再会





鬼頭アパートに着くと豆太郎がすぐに服を脱ぎだした。


「なんだよ、豆ちゃん、

俺達に裸を見せてもなんもならんぞ。」

「違うよ。」


彼が服を脱ぐと腹には晒が巻いてあった。

そして一部が少し膨らんでいる。


「サイコロをここに入れて来たんだよ。

すぐに取られないように晒で巻いた。」

「まるで出入りに向かうみたいだな。

それに豆太郎君、晒ってかなり時代かかってるな。」


と一角が手を伸ばしかけた。


「触るなよ、金剛じいちゃんに借りた呪詛付きの晒だ。

下手に触ると手がびりびりするぞ。」

「おおこわ……。」


豆太郎が晒を取るとサイコロの箱が現れた。


「物凄く興奮しているのか雌サイコロが熱くて熱くてたまらん。」


豆太郎は滝のように汗をかいていた。


「ここまで俺がずっと持っていて、

簡単にお前らに取り上げられたら面白くないからな。

お前らさんざん俺をおもちゃにしていただろう。」


鬼がにやにやと笑う。


「それにサイコロを振ると願い事が叶うんだろ。

俺が一番に振るぞ。

その権利はあるだろう?」

「豆太郎君、ちゃんと覚えていたんだね。偉いな。」

「うるせー、振らせろよ。」

「分かった、分かった。」


豆太郎がサイコロの箱をテーブルに置いてふたを開けた。

中にはうっすらと色の付いたサイコロがある。

そして千角が雄サイコロをそっとその横に置いた。


「おっ……。」


両方のサイコロが静かに色を変える。

どす黒く醜い色をした雄サイコロがじわじわと白くなり、

雌サイコロも透明から白に染まっていく。


皆が見ているうちに二つのサイコロは象牙の様な

柔らかな白い色に変わっていった。


「数字の部分は一だけ赤くてあとは黒だな。

普通のサイコロと一緒だ。」


豆太郎が呟く。


二つのサイコロは全く同じ形だ。

だが数字の配置が違う。

この世でたった一つのつがいだ。

別れてはいけないものなのだ。


「んじゃ、願い事をサイコロ様にしようかな。

お前ら考えてある?」


両手をこすり合わせて千角がにやにやしながら言った。


「うん、あるよ、いくつかあるけどどれにしようかな。

一人一生に一度だけなんだよね。

まあサイコロだから博打みたいなものだけど

なるべく叶いそうなものの方が良いよね。

豆太郎君も考えてあるんだろ?」

「あるよ。

じゃあ約束通り俺から振るぞ。」


豆太郎がサイコロを手に取ると鬼は神妙な面持ちでそれを見つめた。

豆太郎は両手にサイコロを包み、

しばらくその感触を確かめてから言った。


「お前達サイコロがもう二度と別れ別れにならないように。」


彼はテーブルの上にサイコロをそっと放った。

サイコロは固い音を立てて転がる。


そして出た目は両方とも『一』だった。


「ゾロ目じゃんか。」


千角が呟く。

するとサイコロがじわじわと動き出して

二つはぴったりとくっついた。

そしてゆっくりと溶けるように一緒になり、

一回り大きなサイコロになった。


「えっ、何が起きたんだ?」


一角が慌ててサイコロをつまむ。


サイコロは先ほどの象牙の様な白から、

内側から光が溢れて来るような神々しい白に代わり、

数字の部分は全て金色になっていた。


「変わったけど願い事は出来るのか?

俺、振ってみるよ。

えらのママが一角にコーヒーの秘密を教えてくれるように。」


千角が慌ててサイコロを振る。

サイコロは転がりとりあえず数字は出たが、

皆はしんとしてそれを見た。


「……と言うか二つないとそれが叶うかどうか

全然分からないじゃんか。」


千角が頭を抱えて言った。


「豆太郎君、君はこうなると分かってあの願い事をしたのか。」


一角が豆太郎を見る。

だが彼は焦った顔をして慌てて手を振った。


「いや、そんな、こんな事になるなんて思いも寄らなかったんだよ。

俺はただサイコロが可哀想で、

好きな相手とずっと一緒にいられたら良いと思って……。」


豆太郎がテーブルに額を付けて頭を下げた。


「すまん、本当にすまん!!」


しばらく皆は何も言わなかった。


だが千角が思わず吹き出した。

驚いたように豆太郎が顔をあげる。

そして一角も笑い出した。


「まあ、豆ちゃんに一番最初に振らせたのがダメだったんだよな。

絶対に良い事しか言わないしな。」

「それに千角の願いを聞いて僕も気が抜けたよ。

僕の事を願ったのか?」


千角が頭をぼりぼり掻く。


「どうしようかと思ったけど

一角のコーヒーは全然美味しくならないから困ってるんだよ。

えらのママから秘密を知りたいだろ?」

「ところで一角は何を願うつもりだったんだ。」


豆太郎が聞いた。


「最初はコーヒーの事を考えていたけど、

ママから少し教えてもらったからもう良いかなと思ったんだ。

だから千角にミシンをあげて欲しいと言うつもりだった。

僕は特に何か欲しいと思っていなかったからね。」


豆太郎が笑い出した。


「なんだお前ら、仲良しじゃないか。」


だが鬼はじろりと豆太郎を見た。

その気配に豆太郎の笑いが凍り付く。


「……豆太郎君、この落とし前はどうしてくれるかなあ。

僕達本当に大変だったんだよね。」

「そうだよな、豆ちゃんは持っているだけだったからな。

一番楽だっただろ?」

「……あの、す、すみません……。」


そして千角が何かを思いついたようだ。


「じゃあお詫びに豆ちゃんにミシンを買ってもらおうかな。

他にも色々な道具も含めて。」

「ミシン?さっき一角が言ったけどミシンなんか使うのか。」

「ああ、里奈ちゃんに服を作るのを教えてもらっているんだよ。」

「里奈さん、そんな事が出来るのか。」

「普通の服も作るけどコスプレの服も作ってる。

一度見せてもらえよ、凄いぞ。

それと里奈ちゃんは特撮ファンでさ、5じょう隊っていう番組が

里奈ちゃんと玖磨くまさんの縁結びだよ。

豆ちゃんは子どもの時にそれ見てないの?」

「いや、知らない。」

「豆太郎君も知らないと言うなら本当に人気が無かったんだな。

あの正一君も見ていたみたいだよ。」

「えっ、えらんてぃすに来た貴族みたいな恰好してた男だよな。」

「番組に血まみれゴシック卿って出て来るんだけど、

その恰好がまんまあの正ちゃんだった。」

「マジか……。」


一角が咳払いをして豆太郎を見た。


「それはそれとして、

そうだな、僕は新しいサイフォンが欲しいな。

コーヒー豆も買ってもらおう。」


話を続けてごまかしきれないかと豆太郎は思ったが、

どうも二人は忘れてくれなさそうな気配だ。


「その、お前ら本気なのか…?」


一角と千角はにやにやしながら豆太郎を見た。

その眼はらんらんと光っている。

豆太郎はそれを見て何も言えず小さくなるだけだった。








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