めぐりあわせ





里奈の試用期間が終わり正式な社員となった。

彼女の仕事の飲みこみも早く全く問題が無く、

入所者の対応も申し分なかった。


「しかし、前の会社も損してるよな。」


里奈にお茶を淹れて持って来た豆太郎が言った。


「柊さん、ありがとうございます。

お茶が欲しかったら私が入れますよ。」


豆太郎が首を振った。


「いや、飲みたい人が入れればいいんだよ。

里奈さんも好きな時に飲んでいいし、

ついでに俺の物も入れてくれるとありがたい。お互い様だ。」


里奈が笑う。


「前の会社ではお茶を淹れるのは女性社員の仕事だったわ。

それが当たり前だったから気にしていなかったけど。」

「考えが古い会社だろ?

だから里奈さんが辞めさせられたんだよ。女だからって。

でも仕事が出来る人を辞めさせて後が大変だったろうな。

その代りうちは助かってるけど。」

「優秀な人は他にも沢山いたから困っていないですよ。」


と言いながら里奈の顔はまんざらでもない。

その時だ、電話がかかってくる。

里奈がすぐにそれを取りメモを取り出した。


「はい、そうです。ありがとうございます。

コピー用紙ですね、そしてホチキスの針と……、」


どうも相手は玖磨の様だ。

しかし、注文する側はこちらのはずだ。

それに今ではメールで注文もできる。


「はい、……、今度ですね。

では失礼します。」


何かしら含みのある言い方だ。

それを横目で見ながら豆太郎はお茶を一口飲む。


「玖磨さん?」


里奈が驚いたように豆太郎を見た。


「えっ、え、ああ、そうです。

足りないものはありますかとの電話でした。」

「メールでも良いんじゃないの?」


里奈の目がきょろきょろと動く。

それを見て豆太郎が笑い出した。


「ばればれだよ、里奈さん。

まあ別に良いけど個人的な連絡は仕事外の方が助かるな。」


里奈の顔が真っ赤になる。


「す、すみません……。」


サイコロの力なのか、里奈の気持ちは豆太郎には手に取るように分かった。

だが少し前の様に焦れるような気持ちは全くなかった。

それに里奈自身が以前と比べて

とても落ち着いた雰囲気になって来たのだ。


「里奈さん、玖磨さんと出かけたりしたの?」

「……、ええ、趣味が一緒だったんです。」

「へぇ。」

「今まで同じ趣味の人がいなかったから。

びっくりしたんです。」


と彼女は嬉しそうに笑った。

豆太郎は玖磨を思い出す。

性格が真っすぐな正直者の男だ。

ただ、無口だ。何を考えているのか良く分からない所がある。

だがその男が彼女には好ましいのだろう。


そしてこの二人が何かしらの縁で結ばれているのかもと

豆太郎は感じていた。

この二人は出会ってから印象が驚くほど変わったからだ。


「そうか、良かったな。あいつは無口だが良い男だ。」


里奈が微笑む。


豆太郎はどちらかと言うと鈍感な方だ。

人が恋に落ちる瞬間など感じた事は今までなかった。

だが今の玖磨と里奈の間柄を間近で見て

人の心がこのように動くのかと初めて知った気がした。


「サイコロのおかげかな。」


豆太郎は呟く。

彼は部屋に置きっぱなしになっているサイコロを思い出した。

多分あれが手元になければ

里奈の苦しみや玖磨の変わり方など理解できなかっただろう。


だが今は分かる。


彼は仕事が終わったらサイコロの箱を開けてみようと思った。

今ならあの雌のサイコロに同情出来る気がした。

あのサイコロは好きな男への恋しさのあまり、

体が透明になってしまったのだ。


雄サイコロの手がかりを少しでも掴めば、

一刻でも早く一緒に出来るかもしれない。

サイコロの悲しみを終わらせることが出来るのだ。


その日の終わり、自分の部屋で豆太郎は

ベッドに横になりながらサイコロを取り出した。

今もほとんど透明のサイコロだ。


「相変わらずだな。」


豆太郎はサイコロを取り出して手のひらで包んだ。

サイコロがほんのりと温かくなり色が変わる。


「人を好きになるってどうなんだろうな。」


豆太郎は呟く。

それは自分ではほとんどコントロールが出来ない心だ。


今まで豆太郎は人を好きになった事はあるにはある。

だが目の前で起きた里奈と玖磨の様子を見ていると、

単純に好きと言う言葉で言い表せない気がした。


最初のうちは少しばかり複雑な気持ちもあった。

だがあの不愛想な玖磨とどことなくおどおどしている里奈の様子が

みるみる変わって行ったのだ。

足りない何かをやっと見つけたような、それは運命と言うのだろうか。

今では豆太郎も二人を見守るような気持ちになっていた。


「お前の相手はどこにいるんだろうな。」


手のひらのサイコロに豆太郎は話しかけた。


「そこまで好きになれる相手がいて

寂しくて透明になるなんて、お前は優しいんだな。」


サイコロがふわりと白くなる。

そして豆太郎の心に流れて来るのは

柔らかい気持ちの良いイメージだ。


それはサイコロが彼に話しかけているのかもしれない。

番いを求めて探し回る、

今まで何度も見た焦がれるようなものではなかった。


まだ彼には運命は訪れてはいない。

だが、この世界のどこかに繋がりがあるかもしれない。

それを見つけるにはとてつもない労力を必要とするのか、

あっさりと出会うのか。


それは彼には分からない。

だが、里奈と玖磨は見つけたのだ。

不思議なめぐりあわせだ。


豆太郎はサイコロを箱に戻して目を閉じた。

一日の疲れがゆっくりと彼を眠りに誘う。

先程のイメージが自分の心をほぐした。

それはサイコロに同情した自分への礼なのだろうか。


「お前は義理堅いいい女だよ。

早く相手に会えると良いな。」








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