車内 2
「まさかここに里奈ちゃんがいるなんてね。」
「お、降ろしてください、」
やっとの思いで里奈が言ったが男達は薄く笑うだけだ。
「おい、車出せよ。」
と一人の男が運転手に声をかけた。
だが返事がない。
不思議に思って前を覗くと、助手席から誰かが顔を出した。
「里奈ちゃん、ヤッホー。」
「せ、千角さん!」
それは千角だった。
運転手は意識を失ってくったりとしていた。
「お、お前誰だ!」
男達は驚き立ち上がった。
すると里奈のすぐそばにネクタイを締めた男が現れた。
「さすがに早いな。」
一角だ。
里奈が一角を見た。驚きで声も出ない。
「緊急事態みたいだったからね、
慌てて来たけど里奈ちゃんの危機か。」
「お前ら勝手に車に入るな!」
男達はいきり立った。
だが鬼達は涼しい顔をしている。
「へぇ、こうやって女の子を何度も連れ込んだのか。
車の中に怨念が籠ってるね。」
「里奈ちゃん、こいつら知り合い?妙に馴れ馴れしかったけど。」
先程の様子を見ていた千角が聞いた。
「あの、一寸法師にリネンを届けている行邑さん……。」
名前が出た行邑の顔が真っ青になった。
そして逃げるつもりなのか車の扉に手を掛けたが、
鍵もかけていないのに扉は開かなかった。
「お前ら警察か!!」
行邑が叫んだ。
一角と千角がにやりと笑う。
そしてその口元に牙が見えた。
男達はそれを見た。
ゆらゆらと何かの気配が二人から立ち上る。
それを感じたのか男達は動かなくなった。
彼等は動けなくなったのだ。
今までこの男どもが何をしていたのか
一角と千角にはもう分かっていた。
その感情はおぞましい事だが鬼にとっては好ましいものなのだ。
彼らに鬼としての本能がふつふつと湧き上がって来た。
人の背筋が凍る。
男達の心に沸きあがったのは原始的な恐怖だ。
狩られる側としての恐れだ。
多分彼らは初めてその感覚を知っただろう。
今まで彼らが引き起こした出来事が
ここでわが身に降りかかり出したのだ。
里奈は気配に圧迫されたのか既に気を失っていた。
鬼の額に角が浮き上がり薄ら笑いを浮かべながら
二人は男達の額をつついた。
そしてあっという間に彼らは倒れ込んだ。
「おお、かなりの女の子に悪いことしてたね、こいつら。」
千角が舌なめずりをして言った。
彼等の記憶を食べたのだ。
「運転手とこの行邑と言うのは使い走りみたいだな。
会社で虐められたくなくて
言われるまま女の子を誘っていたみたいだ。」
「首謀者は後の二人か。一人づつ記憶をもっと喰っちまおうぜ。」
一角と千角が再びその二人の額をつついた。
「うーーーん、美味いねえ。
相当悪いことしていたなあ、こいつら。」
「運転手と行邑君は大した事なかったよ。薄味だ。」
そして千角が里奈の額も軽くつついた。
「里奈ちゃんもか?」
千角が彼女を見下ろす。
「今のこの出来事だけね。まあ里奈ちゃんの記憶は味気ない。
真面目ちゃんの記憶は全然美味しくないな。
俺は服の作り方を教えてもらわなきゃいけないから、
一角のえらのママみたいないわゆる先生だよ。
だから無事でないと困る。」
「そうか、じゃあ里奈ちゃんは任せたよ。」
「ああ、
「あの大きい人か、デートだったのかな。
じゃあ僕はこれどうしようかな。」
「どこかに捨てて来いよ。車の運転できるか?」
「うーん、やった事無いけどATだからどうにかなるかな。」
千角が里奈を抱えて姿を消した。
一角は運転席に座り眼鏡の奥の目が光るとにやりと笑った。
「エンジンをかければいいんだよな。」
「玖磨さん。」
待ち合わせた時間が過ぎているのに里奈がいなくて
玖磨は心配そうな顔で周りを見渡していた。
ふらつきがちに立つ里奈を千角が抱えて玖磨の後ろから声をかけた。
「あ、アパートの……。」
「里奈ちゃんが貧血を起こしたみたいでさ。」
「里奈、どうした。」
玖磨が近寄り里奈を支えた。
「千角さん、だよな、どうして一緒に。」
「布を買いに出かけたんだよ。
俺、分からないから里奈ちゃんに頼んで来てもらったんだ。
それでこれから約束があると言われて別れたんだけど、
里奈ちゃんが倒れそうになったからさ。」
その時だ、里奈がはっと顔をあげた。
「ああ、
「大丈夫か、里奈。」
「え、ええ、どうしたのかしら、千角さんと別れたのは覚えているけど。」
「里奈ちゃん、倒れちゃったんだよ、ぴっくりしたよ。」
千角が言う。
「そ、そうなんですか。」
「今日はもう帰った方が良いんじゃないか。」
玖磨が心配そうに言う。
「もう大丈夫だろ?顔色も良くなったし。
俺、里奈ちゃんの荷物を持って帰るからさ、
里奈ちゃんは玖磨さんと遊んでおいでよ。帰ったら取りに来て。」
里奈と玖磨が返事をする間もなく千角が姿を消した。
二人はぽかんと立っていた。
「里奈、平気か?」
里奈が玖磨を見上げた。
「ええ、何だかぼんやりするけど。」
「様子がおかしかったら言えよ。」
玖磨がそっと彼女の肩に触れる。
武骨な仕草だ。
だがそれが彼女には嬉しかった。
「ええ、もう何ともないわ。泰人さん行きましょう。時間が無いから。」
「そうだな。」
二人はこれから映画を見に行くのだ。
特撮映画だ。
そっと里奈が玖磨の手に触れる。
彼の大きな手が里奈の手を握った。
優しく。
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