白玉タワーパフェ 雅
しばらくして里奈と玖磨は新天地に旅立って行った。
彼女が辞めたせいで少しばかり事務仕事は忙しくなった。
鬼頭がある程度は手伝ってはいるが、
彼女も他の仕事があった。
「やっぱり誰か入れないとだめかなあ。」
出先から帰る途中の車中で豆太郎は呟いた。
そしてふと信号待ちで近くのファミレスを見た。
その瞬間、ずしりとした感触を感じると、
「豆ちゃん。」
聞きなれた声だ。
助手席を見ると千角がいた。
そして信号が変わるが豆太郎は普通に車を発進させた。
「おや、今回は豆太郎君は驚かないんだな。」
バックミラー越しに一角がにやにやと笑う。
「当たり前だろ、一体何回目だと思っているんだ。
それにいつも出て来るのが車だろ、芸がないぞ。」
よく見ると鬼達はシートベルトをしていた。
「なんだお前ら、ちゃんとシートベルトしてるのか。」
「そうだよ、つけないとだめなんだろ?
俺ちょっと勉強したんだ。免許を取ろうと思って。」
「豆太郎君、ファミレスに行ってよ。
夢かわフェアをやっているんだよね。」
豆太郎はファミレスの駐車場に車を入れた。
「いや、夢かわフェアはとうに終わった。
お前ら一体どれぐらい来なかったか分かってるか?」
鬼はえっと言う顔をする。
「一週間ぐらい?かな。」
「四ヶ月だよ。」
一角と千角は驚いた顔をする。
多分彼等と人との時間の感覚は違うのだろう。
「そうか、それは失礼した。それでもパフェは食べるよね。」
「う、まあ、夢かわは食べられなかったからな。」
「やっぱり豆ちゃん、俺達と一緒に食べたかったんだろ?」
「うるせえ。」
などと悪態をつきつつも皆は店に入った。
「今回は和風フェアか。
白玉タワーパフェ雅にしよう。それ三つね。」
果物とパステルカラーの小さな白玉が沢山飾られたパフェだ。
中にはこしあんと抹茶が入っている。
「今日は俺が二人に奢るよ。失恋記念に。」
千角がそう言うと豆太郎と一角が顔を合わせた。
「失恋って何だよ、俺は誰にも失恋なんてしてないぞ。
一角は分からんけど。」
「豆太郎君が里奈ちゃんに失恋したのは分かるけど、
僕も失恋なんてしてないぞ。」
「俺も里奈さんに失恋なんてしてない、
それに里奈さんは結婚したし。」
一角と千角が驚いた顔をした。
「里奈ちゃんが結婚したの?」
「ああ、玖磨さんと結婚して引っ越したよ。
玖磨さんが転勤するからついて行ったんだ。
「ええっ、俺、服の作り方を教わろうと思ったのに。」
千角が頭を抱えた。
「引っ越したのはおとといの話だよ。
もう少し早く来れば良かったのに。」
千角が豆太郎を睨んだ。
「ラインで教えてくれよ。気が利かねぇな。」
「すまん、俺も迷ったんだけど……。」
豆太郎の心中は複雑だった。
本来は人と鬼は慣れ親しんではいけないのだ。
世界が違う。
先程の時間の感覚の違いもそうだ。
「そうだな、本当はお前達に知らせるべきだったんだな。
悪かった、許してくれ。」
豆太郎は素直に頭を下げた。
一角と千角はそれを見てため息をついて少し笑った。
その時だ、スイーツがテーブルに置かれる。
「ひゃー美味しそう。」
実に甘ったるい景色だ。
「……豆太郎君はそう言う所があるから
仕方ないと思っちゃうな。」
「そうだな、仕方ないな。」
二人はそう言ってパフェを食べだした。
それを見て豆太郎もほっとして食べ始めた。
「それにミシンを買ってもらわないと。」
「そうだね、僕は水出しサイフォンだ。15万円位だったかな。」
「だな、ミシンは5万円位のが良いって里奈ちゃんが言ってた。
アイロンもそこそこ重くないとダメだって。
糸と針と、裁縫道具もだな。」
豆太郎の動きが止まる。
「その、一角さん、千角さん。」
「「はい、なんでしょうか。」」
満面の笑みの二人が同時に返事をする。
その眼の光を見て絶対に逃げられないのを豆太郎は悟った。
「豆ちゃんのお休みはいつよ。」
千角が聞く。
その横で一角はにやにやと笑っていた。
豆太郎にはもうパフェの味はしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます