因縁





その数日後だ。

リネン会社から新しい担当者が来た。


「まさかと思ったけど、やっぱりそうだったのか。」


今までは行邑いきむらが一寸法師の担当だったが急に変わったのだ。

テーブルに着き新しい担当者と挨拶をして豆太郎は言った。


「そうなんですよ、事故を起こしちゃってしばらく動けない様で。」

「あの人の名前は特徴があるからな。

同乗者にはお宅の会社名と同じ苗字の人もいたけど。」


リネン会社の担当者はため息をつき小声で話した。


「オフレコでお願いしたいんですけど、

実は社長の息子です。全く恥ずかしい話です。」

「えっ、そうなの?」

「コネで入って威張り散らして行邑ともつるんでいたんですよ。

まああいつは使い走り扱いでしたけど。

他の二人は息子の悪い仲間だったようですね。

セクハラも酷くて、上に言っても全然対処してくれなくて困っていたんですが、

さすがに事故を起こしたのでお灸は据えられると思いますよ。」

「事故後の映像を見たけど高速道路の電光掲示板にぶつかっていたよね。」

「そうなんですよ、どうしてぶつかったのか分からないけど、

ぽっきり折れちゃって。車も大破です。

息子がいつも自慢していた外車ですよ。誰に買ってもらったんだか。

でも事故のわりには怪我はそれほどではなかったんですよ。

外車って丈夫で乗っている人間には安全なんでしょうかね。

それに壊した電光掲示板も二つですよ、高いでしょうね。」


よほど鬱憤が溜まっていたのだろう。

彼のおしゃべりはスムーズだった。

それを近くで里奈も聞いている。

行邑には気の毒だが彼女はほっとしていた。


「足を骨折をしたみたいで一月ひとつきは動けないみたいです。

でも正式に担当は私に代わったのでよろしくお願いします。」


彼は頭を下げて帰って行った。


「大変ね。」

「そうだな、人を巻き込んでいないのは良かったが、

標識と車とどれぐらいかかるのかな。

可哀想だが責任は取らないとな。」


だが事故を起こした彼らはその後また別の事件にかかわる事となる。


少しばかり変わった特徴のある車だ。

タイミング的に大きなニュースが無かった事もあり、

テレビなどで何度か報道された。

それを見たかつて被害に遭った女性達が警察に相談に行ったのだ。

彼らの悪行が世間にさらされるのも近いだろう。




「気が付いたら車が宙に浮いていたんだよ。」


一角がにやにやしながら鬼界きかい梅蕙ばいけい達の前で話していた。


「初めて運転したわりには上手に出来たんだけどな。」

「高速道路にまで入るなんてな、怖くなかったのかい?」


梅蕙があきれ顔で言った。

縁側ではすっかり元に戻った八名爺も話を聞いている。


「一度走ってみたかったんだ。

それにETCがついていたから簡単に入れたよ。

後ろで奴らは大騒ぎしてたな。」

「ちぇっ、俺も運転したかったな。

玖磨さんに里奈ちゃんを渡して素直に家に帰っちゃったから。」

「あんな感じの人間は他にもいるだろうから、

見つけたら今度は千角がやったら良いよ。」

「あの行邑いきむらってのも怖がってたか?」

「ああ、凄かったよ、一番騒いでた。」


その時だ、八名爺が一角を見た。


「いきむら、って言ったな。」


千角が彼を見た。


「ああ、行邑って名前の男だよ。むらが昔の字の邑。」

「里奈って子は色の星がごっそりついている子だな。」

「……、なんで八名爺知ってるの?」

「ちょっと前に梅蕙婆さんがあの一寸法師って所に虫を飛ばしたんだ。」

「豆ちゃんの会社か。」


梅蕙が部屋の隅に置いてあった視虫しちゅう覗鬼しききょうを持って来た。


「この虫みたいなものを飛ばすと鏡に景色が映る。

それでお前らがよく話している豆太郎を調べたんだ。」


梅蕙が鏡にふっと手をかざすとその時の景色が鏡に浮かんだ。

それを皆で見る。


「そうそう、この男が行邑だよ。女の子が里奈ちゃん。」


千角が指を差した。


「やっぱりな、この二人をわしは見た事がある。

と言っても多分前世か血縁だ。」

「前世?」

「ああ、この里奈って子は前世は遊女だったよ。

それで縫物がすごく上手かった。

その頃わしはその遊郭の近くで着物関係の仕事をしててな、

縫い直しとかその遊女のヒサって子に頼んだ事がある。」

「いつ頃の話なの?」

「大東亜戦争の時だ。まあ、第二次世界大戦って事だな。

腕が良いからわしの所で働くかと聞いたんだが、

そこのおかみが嫌な女でな、借金を返すまでは駄目だと。

ヒサは結構人気があったし、着物も縫えたから手放したくなかったんだろ。

その店はいきむらと言う名前じゃった。

この行邑は多分その子孫じゃ。」


一角と千角が顔を合わせた。


「この行邑ってのは他の男に女の子をあてがっていたんだよ。

その里奈ちゃんも狙っていたんだ。」

「そういうごうを持っていたんじゃな。」

「でもその辺りの記憶は俺達喰っちゃったから、

もう二度としないと思うけど。」


八名爺が複雑な顔をする。


「その男どもを喰おうとは思わなかったのか?

悪い事を散々した奴だから美味うまいんじゃないか?」


一角が首を傾げる。


「多分そうだろうけど、なんか僕達は人を喰うのにあまり興味が無いんだよ。

宝を探す方が面白いと言うか。」

「それに俺達、」


千角が画面のアップになった豆太郎をつつく。


「こいつと約束してるからな。人を喰うなと言われてる。

こいつ、豆ちゃんは面白い奴なんだよ。」


八名爺は画面の豆太郎を見た。

真っすぐな性格を表しているような顔立ちだ。


昔から稀に人と鬼とが仲良くなる話はある。

だがやはり性質は違う。

いずれは壊れてしまう間柄なのだ。


「友達が人か……。」


八名爺が呟いた。


「ところでさっき玖磨と言う名前が出たが、

このでかい男の事か。」


話題を変えるように梅蕙が言った。


「そうだよ、今里奈ちゃんの彼氏。

初々しいったらありゃしない。」


千角がふざける。


「そう言えば里奈ちゃん、その玖磨さんと付き合うようになったら

雰囲気が変わったんだよ。」

「だろうな、この様子を見ると里奈って子の色の星は

全てこの男に吸い込まれてる。

元々愛想のない男だが里奈と付き合うようになったら変わったんじゃないか。」

「わしはこの男は知らんが、前世で何かしらの関りはあったようじゃ。

お互いに会いたい気持ちがあったんじゃろう。」

「運命の出会いか。」


梅蕙がほっと溜息をつく。


「わしと爺さんの様だな。」

「何言ってるんだ、兆さんがいた時は散々愚痴ってただろ。」

「それでもあたしたちは結ばれてるんだよ。

変な事言うと追い出すぞ。」


一角と千角はにやにや笑いながらそれを見た。

梅蕙が言う。


「ま、里奈の色の星は灯台みたいなものだったんだよ。

私を見つけて、ここにいるわ、とずっと呼んでいたんだ。

あまりにも派手に光るから余計な男も寄って来たんだな。

でも玖磨と言う男がやっと来たんだ。

今ではその男しか照らしておらん。」

「玖磨さんもやっと会えたみたいな感じかな。」

「だろうな。」


梅蕙がにやりと笑った。


「だがな、この玖磨は二度とこの女から離れられんぞ。

大人しそうな女だが狙った獲物は絶対に逃がさないタイプだ。

がっつり肉食系だ。尻に敷かれるな。

まあ、本人達はそれで大満足だろうがな。」


一角が梅蕙をじっと見た。


「おばあちゃん。」

「なんだ。」

「おばあちゃんも肉食系だったの?」


梅蕙が何かを飲み込んだような顔になり、

隣で八名爺が笑い出した。


「兆さんを尻に敷いていたからか。

おい、一角と千角、わしが色々と教えてやるよ。

梅蕙ばあさんと兆さんの事をな。」

「余計な事を言うんじゃないよ!追い出すよ!」


だが一角と千角は八名爺の顔をいかにも興味深げに見た。








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