趣味
休日、里奈は買い物に来ていた。
引っ越したばかりでまだ足りないものが結構あった。
「何かないなら教えなよ。」
叔母の鬼頭は言うが頼りすぎてもいけないと出かけたのだ。
それに街の様子も知りたかった。
自分の趣味で使う物も足らない。
それはあまりにも専門過ぎて人には頼めないのだ。
自分で買いに行かなくてはいけないし、
納得したものが買いたかった。
幸いにもこの街には趣味に役立つ店があった。
そこも含めて色々と店を回り買い物をすると結構な量になった。
「えーと、バスは。」
いくつも紙袋を下げて里奈は帰りのバス停を探した。
どうも迷ったようだ。
どうしようかと思った時だ。
「おねえさん、どーしたの?」
後ろから男の声がした。
里奈は嫌な予感がする。
「いえ、その、なんでもないです。」
愛想笑いをする。
その仕草が良くないかもと思いつつ無視することも出来なかった。
後から何をされるか分からないからだ。
彼女自身、ここのところ人付き合いを本当にどうしたらいいのか
分からなくなっていた。
前の会社でも良かれと思って愛想良くしていた。
それが人を勘違いさせたのだろう。
交際しているつもりは全くないのに、
男性から約束を違えたと文句を言われ、
冷たい対応をすればあの女は酷いと噂された。
人からは綺麗と言われたことはある。
だが、それで得をした覚えは全くない。
近眼でコンタクトを付けていたが、
それを眼鏡に変えてもほとんど意味がなかった。
そしてついに会社まで辞める羽目になった。
その街を逃げるようにここに来たが、
新しく働き出した場所でも妙に人に誘われる。
以前の嫌な思いの始まりなのが彼女には分かった。
一体どうしたらいいのかと彼女は深く悩んでいた。
そして今も、
「僕達手伝ってあげるよ、ほらあ。」
知らない男達が寄って来て彼女が持つ荷物に手を伸ばしている。
「大丈夫です、その……。」
その時、男達の動きが止まった。
そして静かに後ろに下がりそそくさと歩いて行った。
里奈には何が起きたのか分からなかった。
だが後ろに人の気配がする。
恐る恐る後ろを見ると目の前に緑色のチェックのシャツが見えた。
「……。」
彼女は目線を上げた。
「
そこにいたのは玖磨だった。
のっそりと立っている。
「ども。」
一言彼は言った。
「あの、どうしてここに。」
「……、買い物に来ていて、その、鬼頭さんが男に絡まれていたから。」
「助けてくれたんですか?」
「近づいただけで目が合ったら逃げた。」
そっけない言い方だ。
だが里奈はおかしくなり笑い出した。
「あの、変ですか。」
戸惑ったように玖磨が言う。
「いえ、全然変じゃありません。
知らない人だったから助かりました。
ありがとうございます。」
玖磨は体が大きい。そして髭もじゃだ。見た目もかなり怖い。
だが、里奈には全然怖く見えなかった。
先程の男も同じように怖かったのだろう。
「あの、帰りのバス停が見つからなくて。」
「どちら方面ですか。」
里奈が説明をする。
「ならあちらです。そこまで送ります。」
玖磨が指を差した。
彼は歩き出すと里奈がその後ろを行く。
だが一瞬彼は立ち止り里奈の荷物に手を伸ばした。
「持ちます。」
先程の知らない男が手を伸ばしたのと同じ仕草だ。
だが、里奈は彼に荷物を渡した。
全く嫌じゃなかったからだ。
「重いですね。」
玖磨が言う。
「すみません、自分の趣味の物で。」
「趣味ですか。」
「布なんです。」
「布……。」
里奈が立ち止る。
玖磨がそれに気が付き立ち止り彼女を見た。
「あの……、玖磨さんのストラップって……。」
里奈が自分のスマホを出した。
玖磨がはっとしてみる。
「ウ、ウシワカーヌだ。」
「玖磨さんのストラップはベン・ケインですよね。」
世の中の!
正義の遊軍!5じょう隊!
イマワエル!
オトワスタン!
ベン・ケイン!
ムサシール!
ウシワカーヌ!
悪の総統
血まみれゴシック卿を打ち倒す!
5じょう隊!出動!!
「格好良かったですよね、5じょう隊。」
二人は喫茶店にいた。
里奈が紅潮した顔で話している。
玖磨が少しばかり驚いた顔で彼女を見ていると、
それに里奈が気が付く。
「あ、す、すみません、少し興奮してしまって。
だって5じょう隊が好きな人って本当にいなくて。」
「あ、いやその……、」
玖磨がぼそりと言った。
「俺も5じょう隊の事を知っている人は鬼頭さんが初めてだ。」
「ですよねぇ……。」
5じょう隊は12、3年ほど前に放送されていた戦隊物の子ども向けドラマだ。
牛若丸と弁慶の話を元にしたストーリーで、
世直しをしつつ悪の総統である血まみれゴシック卿を倒す話だ。
「でも人気が無くて打ち切りになってしまって。」
里奈がため息をつく。
「だったなあ、1年予定が半年で打ち切られてしまって。
ベン・ケインとウシワカーヌがどうなったか。」
「最後は話は駆け足で端折って、
ゴシック卿も宇宙の彼方へ飛んで行っておしまい。
一体どうなったの?ですよね。」
二人が同時に大きくため息をつく。
そして目が合い笑った。
「鬼頭さんは特撮が好きなの?」
「ええ元々好きで色々見ているんです。特に戦隊ものが好きかな。」
「俺はアニメとかも見るけど、特撮が一番好きなんだ。
女の人で好きな人はあまりいないよな。」
「そうなんですよ、稀にいるんですけど……。」
ふと里奈は思い出す。
特撮好きの女性の知り合いは数人いた事もあるが、
いつもいつの間にか離れて行った。
何しろ里奈自身はそんなつもりはないが
集まりがあれば男性は自分しか見なくなる。
それが辛くて友人を探すのは止めた。
「どうしました?」
話を止めた里奈を不思議そうに玖磨が見た。
「い、いえ、なんでもありません。」
この玖磨と言う人はどうなんだろうと里奈は思った。
今まで会った男の様に勘違いするのだろうか。
先程のナンパ男は玖磨を見て逃げて行った。
業者の行邑も逃げていく。
見た目や雰囲気はとても怖いのかもしれない。
だが彼女は玖磨は全然怖くなかった。
最初に会った時も話を聞いていたら笑えて来た。
「あの……、」
玖磨がおずおずと言う。
「特撮のショーとか行った事はありますか?」
はっとして里奈が玖磨を見る。
「ヒーローショーですよね。いえ、行った事は無いです。」
彼女は実はものすごく興味があるのだ。
だが一人では怖くて行けなかった。
「良かったら一度行きませんか。
ハウジングセンターとかでやっているんですよ。
俺はそれを見るのが趣味で……。」
「そうなんですか。」
玖磨は少し恥ずかし気に言った。
「大人なのに恥ずかしいですよね。」
里奈は首を振る。
「いえ、全然、全然変じゃないです。
その、あの……。」
里奈が今日買った袋を見せる。
「これ布なんですけど、コスプレの衣装を作るんです。
誰にも見せた事は無いんですけど、自分で服を縫って着てるんです。
ウシワカーヌの衣装も作った事があります。」
玖磨が驚いた顔で見た。
「コスプレ……。」
彼の顔が真っ赤になる。
「へ、変ですよね……。」
彼が少し俯き加減にぼそりと言った。
「いや、そんな事無い……、凄いな、服が作れるなんて。
その……見たい……、ウシワカーヌ……。」
それを聞いて彼女の顔も真っ赤になった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます