苦いコーヒー
「ここがお前らのアパートか。」
豆太郎が一角と千角のアパートに来ていた。
「あ、これゆかり豆だ。」
豆太郎が手土産にゆかり豆を持って来ていた。
「お、ありがとう、気が利くね、豆太郎君。
ならばコーヒーを淹れてあげよう。」
千角が嫌な顔をする。
「豆ちゃん、一角のコーヒーは覚悟した方が良いよ。」
「なんで。」
「物凄く苦い。まずいよ。」
「うるさいな、千角。」
言い合う二人を見ながら豆太郎は彼等の部屋を見た。
2DKの普通のアパートだ。
ほとんど物が置いてない。
「しかし、さっぱりしたもんだな、何もないじゃないか。」
「まあこちらは出張先みたいなものだからね、
生活は寝るぐらいだから。」
一角がコーヒーをカップに入れて豆太郎に差し出した。
千角の前にも置いてある。
「なんだ、良い香りだな。」
豆太郎が一口飲む。
「そんなに悪くないぞ。ちょい苦めだが。」
千角が慌てて一口飲んだ。
「ホントだ、そんなに苦くない。」
一角がにんまりと笑った。
「だろ、えらのママから少し教えてもらったんだ。」
「お前、あれからママの所に行ったのか。」
「3回ぐらいかな。」
「なんだよ、俺も行きたかったな。」
豆太郎は二人を見る。
「誰だよ、えらのママって。」
鬼がゆかり豆をつまみながら言った。
「八名商店と言う店がある街の近くのえらんてぃすと言う喫茶店だよ。
着物を着た小粋な女性がママさんで、
実に美味しいコーヒーを淹れる。僕の師匠だよ。」
一角が胸に手をクロスして天を仰ぐ。
「ふぅーん、で、その八名商店って何だよ。」
ママの話には興味はないようでその事には触れず豆太郎が聞いた。
「そう、その八名商店を見せたくて豆ちゃんを呼んだんだよ。」
千角がスマホで八名商店の写真を見せた。
「おい、これ……。俺が見たイメージだ。」
「千角に送って来たあの絵か。」
「そっくりだろ。」
鬼が苦笑いをする。
「で、豆ちゃん、サイコロ持って来た?」
「ああ、反応するかな。」
豆太郎が胸元からサイコロの箱を出した。
開けると少しばかり白っぽくなっているサイコロがあった。
「ちっ、やっぱり豆ちゃんが良いのかよ。」
豆太郎がそれを取り出し手に乗せて写真を見た。
するとサイコロがさっと赤くなった。
「間違いないな。」
一角と千角が目を合わせた。
「俺の中にもイメージが来てる。
体がバンバン熱くなってるぞ。ここだーって言ってる。」
その時、誰かが外階段を上がってくる音がした。
「おや、里奈ちゃんだ。」
気配で一角と千角は分かるのだろう。
それを聞いていきなり豆太郎の心臓が激しく打ち出した。
二人はニヤニヤしながら豆太郎を見た。
「声かけようか、豆太郎君いるよって。」
「や、止めろばか、今日はお休みでプライベートだ。
まるで待ち伏せしたみたいじゃないか。」
「待ち伏せも何も豆太郎君も会いたいだろ?」
二人が外に聞こえるような大きな声でわざと話した。
足音が扉の前で止まる。
「里奈ちゃん豆太郎君いるよ。」
「柊さん?」
外から小さな声が聞こえる。
千角が扉まで走り開けた。
そこには荷物を持った里奈がいた。
「……、」
豆太郎が物も言えず真っ赤になる。
「コーヒー淹れたんだよ、里奈ちゃんもどう?」
一角が言った。
「なんだよ、あんたら友達だったのか。」
ゆかり豆を食べながら鬼頭が言った。
一角と千角の部屋には豆太郎と里奈と鬼頭がいた。
里奈が鬼頭も呼んだのだ。
さすがに一人でこの部屋に来る勇気はなかった。
「そうそう、すっごい仲良しなんすよ、俺達。」
千角が豆太郎の肩を抱いた。
「でも僕達も鬼頭さんが一寸法師で働いているのは
ついこの前豆太郎君から聞いたばかりで。驚いたな。」
「まあね、アパートの家賃収入はあるから生活はそれなりに出来んだけどさ、
結局は家でぼーっとしている事が多くて、
それなら仕事したいなと思ったんだよ。
その時丁度一寸法師で募集していたから。ここからも近いしね。」
里奈がにこにこしながら話を聞いている。
豆太郎はちらちらと彼女を見ていた。
「豆ちゃん、里奈はどんな感じだい?ちゃんとやってる?」
「おばさん、私はもう子どもじゃないんだから。」
「でもさあ、心配でさ。」
「里奈さんはとても手堅い方で助かっています。」
彼は真っすぐ鬼頭を見て言った。
その時豆太郎はぐっと手を握り締めていた。
確かに里奈は素敵な女性だ。
心が引き寄せられる気がする。
だが彼は思い出したのだ。彼女の悩みが何であるかを。
そして今の自分の気持ちはあのサイコロで
間違いなくかなり底上げされているのだ。
冷静にならなければいけない。
豆太郎もまっすぐで真面目なのだ。
「ありがとうございます。」
里奈が豆太郎を見た。
瞬間彼はふにゃふにゃになりかけたが耐えた。
「ところで里奈、買い物に行ってたんだろ、帰り道とか分かったかい?
帰りのバス停は変な所にあるし。」
「ええ、少し迷ったけど
助けてもらったの。」
「一寸法師に出入りしている業者さんだね。体の大きい人だよね。」
「……、うん、すごく大きい人だった。」
里奈の頬がすうと赤くなる。
豆太郎はそれを見て色の変わったサイコロを思い出した。
「柊さんは玖磨さんの事をよくご存じですか?」
里奈が豆太郎を見て言った。
「う、まあ仕事で知っているぐらいだけど。良い奴だよ。」
「さっき色々とお話したんです。
この前は全然出来なかったけど、今日は沢山話が出来て楽しかったわ。
意外とおしゃべりな人なんですね。」
「いや、結構無口な奴だが……。」
「そうなんですか、喫茶店で2時間ぐらい喋っていたんですけど。」
里奈と鬼頭が帰った後、
椅子に座り豆太郎ががっくりと肩を落としている。
「まあまあ豆ちゃん、そんなにがっかりしなくても。」
豆太郎は返事もしない。
「そのうち豆太郎君にも
可愛い相手が見つかるよ。」
俯いたまま豆太郎がため息をついた。
「俺はそんなに色恋沙汰に狂うタイプじゃないと
思っていたんだがな。」
サイコロのせいなのだろう。
豆太郎には相手の気持ちがびりびり来るぐらい分かってしまったのだ。
里奈は明らかに玖磨に好意を感じている。
そしてあの不愛想な玖磨が2時間も彼女と喋っていたのだ。
玖磨もやぶさかではないのだろう。
「恋は結局脳内の化学反応だよ。ホルモンのせい。」
「そうそう、幻覚、脳に快楽物質がバンバン出てんのさ。
豆ちゃんはそれに踊らされているだけ。」
彼等は慰めてくれているのか良くは分からなかった。
「しかし、鬼にまで同情されて俺って一体……。」
二人はさっと顔を逸らした。
その肩が震えている。
笑いをかみ殺しているのだろう。
しばらく沈黙が続く。
「仕方ないな、豆ちゃんのためにサイコロの番いを早く探して一緒にするか。
そうすればサイコロも大人しくなるだろう。」
一角も頷く。
「そうしてくれよ。」
弱々しく豆太郎が言った。
「それでも豆ちゃんからはサイコロは預からないと。」
豆太郎が帰った後、千角が言った。
一角がにやりと笑う。
「だって面白いだろ。」
二人には豆太郎は興味深いおもちゃなのだろう。
「ま、様子を見てあの八名商店に忍び込んでみるか。
あの店に入り込むのには豆ちゃんはさすがに誘えないからな。」
「僕達には良い感じの邪気だけど、豆太郎君には刺激が強すぎる。」
二人の顔にすうと酷薄さが浮き上がる。
「そう言えばえらのママから興味深い話を聞いたよ。」
一角が思い出したように言った。
「興味深い?」
「ああ、えらんてぃすの近くが花街だった頃の話だよ。
太平洋戦争の時らしい。」
「どんな話?」
「遊女と幼馴染の若者の話。」
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