車内  1





「じゃあ里奈ちゃん、今度でいいからミシンを貸してよ。」


千角と里奈が買い物に出かけたその帰りだ。


「ええ、良いわよ、それまでに裁断しておいてね。

型紙も買ったからそれを布の上に置いて外表にして印をつけるのよ。」

「分かった。本の通りにするよ。」


二人は布を買いに一緒に買い物に出たのだ。

千角は彼女のアドバイスを聞きながら布を選んだ。


千角は今日里奈と一緒に初めて大型手芸店に行った。


このような店があるとは今まで千角は知らなかった。

見た事が無いものばかりある。

まるで夢の様な場所だった。


「これから約束があるからごめんね。」


里奈が申し訳なさそうな顔で千角に言った。


「良いよ、こちらも急に誘ったからさ。」


そして千角がにやにやして言う。


「デート?この前の彼氏?」

「あ、その……、」

「里奈ちゃんの荷物もついでに持って帰るよ。

男物の生地ばかりだよな?

あの玖磨くまと言う人に作ってやるんだろ?」


里奈が顔を赤らめた。


そして二人は別れたが千角はそっと里奈の後を付けた。

少しばかり興味があったのだ。

いわゆる好奇心だ。

彼は姿を消して静かについて行く。

それは誰にも分からない。


やがて待ち合わせ場所に来たのだろう。

里奈が立ち止りスマホを見出した。

千角は少し離れた場所から彼女を見る。


だが、その時どこかから妙な気配が漂って来たのを感じた。


それは里奈を見ている。

千角は周りを見渡してその元を探った。


すると近くに窓にスモークが貼ってある

黒い大型のワゴン車があるのを見つけた。

その場所は駐車違反の場所だが運転手は乗っている。

一応すぐに移動は出来る状態だ。


「車内に何人かいるな。」


千角は目を細めた。

明らかによこしまな気配がする。

彼は舌なめずりをしてスマホを取り出した。


「なあ、一角、俺がいる所にすぐ来られる?」


千角が電話し終わるとその車から一人の男が下りて来た。

そして里奈のそばに近寄って行く。

彼女が気が付き顔をあげると少しばかり嫌な顔になった。


「里奈ちゃん、こんちは。」


行邑いきむらだ。


「びっくりしたなあ、通りかかったら里奈ちゃんがいたから。」

「あの、こんにちは。」

「ねぇねぇ、」


行邑が里奈の肩に手を回した。


「これから食事にでも行こうよ、せっかく会ったんだから。」


里奈がすっと移動する。


「いえ、人と約束があるので。」

「誰と?女の子なら一緒に行こうよ。」


里奈は少しむっとした。


「……玖磨さんです。」


彼の名を出せば引いてくれるかもしれないと彼女は思ったが、

その瞬間彼の口元が少し歪んだ。


「へぇー、仲良しなんだ。

付き合っているの?知らなかったなぁ。」


その言い方を聞いて里奈は失敗したと感じた。

彼にとって玖磨は苦手な人間だ。

だがその彼はここにはいない。

今は自分しかいないのだ。

自分が言った言葉は相手の怒りを招いたのだ。


その時行邑が手を少し上げた。

すると車から二人の男がにやにやしながら降りて来た。

里奈はすぐに三人の男に囲まれてしまった。


「話には聞いていたけど可愛いねぇ。」

「やっと会えたね、りーなーちゃん。」


馴れ馴れしく三人は里奈の体に触れる。

里奈の顔は真っ青だ。

声を出したくても恐怖であげられなかった。


里奈は男に囲まれながら静かに車の方向に連れて行かれた。

そしてスライドドアが開き中に連れ込まれた。








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