鬼仲間
『豆ちゃん、コーヒー飲みに行かね?』
豆太郎がラインに気が付くとそれは千角からだった。
今日は休日だ。
どうするか迷ったが先日金剛に言われた遊べの一言を思い出した。
今日も約束はない。
ゲームだけをして一日を過ごすのもと思っていた時の連絡だ。
「仕方ない、行くかな。」
豆太郎が返事をするとすぐに返信が来た。
『鬼頭アパートまで車で迎えに来てくれよ。
サイコロとゆかり豆があったら持って来て。』
「なんだよ、あいつら、結局は運転手扱いか。」
と言いつつゆかり豆の大袋を持って豆太郎は出かけた。
「なんだよ、豆ちゃん、一寸法師の車じゃないか。
職権乱用だ。」
迎えに行くと千角が文句を言った。
「仕方ないだろう、俺は自分の車を持っていないんだよ。
文句を言うなら帰るぞ。」
「まあまあ、豆太郎君、そう言わずに。コーヒーを飲みに行こうよ。」
「いつものファミレスか。」
「いや、今日は違う所だ。
えらんてぃすと言う喫茶店だよ。」
先日一角がコーヒーの師匠と言っていた店だと
豆太郎は思い出した。
「ああ、コーヒーが美味しい店と言っていたな。
どこにあるんだ。」
「ここだけど。」
一角がスマホで地図を示す。
「ああ、この辺りなら知ってる。近くに来たら店の場所を教えてくれよ。」
「ああ、頼むよ、豆太郎君。」
「なあなあ、豆ちゃん。」
千角がにやにやしながら豆太郎を見た。
「俺に運転させてくれよ。」
「バカ言うな。」
豆太郎が声をあげた。
「こちらだと免許がないと運転できないんだぞ。
車校に行って免許を取って来い。
でも鬼に免許は出るのか?ああ?」
珍しく豆太郎が反撃をする。
「まあまあ、千角、別の機会にしろよ。
豆太郎君、悪いけどよろしく頼むよ。」
妙に殊勝な二人だ。
何やら怪しい気もするが、今日はサイコロも持って来ている。
それについて何かがあるのだろう。
豆太郎が運転する車はしばらくするとえらんてぃす近くまで走って来た。
「おい、この辺りってなんか変じゃないか?」
豆太郎が周りの景色を見て言った。
一角と千角が目を合わせた。
「やっぱり分かるか、豆ちゃんは。」
「だよな、サイコロと関係あるのか。」
「あるよ、でもその前にコーヒーを飲もうよ。」
しばらくして皆はえらんてぃすに着いた。
「昭和レトロと言う感じだな。」
豆太郎は周りの様子を探った。
先程までは妙な気配があったが、この店の周りはそうでもなかった。
その怪しい雰囲気の原因はまだ分からない。
ただ持って来たサイコロの様子が今までと違っていた。
ざわつくような感触だ。
店内に入るとえらのママがカウンターの中にいた。
いつもの様子だ。
「おや、一角と千角、いらっしゃい。
それと若い兄さん、いらっしゃい。」
彼女がにっこりと笑う。
「ママ、この人は柊豆太郎と言うんだ。僕達の友達。」
「柊か。良い苗字だ。鬼除けだね。
店名のえらんてぃすは節分草の仲間の花だよ。
鬼仲間だね。豆ちゃんと呼んでいいかい?」
豆太郎はにっこりと笑った。
「はい、大丈夫です。
一角と千角からここのコーヒーは美味しいと聞いたんで。」
「ああ、嬉しいね、飲んで行ってよ。」
一角がゆかり豆の大袋をえらのママに渡した。
「これ、豆太郎君が勤めている所でおやつに出しているものだけど、
美味しいから持って来てもらったよ。」
「おや、悪いね、豆ちゃんはどこに勤めてるの。」
「俺はケアハウスです。一寸法師と言う所。」
「ああ、聞いた事があるね、少し遠い所だけど。」
他愛もない話だ。
しゃべりながらいつものようにママがコーヒーを淹れる。
いい香りが漂って来た。
「一角の言う通りだな。」
豆太郎が千角に言った。
「だろ、一角が敬愛する師匠なんだよ。」
ママがそれを聞きながら笑った。
「ごますったってコーヒーの秘密は教えないよ。
自分で研究しなきゃ。」
と彼女は一角と千角のいつものカップと、
豆太郎用なのか厚手のぽってりとした明るい灰色のカップを出した。
「ママ、それが豆太郎のイメージなの?」
「ああ、この子はどっしりとした感じだね、
頼りがいのある子だろ。」
豆太郎が顔を赤くして頭を掻いた。
「いや、そんな、照れるな。」
「私はいつもその人のイメージでカップを選ぶんだよ。
一角はクールな深い青色、千角は真っ赤な金。
そして豆ちゃんは明るいけど落ち着いたグレーだ。」
そして彼らはコーヒーを飲んだ。
「美味いな、一角のコーヒーと全然違う。」
「だろ、一角もママから少し教えてもらったら
前よりましになったけど、まだ駄目だな。」
「なんだよ、僕も色々と研究しているんだよ。
結構難しいんだ。」
ママは優しい顔をして皆を見ていた。
「嬉しいねぇ、この店でお客さんがおしゃべりしているのは。」
「ねえ、ママ、お客さんってやっぱり減ったの?」
「まあ常連さんも歳を取ったりで来なくなったけど、
それ以上に街の様子がねぇ。
ちょいとばかり寂しいね。」
「……ママ、こんなこと聞くのは良くないかもしれないけど、」
一角がママを見た。
「ママには身内の人はいるの?」
「あ、ああ、息子が一人いるよ。結婚して別の所に住んでる。」
「一緒には住まないの?」
「まあ元気なうちは別々が良いかなと思ってさ。
こんなわがままばあさんだとお嫁さんもしんどいだろ?」
ママが笑って話題を変えるように言った。
「それより、八名さん、どうなったの?」
「ああ、ちゃんと送り届けたよ。
今ではちゃんと元通りになってる。その時はありがとう、ママ。」
一角が返事をした。
「八名さんって?」
豆太郎が千角に聞いた。
「八名爺と言う俺らの知り合いだよ。行方不明だったんだ。
でもこの前見つけてママにも少しお世話になった。」
その時だ、豆太郎が持っているサイコロの箱が
急に熱くなった。
「うわっ、あちちっ!」
「あっ、コーヒーが熱かったかい?」
ママが慌てて豆太郎に言った。
「違うんです、カイロを入れていて。」
「そうかい、びっくりしたよ。」
豆太郎が千角に囁いた。
「八名さんってサイコロ関係だろう。」
「そうだよ、雄のサイコロの場所も大体分かった。」
一角とママはコーヒーの話をしている。
「ならそろそろ引き取ってくれよ。」
「どうしようかなあ。」
「いい加減にしろよ。」
その時だ。
ママと話していた一角と豆太郎の横にいる千角が
同時に店の入り口を見た。
ふっと人の影が浮く。
千角の様子を見て一瞬遅れて豆太郎が扉の方を向くと、
そこに男が煙のように現れた。
気配を感じたのかママも振り向く。
そして男がいるのに気が付いた。
「あ、い、いらっしゃい。」
ママが少しばかり驚いたように声をかけた。
扉につけていたベルの音は鳴らなかったからだ。
一体どうやって入って来たのだろうか。
えらのママと豆太郎には分からなかった。
だが一角と千角にはこの男に覚えがあった。
「山田正一君か。」
一角がにやりと笑って彼を見た。
正一は大仰なラッフルが付いた黒いシャツを着ていた。
結界で見た髪が長く背の高い怪しげな姿だ。
そして額には大きなイボがあった。
「山田正一?まさか、し、正ちゃんかい!」
ママが驚いて声をあげた。
豆太郎は何も言わず様子を窺った。
そしてサイコロが激しく熱くなる。
彼は隠し持って来たスリングを素早く手に取った。
その正一が極めて
「おや、豆太郎君、用意が良いね。」
「俺の標準装備だ。出かける時はいつも持っている。
ところであいつはなんだ。」
一角と千角がうっすらと笑った。
「豆ちゃん、手を出しちゃだめだよ。」
「どうしてだ。」
「あれは僕達の獲物だからさ。」
正一は仰々しく頭を下げると言った。
「お迎えに上がりました。どうぞこちらに。」
それを聞くと鬼達は立ち上がった。
「豆太郎君、しばらくここで待っていてくれる?
ママ、申し訳ないけど席を外すよ。」
「そ、それは良いけど、一体何が起きたんだい。
それに正ちゃん、あんた……。」
正一はママを見た。
「ご無沙汰をしています。」
「そ、そんな事より、あんた見た目が前と全然違うじゃないか。
それにあんたには失踪届が出てるよ。
かあさんが何度も店に来て正ちゃんの事を聞いてたよ。」
一瞬正一の顔がゆらめき以前見せた本当の顔が現れた。
その変り方は歪んであまりにも気色が悪い。
それを見てママが驚き手で口を押えた。
豆太郎は彼女を守るようにスリングを構えて前に立った。
「鬼じゃないな、人か?下がれ、ママに触るな。」
「かあさん……。」
本当の顔をした正一が呟く。
だが首を振るとすぐに幻の顔に戻った。
一角と千角は怖気もせずに正一の横を通り扉を開いた。
「おい、」
豆太郎が二人に声をかけた。
「喰うなよ、絶対に。」
二人はにやりと笑うと、
豆太郎とママに手を振って三人で出て行った。
それは何の変哲もない仕草だ。
普通過ぎてママは呆然としていた。
「一体なんだったんだい……。」
ママが呟いてカウンターの奥で座り込んでしまった。
豆太郎がそこに回り彼女を支えた。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ、かなりびっくりしたけど、
あれは正ちゃん?顔が……。」
豆太郎は扉を見る。
「俺もよく分かりませんが、
人の様だったが邪悪な気配もした。
名前を呼んでいましたが知り合いですか?」
「ああ、昔八名商店と言う所で働いていた子だよ。
10年ぐらい前に失踪しちゃって。」
「八名商店……。」
豆太郎は鬼からその店の名を聞いていた。
多分あの山田正一と言う人物もサイコロに関わっているのだろう。
「一角と千角が戻るまでここで待たせてもらって良いですか。」
「それは構わないけど……。」
ママが二人の飲みかけのカップを見る。
「一角と千角って……、あの子達は一体何者だい?」
豆太郎は一瞬答えるのを躊躇した。
本当の事を言って良いのか悪いのか。
彼は迷った。
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