遠い約束  2





「戦争中は悲しい話しかないよ。

若い人は子どもの頃からお国の為に死ぬ事は栄誉だと教えられて、

お姐さんたちもそういう兵隊さんに仕えるのは

当たり前と言われていたしね。

酷い話さ。」


一角と千角がカウンターでえらんてぃすのママの話を聞いた。


「あんた達が昔の話を詳しく聞きたいと言うから話したけど、

親から聞いた話だが全部本当かどうかは分からんけどね。

でも戦争中は碌な話はないよ。

私は一応戦後生まれだがそれでも戦争の名残は嫌と言う程見たよ。

戦争は絶対にやっちゃだめだ。」

「この辺りは空襲があっても残ったんだよね。」

「花街だからね、荒野の中にあったんだよ。

今ではすっかり街中だけど。」


えらのママがため息をついた。


「今の政治が駄目だとか世の中に不満がある人は多いけど、

戦争がないだけよほどましだと思うよ。

今でも苦しい事は多いけど、一番ひどくて辛いのは戦争だよ。」

「ママのご両親は女郎屋をやっていたの?」

「ああ、阿漕あこぎな事はやってなかったから、

そんなに儲かってなかったけどおかげでお姐さん方からは

可愛がってもらったよ。

戦後にそういう仕事は禁止になったからすぐに辞めて、

カフェを始めたのさ。お姐さん方は女給さんだ。」

「それでママはコーヒーの美味しいえらんてぃすのママだ。」

「そうだ、老舗の喫茶店だよ。」


えらのママが笑った。


一角と千角はすっかり喫茶えらんてぃすの常連だった。

だが他の客は見た事が無い。


「常連さんはほとんど死んだんじゃないの?」


八名商店に向かう道すがら千角が言った。


「だろうな、ママは元気そうだけど80歳近いだろうし。

寂しいからかな、新参者の僕達でもすぐ受け入れてくれたんだろな。」

「色々教えてくれるからこちらは助かるけど、っと……。」


八名商店の近くでしばらく家を見ていると一人の男がそこから出て来た。

家の正面にある戸板が開いた気配はなかった。

その辺りは全て空き家のようだ。

どんよりとした感じが漂っている。

えらのママがお化け屋敷と呼ばれていると言っていたのを

二人は思い出した。


家から出て来た男は周りを見渡している。

雰囲気にそぐわない西洋貴族の様な出で立ちだ。

どことなくぼんやりとした感じで現実感がなかった。

やがて一角と千角に気が付くと二人の元に静かに歩いて来た。


「あなた方、こちらに御用ですか?」


痩せて顔色の悪い男だ。

うっすらと笑ってはいるがその様子は気持ちが悪い。


「いや、ただの散歩だけど。」

「またまた、ご冗談を。」


男は薄ら笑いのまま二人を見た。


「あなた方は鬼ですね、あの人に教えられた匂いがする。」


千角が口笛を吹く。


「いやー、お見逸れしたなあ、お兄さんすごいね。」

「やっぱりそうですか。あの人が言った通りだ。

でも聞いた話よりあなた方はすっきりしている。」

「僕達は若くてね、現世に来たばかりなんだ。」

「それはそれは。まだ可愛いぼくちゃんだ。」


男はははと笑う。


「良かったらあの人にお会いになりますか。

あの人から変わった人を見かけたら連れて来てくれと言われてますし。」


男が誘い、家に向かった。

一角と千角が目を合わせてその後をついて行った。








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