覗き見  1





「ああ、あった。」


梅蕙ばいけいが蔵の奥から大きな箱を出して来た。


八名爺が鬼界に戻ってしばらく経っていた。

縁側ではすっかり体が戻った八名爺が座ってお茶を飲んでいる。


八名爺は大きな鬼だった。

梅蕙の三倍はあるだろう。


「何出して来たんだ、梅蕙婆さんよ。」

「今からスパイをするのさ。」

「スパイ?間諜かんちょうか。」

「ああ、覗き見だよ。

前に千角が言っていただろう、豆太郎って子の事を。」

「鬼退治の子か。」

「その子の恋の行方だよ。」

「恋?」


八名爺が笑う。


「なんだよう、女っちゅうのはいくつになってもそういうのが好きだな。」

「まあ面白いからな、それにその豆太郎にも興味があってな。

話だけは聞いてるがどんな子か見たくてな。」


梅蕙が箱を開くと中には丸い鏡と

紙切れをひねった小さな虫のようなものが何体か入っていた。

その虫のようなものを梅蕙が一つつまむ。


「これを現世に飛ばす。

豆太郎のいる所は分かっているからな。」


梅蕙がじゅを唱えると虫はふっと姿を消した。


「するとこの鏡に姿が映る。」


梅蕙の後ろから八名爺が鏡を覗き込んだ。


「なんだい、こりゃ。」

視虫しちゅう覗鬼しききょうだよ。」


しばらくすると一寸法師の事務所の景色が見えて来た。

書類棚の上だろうか虫は止まっているようだ。


そこでは豆太郎と一人の女性が仕事をしていてた。

女性は里奈で豆太郎は電話中だ。

里奈はパソコンに何か打ち込んでいた。


「この子かな、豆太郎が懸想してるのは。」


八名爺が里奈を見た。


「おお、こりゃ凄いな、この女どれだけ色の星を持っているんだ。」

「そうだな、色香に誘われて男が群がって来るタイプだな。

サイコロを持っていなくてもこれは迷うわな。」


その時、豆太郎がこちらを見た。

いわゆるカメラ目線になったのだ。

梅蕙が少しばかりぎくりとする。


「鋭いね、何か感じたのかね。」


彼女が送った虫のようなものはハエ程の大きさだ。

じっとしていればほぼ見えないだろう。


豆太郎はしばらくカメラの方向を見ていたが、

首をひねると里奈に何かを言って部屋を出た。

里奈は特に変わりなくそのまま作業をしている。


すると一人の男が入って来た。

男はするすると里奈のそばに寄り机の角に腰を下ろした。


里奈は少しばかり身を引く。

だが男は身を乗り出すように里奈に何かをしゃべっていた。


「梅蕙婆さんよ、これは音は出ないのか。」

「景色だけなんだよ。

一角に頼めば改良してくれるかもしれないがね。

でも今はいないし、これの事は今まで忘れていたからさあ。」


里奈は困った顔で手を振っている。

男は里奈の肩を抱いてますます近づいて来た。


その時だ。

体の大きな男がのっそりと入って来た。

里奈が慌てた様子で立ち上がり体の大きな男に近寄った。

そして頭を下げ書類を受け取った。


すると里奈に寄っていた男は急におどおどした感じになり、

頭を何度も下げて部屋を出て行った。


残ったのは里奈と玖磨だ。

だがそれを見ている鬼には画面の男女の名前も間柄も分からない。

だが、


「この女、どこかで見た、と言うか今じゃないな。昔だ。」


八名爺が腕組みをして言った。


「昔ってこの人間はまだ若いじゃないか。」

「多分前世だ。大男は見た事は無いが昔の因縁が二人に絡み合っとる。

見てみい、あんたなら分かるだろう、

女の色の星は全てこの男に向いとる。」


梅蕙が目を細めて鏡を見た。


「そうだな、さっきまで色の星がバリバリに輝いていたが、

今は全て男に吸い込まれてる。

この男はある意味底の無い砂漠だな。

全く味気ない男だが、この女といると花が咲く。」


梅蕙がにやりと笑った。


「豆太郎はどうもこの女が気になっているようだが、

勝ち目はないな。」


すると、部屋に豆太郎と犬が二匹入って来た。

そしてカメラの方向に向かって吠え始め、

豆太郎が椅子を持って来て棚の上に手を伸ばした。


彼の顔がアップになりカメラと目が合う。

そしてカメラが見つかったのか画面が動き、

消えた。


「見つかっちまった。」


梅蕙が笑う。


「あれが豆太郎か。なかなか侮れん男だ。

一角と千角と渡り合うだけあるわい。

勘も良い、気に入った。」


八名爺は未だに腕組みをして考え込んでいる。


「あの女、どこで見たかなあ。

それともう一人、あれもどこかで見たなあ……。」








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