成就  1




すっかりサイコロの騒ぎも収まった頃だ。


事務所で里奈が豆太郎にお茶を淹れて持って来た。


「あの、柊さん、今日の昼休みにお話があるんですけど。」

「え、ああ、良いけどどうしたの。」

玖磨くまさんも来て一緒にお話します。」


豆太郎は少しドキリとした。

何となく予感がする。

だが、既に彼女に対して特別な感情は無い。


最近は里奈もすっかり落ちついていた。

玖磨も髭を剃ってさっぱりとした感じになり、人当たりも良くなっていた。

多分二人に関しての大事な話だろうと豆太郎は思った。


案の定、一寸法師の食堂で食事をとりながら聞くと、


「里奈と俺は結婚する事になりました。」


玖磨が頭を下げる。


「だろうと思ったよ。でも急じゃないか。」

「実は本社への転勤が決まったんです。」

「それで私も着いて行きたくて結婚しようと言う話になって……。」


里奈が申し訳なさそうな顔になる。


「ここに勤め出して一年も経っていないのに

辞めてしまうのは無責任で申し訳ないと思います。

でも……。」

「でも玖磨さんと離れたくないんです、だろ?」


里奈の顔が赤くなる、

だがはっきりと言った。


「そうです。離れたくないんです。」


隣の玖磨も赤い顔になる。

豆太郎が少し笑った。


「そんな顔をされたらだめだなんて言えないだろ?

それにそんな事を言う権利なんて俺にはないし。

こちらは気にするなよ、おめでたい話なんだから。」


周りにはハウスの年寄が何人かいた。

皆も話を聞いていたのだろう。

拍手が起きる。

玖磨が頭を掻き、里奈は少しばかり涙ぐんだ。


「正直言うと里奈さんがいなくなると困るんだけど。

仕方ないな。」


近くで食事をしていた鬼頭が声をかける。


「私がやるよ。里奈を紹介した責任もあるし。」

「いや、別に責任とか全然良いけど、

鬼頭さんは結婚の話は知っていたの?」

「私は昨日の夜聞いたんだよ。

ちょっと前に里奈の親にもあいさつに行ったらしいよ。」

「玖磨さん、お嬢さんを僕に下さいってやったの?」


すると里奈がくすくす笑い出した。


泰人やすひとさんが部屋に入ったら体が大きいから

父が驚いちゃって。」

「そう言えば里奈の父さんは嫁に行く時は、

相手の男を一発殴ると親戚の集まりで言ってたよね。」


鬼頭が言う。


「そうなの。でもそんな事は出来なくて全然もめなかったわ。」

「俺は何も言ってないのに娘をお願いしますと言われちゃって。」


豆太郎が笑い出した。


「じゃあ何にも問題なく結婚出来るな。」


豆太郎が玖磨に手を差し出した。


「おめでとう。里奈さんと玖磨さんを見ていて

運命と言うものはあるんだなと思ったよ。」

「ありがとう、柊さん。

向こうに行ってしまうがこれからもよろしく頼む。」


玖磨もその手を強く握り返した。




その日、帰りかけた里奈に豆太郎が声をかけた。


「この話、一角と千角も知ってるの?」

「それが二人ともしばらく留守にしているんです。

おばさんに家の管理をよろしくと連絡は来たんですけど。」


もしかすると鬼界きかいに行っているのかもと豆太郎は思った。


「まああいつらは気まぐれだからな。

そのうち帰って来るんじゃないか。」

「あの人達、ホストだと言っていたけど、本当に仕事してるのかしら。」


豆太郎は苦笑いをする。


「もしかするとそれは嘘で働かなくても生活が出来る

どこかの御曹司かもしれないぞ。

庶民の生活を知るみたいな。」


里奈がはっとした顔をする。


「……もしかするとそうかも。」

「冗談だよ。」


豆太郎が笑った。


「そうだ、里奈さん、千角から聞いたけどコスプレが趣味なんだって?」

「え、ええ。」

「一度この喫茶店に行ってみてよ。コーヒーを出すだけの純喫茶だよ。

でもコスプレオッケーらしい。

マスターの趣味がコスプレだって。」


豆太郎が名前と住所の書かれたメモを渡す。

里奈がそれを見て顔を上げた。


「純喫茶ゴシック卿……、これって。」

「開店したばかりの店だよ。

俺は前のママと知り合いだったから知ったんだけど、

俺は見てないけど特撮のなんかに関係しているんだろ?

千角が里奈さんからブルーレイを借りて見たって話していたから。

血まみれゴシック卿とか。

そのマスターはブラッディ正一って言うんだよ。」








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