採寸





「格好良かったわ。」


ヒーローショーの後だ、二人は広場のベンチに座り話していた。


先程まで親子連れなど沢山の人が並んでショーを見ていたのだ。

握手会も終わって会場は少しばかり人気は減っていた。


「さすがに大人だから握手は並べないけどな。」


里奈は先ほどまで並んでいた列を思い出す。


「そうね、でも私はそれを見ているのも好きよ。

だって誰一人怒っている人はいないもの。

みんな楽しそうに並んでいるからこちらも嬉しくなる。

泣いている子なんて一人もいない。」


客寄せの無料のショーだが演じる人達は真剣だ。

アクション中心なので油断をしては怪我をする。

それもあるだろうが、見ている子どもたちは熱心に見ている。

手を抜けばすぐ分かってしまうだろう。

子どもには忖度などない。

面白くなければすぐにそっぽを向く。一番怖い観客なのだ。


「ショーとか見ていて服の構造とか分かる?」


玖磨が聞いた。

里奈は少し首を傾げて考えるしぐさをする。


「変身後の衣装は難しいかも。

でも普段着ているものは頑張ったら作れるかな。

でも素人考えだからなかなかうまく出来ないけど。」


里奈は恥ずかしそうに言う。

玖磨がそれを見て少し控えめに言った。


「あの、前に言っていた服、見たいんだけど……。」


里奈がはっとした顔をして少し俯いた。


「……家に来ます?」


一拍間をおいて玖磨が言った。


「行きたいな。」


その言葉は今までより二人の間柄が近くなる始まりだ。


しばらくして二人は鬼頭アパートに来た。

すると隣の部屋の千角が顔を出した。


「里奈ちゃん。」


と彼は声をかけたが里奈と一緒に玖磨がいるのを見て、

少し驚いた顔になった。


「千角さん、あの、玖磨さんと言う人で私の友達。」


千角がにやにや顔になる。


「違うだろ、彼氏だろ。

ミシン触らせてもらおうと思ったけど、また今度教えてよ。」


千角が玖磨に向かって手をあげて挨拶をする。

玖磨は仏頂面で頭を下げた。

部屋で横になりながらテレビを見ていた一角が

すぐに戻って来た千角を見た。


「どうした?里奈ちゃん帰って来たんだよね。」

「帰って来たよ、でもさあ、」


ニヤニヤしながら千角が言う。


「彼氏がいた。」

「豆ちゃんか。」

「違うよ、もっとでかい男。玖磨と言っていたけど

クマみたいにでっかい人だった。」

「へぇー。」


一角がテレビを再び見る。


「豆太郎君は失恋確実だな。」

「だな、どうやって慰める?」

「そうだなあ……。」


二人は顔を突き合わせて含み笑いをした。

豆太郎にとっては恐ろしい景色だろう。

だが二人は楽しくて仕方がなかった。




一方里奈の部屋では沢山の服を前にして

玖磨が少しばかり興奮気味に言った。


「凄いな、全部自分で作ったんだよね。」


里奈は恥ずかしいが玖磨にそう言われて本当に嬉しかった。


「これはウシワカーヌの衣装だな。」


爽やかな若竹色の緑を基調とした衣装だ。

上半身は着物の様な打ち合わせの白い上着で、

胸元には薄緑のリボンがある。

女性キャラには珍しい色でスカートではなくパンツ姿だ。


「子ども向けの番組にしては地味過ぎたと思うの。

でも私はすごく好きだったわ。キリリとして格好良かった。」

「変身した後は和装で白くてふわふわした布を被っていたな。」

被衣かつぎね。平安時代に女性が外出する時にかぶっていた物よ。」

「あれは綺麗だったな。花嫁のケープの様だった。」


ふと二人は沈黙する。


「あ、あの、里奈さんが着たところを見たいな。」


口ごもるように玖磨が言った。


「あの、着替える時は見ないでくださいね。」


里奈が奥の部屋に行く。


玖磨は思わず居住まいを正し正座をしてじっと待っていた。


今日玖磨は今までにないくらい緊張していた。

どうしていいのか分からないぐらいテンパっているのだ。


彼は子どもの頃から周りから不愛想と言われていた。

あまり笑わず口下手だ。

だが言われた事はちゃんとこなす真面目なタイプだ。


成長につれ体はどんどんと大きくなり、

人から誘われてラグビーを始めた。

そこは男の世界だ。

口下手でも実力があれば認めてもらえる。

むしろ彼の様な黙々と練習をする選手はむしろ好かれた。


そんな学生時代を過ごした彼は

社会人になると仕事上では重宝されるが、

少しばかり距離を置かれる事が多かった。


それが嫌だった訳ではない。

この性格だ、人から誘われなくても仕方がないと思った。

行邑いきむらに誘われて合コンにも行ったが、

やはり自分には合わないと認める経験だった。


それに彼には人には言えない趣味があった。

特撮好きだ。

子どもが見るものと世間では言うのだろう。


だが彼は昔から特撮ものが好きだった。

録画をして何度も見る。

ヒーローがテレビで活躍しているのを見ると心が躍った。

感情が動くのはその時ぐらいだ。


彼には親はもういなかった。


大学を出てすぐに両親が病気で立て続けに亡くなった。

彼には兄弟はおらず、

両親の死去からたった一人で彼は生きて来た。

数少ない親戚は遠くにいるが連絡はもう取ってはいない。


自分はこれからも一人で生きて行くのだろうと思っていた。


毎日仕事をきちんとこなし、

休みの日には一人でヒーローショーを少し離れた所から見る。

多分、これからもずっと。


だが、突然自分の好きな特撮のキャラを知っている人と出会った。

それを知っている人とは今迄に会った事が無い。

そしてその人は自ら自分に話しかけて来た。


あの日、買い物に出かけた時にその彼女を見かけた。

それは本当に偶然だった。

仕事先で初めて出会い気になっていた人だ。

驚いてしばらく後をついて行くと、彼女が男達に絡まれているのを見たのだ。


頭に血が上る。

彼女が危ない。

一瞬彼の頭の中に音楽が流れた。

ヒーローが現れる時のテーマ曲だ。


その時の彼の形相はどうだったのだろうか。

彼女の後ろから近づき男達を見降ろすと、

男達の顔色が変わりすぐに逃げて行った。


そして振り向いた彼女は彼の目には光り輝いて見えた。

そんな事は今までに無かった。

彼は避けられるばかりだったからだ。

その人は驚くほど綺麗な人だった。

その日から乾ききった自分の日々にいきなり色がついた。


その後彼女と会話した時間は、

今まで自分が生きてきた人生の中で喋った時間より長い気がした。

彼女といると自分でも驚くほど言葉が出て来るのだ。

自分が好きな物の話をしているからだろう。

それを彼女は聞いてくれる。

そして彼女はそれを知っているのだ。


勇気を奮って彼女をいつも見ているショーに誘った。

彼女は喜んでと言って一緒に行ってくれた。


何度か彼女とショーを見に行くと思い出す事があった。

もういない両親と子どもの頃によく見に行ったのだ。


いつも早めに出かけて近くで見た。

今思えばお金のかからないイベントだ。

だが自分は楽しみで仕方がなかった。

彼の両脇には両親が座り、玖磨の手を握っている。

そして彼は真剣にショーを見ていた。


隣で目を輝かせてショーを見ている彼女を見下ろすと、

その時の気持ちを思い出すことが出来た。

誰かと一緒に何かを見る喜びをすっかり忘れていたのだ。

このような感情が自分に残っていたとは今でも信じられなかった。


そして彼は思った。

この人と一緒にいたいと。


絶対に離れたくなかった。

そのためにはどうしたらいいのか。

彼は色々と考えた。

そして出た結論が彼女の趣味だ。

衣装を見せて欲しいと言えば良いのではないか。


そして今日、ショーを見た後だ。

彼にとっては並々ならぬ決心で彼女に言った。


「服を見せて欲しいんだけど。」


人が聞けばなんともない言葉だろう。

だが一度も女性と付き合った事が無い玖磨の一言には

とてつもない決心があったのだ。


それが今は彼女の家まで来て

自分が好きなキャラの服を着てくれる。

想像するだけで頭の中がいっぱいになった。


「あの……、」


里奈が奥から出て来た。

自分で作っただけあり体にぴったりと合っている。

少しばかり恥ずかし気に彼女は玖磨を見た。

彼は言葉も出ない。

正座をしたままぽかんと彼女を見ていた。


「……、」

「変ですよね?」


玖磨は大きくため息をついた。

顔を真っ赤にして玖磨が里奈を見る。


「ウシワカーヌだ。」


里奈が嬉しそうに笑った。


「あの、玖磨さんもコスプレしてみます?」

「え、えっ、俺?」

「この前から考えているんです、ベン・ケインの衣装。」


里奈が彼のそばに来てさっと座った。


「男性の服は作った事は無いんですけど、

作ってみたいなと思っていたんです。だからどうですか?」

「大変じゃないのかな?」

「上手に出来るかどうか分からないけど。練習させてください。」


里奈が立ち上がり奥からメジャーとメモ用紙を出して来た。


「作るなら採寸させてくださいね。」


里奈が玖磨に立つよう促した。


「肩幅と、袖丈と、背丈……。」


慣れた様子で里奈が採寸をする。


「胸囲……、」


里奈の手が彼の体に回される。

もう玖磨には限界だった。

彼女の体に腕を回し、そっと抱きしめた。


一瞬彼女の体は動きを止めた。

だがすぐにメジャーは下に落ちてその手は彼の背に回された。








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