情けと仇(あだ)  1





「や、八名さん、あんた……、」


既に閉店していたが洞窟から逃げ出した一角と千角、八名爺は

えらんていすの扉を叩いた。

千角に背負われた八名爺はとても小さくしわしわだった。


「ママ、夜遅くにごめんなさい。」

「いや、それは良いんだけど、

八名さん、あんた老人ホームに行っていたんじゃないのか。」


パジャマ姿のママが慌てて三人を店に入れた。

そして八名爺の様子を見て怒り出した。


「年寄りを何という目に遭わすんだい。

皺々のボロボロじゃないか。なんて老人ホームだ。

文句を言ってやる。」


八名爺はもごもごと何かを言っているが、はっきりと聞こえない。

だが、一角と千角には聞こえていた。

多分彼が弱り切っているせいで

人には言葉が通じなくなっているのだろう。


「それより、風呂と何か食べたいって。」

「ああ、分かったよ、ここの奥に風呂があるから入れてやってくれ。

私はおかゆでも作るよ。」


カウンターの横の扉をママが指さす。


「……ママのプライベート。」


一角が呟く。


「あほ一角、今それどころじゃないだろう。」




一時間もしないうちにさっぱりした

八名爺がママが作ったおかゆをゆっくりと食べていた。

ママのTシャツだろうか。

ヒョウ柄模様の服を着ていた。


「しかしまあ、八名さん小さくなっちゃって。

でもこんなに小さくなるものかねぇ。」


ママは首を傾げている。


「いやあ、ずいぶんひどかったみたいですよ。可哀想に。」


一角がごまかすように言った。


「あんた達最近ここに良く来ていたけど八名さんを探していたのかい。」

「ええ、そうなんです。

やっと見つけたから今から親戚の所に連れて行きます。」


二人は八名爺を鬼界に連れて行くつもりだった。

長期間何も食べていなかったのだが鬼だから簡単には死にはしない。

鬼界きかいのものを食べてしばらくすれば元通りになるだろう。


「そうかい。大事にしてやってくれよ。」


ママが言う。

そして少しばかり口ごもりながら言った。


「で、その、八名さんが見つかったから

あんた達ももうここには来ないのかい?」

「えっ、また来ますよ、

コーヒーの秘密を調べなきゃいけないし。」


一角が答えるとママは少しばかりほっとした顔をした。


「それとママ、山田やまだ正一しょういちと言う人を知ってる?

そんな名前の男って八名商店にいた?」


千角が聞く。


「山田正一、ああ、いたよ、10年ぐらい前かね。

名前に特徴があるから覚えてるよ。

優しい大人しい子でね、うちにもコーヒーを飲みに来たよ。」


一角と千角が顔を合わせた。


「真面目な子だったけどいつも変わった服を着ていたよ。

貴族みたいなの。今で言うコスプレかねぇ。

そう言うのが好きだったみたいだよ。

でもそのせいかみんなに虐められてたね。オタクって。」

「会社の人に?」

「ああ、八名さんも随分と正ちゃんをかばって

止めろと言っていたけどね。

ここでも悪口を言っているのがいたから叱ってやったよ。」


ママが八名爺を見る。


「そいつは怒ってここに来なくなったけど、

正ちゃんが代わりに来るようになったよ。

あたしがかばった事を聞いたって。

で、あの子に店を手伝ってもらった事があるよ。」

「コーヒーとか入れていたの?」

「ウエイターみたいな事をしてもらったよ。

八名商店で接客するより喫茶店の方が向いていた気がしたから、

うちに来るかいと聞いたけどその頃かねぇ、

八名さんが老人ホームに入って代替わりしたら

姿が見えなくなって来なくなったよ。」

「仕事を辞めたの?」


ママは悲しそうな顔になった。


「いなくなっちゃったんだよ。

正ちゃんの母さんがうちにも何度も来て行方を聞きに来たね。

失踪届を出したって言っていたな。

でも何年か前からその母さんも来なくなったねぇ。」








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