作りたくないのか『契約』として話が進んだが、自分としても特に問題はなく、むしろご飯を作ってくれるなら有難いので断る理由もなく承諾した。
「よし、それじゃあ遅くなったけどまずは家に向かおうか」
――今後沢山の契約を水瀬さんと交わすことになるのだが、初めて交わしたこの契約は今でも印象に残っている――
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