古城
八名商店は見た目は古いボロボロの日本家屋だ。
男は戸板を開けずにすうとそこを通り抜けた。
一角と千角もその後に音もなく続く。
一旦中に入るとそこはゴシックの古城の様な世界だった。
石造りの床が歩くと硬い音を立てた。
「あの男、死んでるな。」
目の前を歩いている男を見て一角が千角に耳打ちをした。
その男は家に入るとともにふわふわと歩き出した。
「良い感じでしょう?あの人はこう言うのが好きなんですよ。」
彼は既に目が逝って焦点が合っていなかった。
家の中は日本家屋の面影は全くなく、
高い天井の相当広い空間になっていた。
ふらふらと歩く男の後ろについて一角と千角は歩いて行った。
そのまま行くと通路の両脇に部屋があり、
ステンドグラスの向こうに人影が見えた。
一人の影があれば二人の影もある。
どれもなまめかしい様子に見えた。
「千角、ここはもう現世じゃないな。」
一角が呟いた。
「ああ、結界の中だな。でも俺らには効かない結界だ。
人だけが囚われる場所だ。さっきの男は幽霊だな。
迷っている魂だ。」
いつの間にか前を歩いていた男は物も言わず、
近場の部屋にふらふらと入って行った。
そこに女性が一人いるのが見えた。
「楽しそうで何より。」
一角が言うとネクタイをほどき鞭に変え、千角も簪を抜き金棒を持った。
二人は矢の様に奥に続く通路を走り出した。
通り過ぎると一瞬風が起きるが、
部屋で蠢いている人影はそれに気づいた様子はなかった。
その結界はかなり長かった。
しばらく行くと真っ赤な西洋風の重々しい両開きの扉があった。
そこには両側にデーモンの顔が彫ってある。
その眼は白い石が象嵌してあるのか、白々と輝いていた。
千角が金棒を振り上げて扉を殴りつけた。
扉が激しい音を立てて開く。
中はやはりゴシック様式の薄暗い部屋だった。
豪華な家具が置いてあり、
ソファーには両脇に女性を座らせている髪の長い男がいた。
「おや、鬼だ。」
男が顔を上げる。
背の高い50歳ぐらいのすらりとした様子だ。
白髪交じりの髪が座っている腰に届くぐらい長い。
鋭い目つきで二人を見ている。
そして額には大きな目立つイボがあった。
「どーもー、鬼でーす。」
千角がどんと金棒を地面に打ち立てて言った。
「珍しいお客さんだ、座らないか。少し話をしよう。」
男が笑いながら両脇の女を抱き寄せて言った。
彼の出で立ちは少しばかり誇張した貴族だ。
黒ずくめで胸元には派手なラッフルがあり、顔は白塗りだ。
シルクハットをかぶり黒い羽根を付けていて片手には杖を持っていた。
「良かったら食べても良いよ。」
「いえ、僕達は鬼の女の子の方が好きなので。」
一角がソファーの向かいの椅子に座った。
「ところでどうしてここにいらっしゃったのかな。」
男が優雅な手つきでテーブルに置いてある酒を注ぎ、
二人の前にグラスを置いた。
座っていた女性はいつの間にか姿を消していた。
「通りすがりのどこかのお兄さんにあの人に会わせてあげる、
と言われてね。僕達は暇だったからついて来たんだよ。
そのあの人ってあなたかな?」
千角がグラスを持ち匂いを嗅いでからお酒を一口飲んだ。
「
男はははと笑う。
「私はバンパイアの山田ブラッディ
「ブラッディ?血まみれ?本名なの?
バンパイアって吸血鬼だよね。」
一角が聞く。
「同じような名前の格好良い人がいてね、ちょっと真似したんだ。
血まみれ正一、良いだろう?」
「ブラッディ?いいねぇ。」
千角が声を上げる。
「おっさん、無茶苦茶中二病じゃん、正一?血まみれ?
笑えるぜ。」
彼はげらげら笑いながら立ち上がり金棒をブンと振り回した。
一角が千角を見上げた。
「血まみれ正一さん、このお酒には何か入れてる?」
「ああ、ベラドンナの花を入れているよ。
水中花みたいで綺麗だし貴族的だろ?」
「ふぅん。」
お酒のボトルにはベラドンナの花と実がいくつか入っていた。
ブラッディ正一がその酒をグラスに入れてぐっと飲む。
千角が身をのけぞらして笑いながら金棒を振り回しだした。
「鬼に効くかどうか分からなかったけど、結構効くみたいだな。」
「ブラッディ正一さんは人なの?」
「ああ、人だよ。」
「ならベラドンナは毒だよね、死なないのはどうしてかな?」
ブラッディ正一は額のイボを指さした。
「私は特別なんだよ。」
すると一角と千角の首にしなやかな腕が伸びて来て、
強く締めた。
「私は鬼が大好きなんだ。何しろ吸血鬼、鬼仲間だからな。」
その腕は消えたはずの先程の女性のものだ。
生温かく柔らかい官能的な感触が二人の首を絞める。
だがそれは肉欲を呼び起こすものではなかった。
相手の死を望む凶悪な力だった。
「閉じ込められて一生俺の遊び相手になるか、
剝製になるか選べ。」
表情も変えず一角がちらりとブラッディ正一を見た。
その時、千角の金棒が突然巨大になり、それを振りかざし降ろした。
天井が粉々になり床も一瞬で崩れた。
それはそこの結界が壊されたのだ。
一気にそこは古い和室の一室になると
二人の首を絞めていた女性も消えた。
千角が首を振って頭を叩いた。
「いやあ、効いた効いた、ほんの少し記憶が無くなったよ。」
「頼むよ、千角、やたらと勧められたものを飲むなよ。」
「すまん、なんか美味しそうだったからさあ。」
そして二人は前を見る。
そこには小柄な男が一人立っていた。
衣服は先ほどの貴族的な格好だ。
額には大きなイボがあり、顔の白塗りが溶けたように剝げていた。
「ブラッディ正一さん?」
千角が聞いた。
男は返事をしない。
「さっきの結界はあなたの願望かな?
西洋の城ですらりとした吸血鬼なのは。女の子にも囲まれて。」
二人はニヤニヤして男を見て一緒に言った。
「名前は山田ブラッディ正一。」
彼等はげらげらと笑った。
男の顔が一瞬で真っ赤になり白塗りと混じって
顔は醜い
「お前ら絶対に殺す。」
男は額に手を当てると一角と千角の足元が消えた。
また別の結界に送られたのかもしれない。
墜落する感触を感じながら二人は目を合わせた。
彼等の口元は笑っている。
落ちようがどうなろうが怖くはなかった。
それより、先ほどの男が誰なのかその方が気になっていた。
二人はしばらく落ち続けた。
そして底に届く気配を感じ一角が呪を唱えると
二人の体がふわりと浮き、そっと地面に立った。
明かりは何一つない。
だが二人の目は特別だ。闇の中でも回りが見える。
瞳孔が完璧に開き、周囲を見渡した。
「結界かと思ったけど、どこかの誰も知らない地下洞窟っぽいな。」
一角が言った。
そこはかなり大きな空間でごつごつした岩で囲まれていた。
足元も岩ばかりで歩きにくい。
「おい、一角、あそこ見ろよ。」
千角が指を差すと、そこには鉄の格子があった。
「ここだけ誰かが作ったみたいだな。さっきのブラッディ正一か?」
一角がそこに近づき鉄の棒を持って揺らした。
その時だ。
「誰だ、あんたら……。」
鉄格子の向こうから弱々しい声が聞こえた。
二人は一瞬ぎょっとする。
こんなところに誰かがいるとは思っていなかったからだ。
「誰ちゃん?」
千角が恐る恐る聞く。
「助けてくれ……。」
それを聞くと千角が金棒を振り上げて鉄格子を破壊した。
「おいっ、千角、ここが崩れたらどうするんだ。」
一角が叫ぶ。
「大丈夫だよ、一角。」
幸いにも洞窟は崩れなかった。
壊れた鉄格子の向こうから小さな声がする。
「一角?千角?」
すると奥から小人がとぼとぼと現れた。
頭には小さな角がついている。
「お、鬼?」
二人はその小さな鬼を見た。
「お前達、兆さんの孫か。」
「なんでうちのおじいちゃんの名前を……。」
「一角と千角か、二人とも匂いが兆さんにそっくりだ。
お前ら兄弟か。」
「いや、俺達は双子だけど……。」
二人は息を飲む。
「もしかして八名爺?」
「ああ、そうだ、助けてくれてありがとうよ。」
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