成就  2





「豆太郎さんが教えてくれた喫茶店ってここよね。」


里奈と玖磨くまが手をつなぎ、前はえらんてぃすだった店の前に来た。


「そうだな、名前もゴシック卿だし。」

「ゴシック卿……。」


二人は目を合わせてニヤリとした。

そして扉を開く。

そこには中世の城の様な内装になっていた。


「いらっしゃいませ。」


カウンターの奥に長髪の派手なラッフルの付いたシャツを着た男が言った。

そこのマスターの様だ。

店内は少しばかりざわざわとしていて客は多く、

忙しそうにゴスロリ服を着たウェイトレスが

注文品をテーブルに届けていた。


玖磨と里奈が中に入るとマスターと目が合った。

そして彼の目が丸くなる。


「いらっしゃいませ、お二人ですか?」


頭に角の付いたカチューシャを付けたウェイトレスが

二人に近寄って来た。


「カウンターでもよろしいでしょうか。」


店内のテーブルは客でいっぱいだった。


「いいですよ。」

「こちらへどうぞ。」


二人はカウンター席に座ると

目の前には貴族的な格好をした男がいる。

ここのマスターの山田正一だ。

彼は二人を見てニヤリと笑った。


「驚いたな、ウシワカーヌとベン・ケインだ。」

「こんにちは、血まみれゴシック卿。

生きておられたのですね。元気そうで何よりです。」

「ああ、九死に一生を得た。

まあここではブラッディ正一と名乗っているけどね。」


三人は顔を合わせて笑い出した。


この喫茶店はいわゆるコンセプトカフェだった。

だが出すものはコーヒーだけだ。

味でも勝負している純喫茶だ。


室内は中世の城をイメージしている。

コスプレもオッケーなので客もそれに合わせた衣装の者が多い。

この喫茶店はテレビなどでも紹介されて少しばかり有名になっていた。


「中世の城をイメージしているからそんな感じの人が多いけど、

5じょう隊で来た人は初めてだ。みんな知らないんだよな。」


正一が嬉しそうに笑った。


「そうですよね、本当に少なくて。

私も5じょう隊の事を知っている人はこの人が初めてだったの。」


と里奈が玖磨を見た。


「まさにベン・ケインだな。格好良いな。服も作ったの?」

「私が作ったの。マスターの服はご自分で?

凄く綺麗だわ。」

「そうだよ、君の服も丁寧に作ってあるね。」


玖磨がにこにこしながら服の話をしている二人を見た。


「マスター、注文です、コーヒー2つ。」

「はい、千角、これを持って行って。」


と正一が先に注文を受けていたコーヒーを出した。


「千角?」


玖磨が呟いた。


「ああ、ウェイトレスは一角と千角と言うんだよ。

まあニックネームだけどね。」


玖磨と里奈が驚いたように顔を合わせた。


「あの、私の隣の部屋に住んでいる人が一角と千角と言う名前なんです。」

「えっ!」


正一が驚く。


「いやあ、この子たちがバイト募集に来た時に

双子だったから変わった名前にしたくて考えたんだけど、

よくある名前なのかな。」


里奈がしばらくあっけにとられた顔をしていたが

しばらくすると笑い出した。


「なんかすごいわ。こんな偶然があるのね。

ここに来るのが決まっていたみたい。」


玖磨が里奈を見た。


「さっきこの辺りを散歩して来たんだが、

懐かしい感じがしたんだよな。」

「そうね、なんだか切ない感じもしたわ。」

「この辺りは昔遊郭だったんだよ。古い家並みもまだ残っているし。

だからだよ。」


正一が少しばかり悲しげな顔になる。


「でもそういう古い町並みもこれからは消えるよ。

私は昔遊郭跡近くの店で働いていたんだが、

あの辺りは古い空き家が多かったが壊される事が決まったんだよ。」

「そうなの、時代の流れだけど仕方ないわね。」


正一が店の中を見渡した。


「ここは古い店だけど残したいと思っているんだ。

人から受け継いだ店だから。

古いものも残さないとね。」


正一が里奈と玖磨にコーヒーを出す。

里奈には白い生地に緑の葉の模様があるカップで、

玖磨は黒くつややかなカップだ。


「前のママがお客さんのイメージでカップを選んでいたんだよ。

私もそれを継ごうと思ってね。」

「ありがとう、マスター。」


二人はコーヒーを飲む。

お客は出たり入ったりでかなりの繁盛だ。

正一も忙しくコーヒーを淹れている。


「ここに来てよかったわね。」


里奈が玖磨に言う。

それをマスターが聞いたのかにこりと笑った。


「ありがとう、今は忙しいけどまた来て欲しいな。

5じょう隊の事を色々と話したいよ。」

「……あの、」


玖磨が少しばかり困った顔をした。


「実は俺達もうすぐ引っ越しするんです。俺が転勤するので。」

「ああ、そうなのか、残念だな。でもまた来て欲しいな。」

「ぜひ来ます。」

「ところで今更なんだが、」


正一が二人を見た。


「立ち入るようだが君達は夫婦なの?」

「あ、その、これから結婚するんです。」


正一がにやりと笑った。


「こっちのウシワカーヌとベン・ケインは恋愛を成就したんだ。

良かったな。」

「まさかゴシック卿に祝福されるなんて思わなかったわ。」

「そうだな。」


ウェイトレスの一角が来て注文をする。

正一がそれを聞き、コーヒーを淹れる準備を始めた。

その手際は流れるようにスムーズだ。


里奈と玖磨がそれを見る。

ゴシック卿は悪役だったが洗練された男だった。

悪でありながら美しかった。


その衣装を真似ている正一の動きもとても端正だ。

そして彼が入れるコーヒーも絶品だった。









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