結界  





えらんてぃすを出た途端、

一角と千角は一瞬で結界に飛ばされていた。

以前入り込んだあの結界だ。


「今回は前より結界を強くしたから出られないと思うよ。」


正一が薄笑いをしながら言った。

一角と千角が見上げると天井は見えず、所々窓がある壁が遥か上まで続いていた。

その窓には人の影があり、全て奇妙に動いていた。


「全部魂だ。たくさん集めたんだね。偉いなあ。」


一角が少しばかり馬鹿にするように言った。


「ふざけるな、八名のじじいを連れて行っただろう。

どこに行った。」

鬼界きかいだよ。

もう体も元に戻ったからまたこちらに来るんじゃないかな?」


正一が少し尻ごみをする。


「おや、正ちゃん、八名爺が怖いのか?」

「うるさいな、別に怖くない。俺は力があるからな。」

「強いなあ、正ちゃん。」


くくと千角が笑う。

そして二人の口元に牙が見えた。

額にも二本の角が伸びる。


「俺達の事はもう分かっているし、ここに来た理由も分かるよね?」

「や、八名のじじいを探しに来たんだろ?」

「それはついでだよ。

僕達は君の額にあるそれを貰いに来たんだ。」


正一がはっとして額を押さえた。


「サイコロだろ、それ。」


千角が言った途端、壁の全ての窓が開き

一気に黒い波が鬼の上に振りかかって来た。

凄まじい力が二人に襲い掛かる。

一瞬で鬼の姿が波に飲まれて見えなくなった。


「ざまあみろ、怨念で窒息させてやる。

鬼ども死にやがれ。」


正一が高笑いをした。

だが、蠢いている黒い波はしばらくするとぴたりと動きを止めた。

正一は身構える。

すると波の中から鞭が飛び出し彼の体を縛り、

すぐに金色の金棒が伸びて波を二つに切った。


「やり方が下手だよ、正ちゃん。」


笑いながら二人が黒い波から出て来た。

正一の口がぱっくりと開く。


「この魂は全て花街で生きて死んだ女と、そこに取り憑かれた男だな。

この数にも驚きだが、それだけの恨みがここにあるのも

人のごうの恐ろしさを感じるなあ。」

「そうそう、要するに怨毒おんどくだよ。それって鬼に効くと思う?正ちゃん。

むしろご褒美だよ。」


正一の顔が真っ赤になった。


「黙れ、クソ鬼!

あの八名じじいも鬼だったじゃないか。

あいつは人の世話ばかりして俺にも説教しやがった。

臭い鬼のくせにこうるさい嫌味な奴だ。

あのじじいはこれは魔法のサイコロだと言っていたんだ。

だから盗んでやった。

額から毟ったらすぐ取れたぞ。

これで俺を虐めた奴らに仕返ししてやる。」


一角が黒い波を両手で固めておにぎりの様にぱくりと食べた。


「美味いなあ。人の恨みは本当に美味い。」

「お前ら鬼だろ?どうしてだ、八名のじじいは弱かったぞ。」

「そりゃ、」


千角がバカにしたように言った。


「そのサイコロを額につけていた時の八名爺だろう。

弱弱よわよわよわだよ。

そのサイコロを鬼が身に付けると弱くなって

物凄く良い鬼になっちゃうんだ。」


正一がぽかんとした顔になる。


「山田ブラッディ正一君は本当の鬼は見た事が無いんだな。

宜しい、良いものを見せてあげよう。」


一角が言うと二人の顔には青筋が立ち角が長く伸びた。

目はらんらんと輝く。

背も伸びて体はむくむくと大きくなり、正一を見下ろした。

正一は圧迫感で立っていられなくなり座り込んでしまった。


そして一角と千角が吠える。


耳をつんざくような人には耐えられない叫び声だ。

千角は金棒を振り上げて正一の体のぎりぎりに振り下ろし、

一角は鞭を引いてその体を回してそしてまた巻き込む。


正一は恐ろしさで泣き叫ぶが、

二人はげらげらと笑いながらそれを続けた。


「正ちゃん、お前引きこもりだろう?

外に出るのが怖かったんじゃないか?

だからこの古い家に閉じこもって魂を集めまくったんだな。

頑張ったなあ、偉いよ。」


正一は返事も出来ない。

鬼は彼がコツコツと集めた恨みのこもった魂を食べながら

正一を虐めているのだ。

そしてそれを用意したのは彼だ。


彼は鬼を陥れるつもりが、

楽しいディナーを用意して自らその肴になってしまったのだ。


「ああ、無くなっちゃったよ。」


千角が呟いた。

あれほどあった黒い波は既に無くなっていた。

鬼の食欲はすさまじかった。

そして正一は既に姿形が分からないぐらいボロボロになって倒れていた。


「でも僕達はすぐにその姿を戻せるんだよ。」


と一角が呪を唱えると正一の姿は元の姿になった。

そしてその姿は彼の願望でなく本当の姿だった。


「ご飯は無くなっちゃったけどもう一回やろうか。一角。」

「そうだな、面白いしな。正一君は虐めがいがある。」


正一の顔が引きつった。


「すみません、すみません、ごめんなさい、

許してください、ごめんなさい。」


彼は地面に顔を打ち付けながら土下座をした。

その時だ、その拍子にポロリと額のイボが落ちた。


その途端結界が解けたのか周りは古い和室になり、

古びた畳の上にイボがコロコロと転がった。


気が付いた正一がそれに手を伸ばしたが、

その手を金棒で千角が打ち払いすぐにサイコロを拾った。

正一の顔が痛みで歪み千角を悔しげに見た。


「これが雄サイコロかあ。」


彼の手にはどす黒く変色したサイコロがあった。


「うわー、物凄くイキってるう。」

「凄い色だな。」


千角が手のひらでサイコロを転がせて言った。


「よしよし、すぐに雌に会わせてやるからな。」


するとサイコロの色が少しだけ薄くなった。


「千角、雄には好かれたな。」

「ちぇっ、雄じゃなあ。」


それを見て一角が笑った。

正一はその様子をぽかんと見ていたが、

はっと気が付き逃げ出そうとした。

だがすぐに一角の鞭が彼の足を縛り自由を奪った。


「チクショウ……。」


倒れた正一が呟くと彼は声を上げて泣き出し

丸くうずくまった。


「なあなあ、正ちゃん。」


泣いている正一のそばに千角が来て大股開きでしゃがんだ。


「お前さ、コスプレって知ってるだろ。」


正一の動きが止まりもぞもぞと俯きながら頬を拭った。


「知ってるよ、でもあんなの馬鹿にされて、

今は誰もやってないんじゃないか。」


千角が指を立てて大袈裟に左右に振った。


「ずっと結界に引きこもっていたブラッディ正ちゃんは知らないだろうが、

ずっと続いていて物凄い事になっているんだ。」

「えっ?」

「世界中からコスプレ趣味の人が日本に来る。

それに俺が知っている女の子もコスプレが趣味でさ、

俺も見たけど面白いな。

あの子は毎日服を作ってる。もうコスプレは一般的な趣味だぜ。

お前もその服は自分で作ったんだろ?」

「……、まあ。」

「しかもそれ、コスプレだろ。血まみれゴシック卿ってやつ。」


正一は驚いた様にぱっと顔を上げた。


「どうしてお前が5じょう隊の事を知っているんだ。」

「さっきのコスプレの子がそれのファンで、

ブルーレイを見せてもらった。

その子はウシワカーヌの衣装を作った。」

「ウ、ウシワカーヌ……。」

「彼氏にはベン・ケインの衣装を作ってるよ。」

「彼氏……。」


正一はため息をついた。


「ウシワカーヌとベン・ケインは運命の恋人だ。」


彼は身を起こし腕組みをしてうんうんと一人で頷いた。


「ところで正一君、あのラストはどう思う?」


一角も近寄り彼に話しかけた。


「正直僕はあの作品は凡作だと思う。」


正一は難しい顔をした。


「あれの放送は本当は一年だったんだ。

テレビ局がその方面の王道奪還を狙ったんだが、

全然だめで視聴率が伸びずやむを得ず打ち切りとなった。

セットや衣装など相当凝っていたが、

子ども向けとは言えない感じだったからな。

だから最後は駆け足どころか訳が分からん話になった。」

「ゴシック卿は死んだと思う?城ごと飛ばされてたよな。」


正一は真剣な顔で言う。


「ゴシック卿は死んではいない。

あれをうやむやにしたのは続編を制作側が考えていたからだ。

ウシワカーヌとベンの事もはっきりさせなかったのも、

打ち切りに負けず次に繋げようとした制作側の熱意の現れだ。

あの作品は何と言われようと制作陣は命を懸けていたんだ!」


座り込んだまま正一が熱く語った。

鬼達は何も言えず黙り込んだ。

この熱い気持ちは何となく理解できるが

どう言って良いのか分からなかった。

その気配を感じたのか正一が二人を見た。


「お前たち俺をいじめに来たのかと思ったけど、

そうじゃないのか。鬼なんだろ?」


一角が苦笑いをした。


「そうだよ、鬼だよ。別にさっきの続きをしても良いけど。」


正一がごくりとつばを飲む。


「でも正一君は結界を作って

ここに怨念をたんまりと貯めていたからね、

それは僕達にはとっても美味しい事だったんだよ……。」


一角の目がすうと光る。

正一は千角を見た。

彼の目も細くなり光っている。

薄笑いをしている口元には白い牙が見えた。


「だからどうしようかな、

正ちゃんからは記憶だけもらおうかな。

八名商店に就職してからの。

ずいぶんと虐められて酷かったんだろ?苦しくて辛い記憶だろ?」

「そうだね、正一君はその間の記憶は無くなるけど、

死ぬより良いよね。」


座り込んでいる正一のそばに一角と千角が寄る。

正一は座ったまま後ずさりをした。


「遊女たちの魂も美味しかったよ。

正一君、ありがとう。」


正一がはっとしてまた頭を打ち付けて土下座を始めた。

その額には穴が開いている。


その時だ、部屋に何かしらの気配が湧いて来た。

そして一角と千角の数倍はあるだろうか、大きな鬼が現れた。

鬼の体は部屋いっぱいになりかがんでいた。

鬼は顔を正一の間近に寄せた。

その顔は彼の体ぐらいあるだろうか。額には穴が開いている。


「ひぃっ!!」


正一は恐怖で腰を抜かした。

一角と千角の様子も恐ろしい鬼だったが、

新しく現れた鬼は大きさも姿も彼らより遥かに怖かった。


「八名爺。」


千角が言う。

現れた鬼は八名爺だった。


「や、八名さん……?」


正一がわなわなと震えながら言った。


「正一、よくもサイコロを持って行ったな!!」


つんざくような声で八名爺が怒鳴った。

声の圧力で正一はもう座ってもおられず、

ひっくり返って動けなかった。


「一角、千角、こいつを連れて行っていいか。」


八名爺は正一をつかむと振り向いて言った。


「まあ、良いけどどうしてここが分かったの?」

「ここは昔わしの店だったからな。」

「ああ、そうか。」


正一は白目をむき泡を吹いて気絶していた。


「八名爺、正一君を喰うの?」


八名爺はつかんだ正一を見た。


「うーん、どうするかな、喰っちまえば良いと言う話でもないしなあ。」

「そうか、じゃあ俺達は人を待たせているから後は八名爺に任すよ。」

「ああ、分かった。」

「後でどうしたか教えてね。」


八名爺は頷くと姿を消した。


「じゃあ僕達も戻るか。必要なものは手に入ったし。」

「そうだな、でも、」


千角が一角を見た。


「八名爺は正ちゃんを喰うと思う?」

「どうだろうな、でも八名爺は人を喰ってるよね。

匂いが違う。」


千角が頷いた。


「ああ、最初から分かってた。喰うとあんな匂いがするんだな。

俺達にとってはどうってことないけど、

豆ちゃん達には嫌なんだろうな。」

「ごまかしても豆太郎君にはあの匂いが分かるんだろうな。」




えらんていすに一時間ほど経った頃、一角と千角は戻って来た。

ママがほっとした顔をする。


「大丈夫かい、一体何があったんだよ。

それにあの男は正ちゃんなのか?」


一角が冷え切った飲み残しのコーヒーを飲んだ。


「その正一君ですが、外に出た途端誰かに連れて行かれてしまいました。

それを追いかけていたんですが、逃げられちゃって……。」

「あんた達一体何者なんだい。警察か?」

「俺達は探偵なんだよ、人に頼まれて行方不明の人を探しているんだ。

だから八名さんも見つけたんだ。」


ママの後ろで豆太郎が難しい顔をしていた。


「探偵……、豆ちゃんに聞いても何も言わないから

どんな仕事かと思ったけど、人探しの探偵……。」

「そ、そうなんですよ、それを言って良いのかどうか分からなかったので、

黙っていてすみません。」


豆太郎が頭を下げた。


「ママ、騒がせて本当にごめんなさい。

でも僕達仕事が出来たのでこれで失礼します。」

「あの……、」

「また来ます。絶対に来ます。」


不安そうな顔のママを一人置いて行くのは心苦しかったが、

三人は店を後にした。


「豆ちゃん、話を合わせてくれてありがとうな。」


帰りの車の中で千角が言った。


「本当の事は言えないだろ。

でもママにごまかしが効くかどうか分からんぞ。

勘の良い人みたいだからな。」

「そうだね。」


一角が窓の外を見ながら呟くように言った。


「でもママは何も言わないと思うよ。」


それはただの推測だ。

だが皆は同じ様に感じていた。


「ま、とりあえずアパートに行こうぜ。

サイコロに感動の再会をさせてやらないとな。」











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