「それで豆太郎に色々と買ってもらうのか。」


サイコロが一つになった後、

梅蕙ばいけい鬼界きかいに戻って来た一角と千角から話を聞いていた。


「うん、豆ちゃんだから約束は絶対にたがえないからな。」

「ミシンはいくら位するんだ。」

「5万円ぐらいかな。高いミシンは重いんだけど安いミシンは軽いんだって。

軽いと厚手の物を縫うと反動で動いちゃうから

里奈ちゃんが使いにくいと言うんだよ。

だから良いものを豆ちゃんに買ってもらうのぅ~~。」


千角が甘えるように体をくねくねと動かした。


「一角はサイフォンか。」

「水出しサイフォンを買ってもらおうかなと思って。

結構高いけど真面目な豆太郎君はかなりの貯金があるはずだから、

全然大丈夫だと思うよ。」


梅蕙が笑い出した。


「まったく豆太郎も災難だな。

まあ鬼と関わった時点で物凄い災難だがな。

ところでサイコロはどうした。」


一角がサイコロを取りだし梅蕙がそれを受け取り調べた。

しばらく彼女はそれを見ていたが驚いた顔になった。


「こりゃびっくりだ。

神具だ、神にささげるレベルの道具だぞ。」

「えっ、神?」


一角と千角は声を上げた。


「元々サイコロはそれ一つで世界だ。

だが雄と雌に分かれておる。

だがそれが一緒になったらどうなる?完璧な世界だ。

豆太郎が願った事でこのサイコロの格が上がったんだよ。

神の道具だ。」

「じゃあばあちゃん、それを振ったら絶対に願いは叶うのか?」

「いや、人や鬼が使う道具じゃない。神が使うものだ。

もっと大きな物事を決める道具だぞ。

大切に扱わないとどんな目が出るか分からん。ある意味危険だ。」


梅蕙はそっとサイコロを箱に戻した。


「これは人も鬼でも手に余る道具だ。

あたしが然るべきところに納めて来る。

神は案外と無精者だからな。

面倒くさいと思えばサイコロでも振って

偶然に任せて決める事もあるかもしれんし。」

「無精って神様にそんな事言って良いの?おばあちゃん。」

「あたしは鬼だよ、悪い事を言うのが仕事さ。」


二人はがっくりと肩を落とした。


「ああ、働き損かよ。」

「分からんぞ、もしかするとお前達の働きを知って

なにかしらするかもしれん。神は気まぐれだからな。」


と梅蕙が笑った。


「ところで八名爺はどこに行ったの。それに正ちゃんは?」

「正ちゃんは正一か。八名爺が連れて来た人間だな。」

「そう、八名爺は食べちゃったの?」

「いや、喰ってないよ。なんかこの縁側で説教してたよ。

正一は庭でずっと正座をしていたな。

虐められた事は知ってるが、

お前も相手を知識がないからとバカにして態度が悪かった、

そこは反省しなきゃならんとか言っていたな。」

「説教してたの?」

「そうだよ、そして正一が死にかけてふらふらになった時に、

額をつついて記憶を喰っちまった。」

「正ちゃん自体は喰わなかったんだ。」


一角と千角は驚いた。

八名爺は正一を食べてしまうと思っていたからだ。


「その後現世に置いて来たらしいよ。喫茶店の前にと言ってたな。」

「それで八名爺は?」


梅蕙がため息をついた。


「その後、ふっとここを出て行ってそれきりさ。

獄卒になるのかと思ったけどそこにも行ってない。」


梅蕙は八名爺の姿を思い出す。


彼はここに戻ってからいつも縁側に座り物思いに耽っていた。

何を考えていたのかは梅蕙には分からない。

だがサイコロが額にあった100年余りは

鬼の彼にとっては思いも寄らない生活だったのだろう。


「人と慣れ過ぎたのかもな。」


梅蕙は呟いた。

もしかすると八名爺は既に土に還っているかもしれないと彼女は思った。

鬼界では物は腐らない。

鬼の体も腐らない、砂の様にさらさらと溶けていく。


だから八名爺がいなくなったのなら何も残らないのだ。

全てはうたかたに代わる。

鬼もいずれ人と同じようにこの世から消える時は来るのだ。


「ところでおばあちゃん。」


一角が梅蕙を見た。


「そのTシャツって八名爺がここに来た時に着ていたものだよね。」


彼女が着ているのはヒョウ柄模様のものだ。


「ああ、そうだよ、八名爺が着れなくなったからあたしが着てる。」


一角が残念そうな顔になった。


「なんだい、あたしが着ちゃいけなかったのか。

ヒョウ柄で女物だろ。着たかったのかい?」

「いやいや、ばあちゃん、」


千角が苦笑いをして一角を見た。


「その服は一角が懸想している喫茶店のママの服なんだよ。

一角はそれが欲しかったんだよな。」

「あれ、それは悪かったね、脱いで渡すよ。」

「い、いや良いよ、もう。」


梅蕙がTシャツを脱ぎかけて動きが止まる。


「懸想?どういう事だい。」


だが一角と千角はもうそこにはいなかった。

一角が千角の服を引っ張り外に出ていた。




梅蕙の家を後にし、

一角と千角は現世につながる道を歩いていた。

空がうっすらと永遠の獄色から水色に染まる。


「喫茶店って多分えらんてぃすだよな。」

「僕もそう思う。落ち着いたら一度行ってみるか。

正一君に記憶がないなら僕達の事も分からないだろうし。」

「……八名爺って死んだのかな?」


千角が呟くように言った。


「多分な。」


一角が空を見た。


「あーあー、聞き損ねたな。」

「何を?」

「ばあちゃんとじいちゃんの事さ。

教えてやるよと言いながらそれっきりだったし。

俺、色々と聞きたかったな。」

「そうだな、聞き忘れたな。」

「それに……、」


千角がポケットから古ぼけた煙管を出した。


「八名爺に煙管を返せなかった。」

「……そうだな。」


二人はしばらく道を歩く。

そしてふっと姿が消えた。








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