八名商店  




「なあ一角。冷蔵庫開けるの怖いんだけど。」


鬼頭アパートの一室の前で千角が言った。


「うん、僕も怖い。うっかり忘れていたよ。現世は物が腐るんだ。」


ゴミ袋を手に二人は意を決して部屋に入った。

だが意外と部屋はさっぱりとした気配だ。


「あれ?」


冷蔵庫やテレビなどの電源が抜いてある。

一角が不思議に思い冷蔵庫を開けると中には何も入っていなかった。


「どういう事だ?」


それは夜になり鬼頭が部屋に現れて彼らは知る事になった。


五色ごしきさん、あんた達には悪いとは思ったけど、

勝手に部屋に入って処分したよ。窓も時々開けてた。

長い事留守にするなら留守にすると言ってよ。」


本当は良くないことかもしれない。

だが一角と千角はほっとした。

気持ちの悪い思いをしなくて済んだからだ。


「家賃だけはちゃんと振り込まれていたからサービスのつもりだけど、

はっきり言って私もこんな事したくないんだからね。

家が腐っちゃ困るからだよ!」

「いやあ、おばちゃん、ホント助かったよ。ありがとな。」


一角が鬼頭に微笑む。


「本当に助かりました。

急な事だったので黙って留守にしてしまってごめんなさい。」

「う、嫌な思いはしてないんならそれでいいよ。

勝手に入っちゃって悪かったね。」


鬼頭もさすがに一角の微笑には弱いらしい。


「いや、全然構いません。

僕達時々留守にすることがあるので、

これからはそんな時は鬼頭さんに伝えるのでまたお願いしたいです。」

「あんた達ホストだって言っていたけど、

ホストでも出張みたいなものがあるのかい?」

「そうなんですよ、お手伝いに行ったりとかなかなか忙しくて。」


鬼頭には彼らの仕事はホストと言ってある。


「ところであんた達の部屋の隣だけど、

この前から私の姪がいるからね。よろしく頼むよ。」


彼女は隣の部屋の扉をノックする。

そこからはミシンの音が聞こえていた。


「里奈、いる?

お隣の五色さんが帰って来たからさ、ちょっと顔を出してよ。」


するとミシンの音が止まり、里奈が出て来た。


「お?」


千角が色めき立つ。


「手ェ出すんじゃないよ!」


気配を感じたのか鬼頭がびしっと言った。


「鬼頭里奈です。よろしくお願いします。」

「僕は五色一角で、金髪が千角です。」


里奈がにこりと笑う。

挨拶も済み、二人は部屋に入った。


「里奈ちゃん、すっげえな。」

「うん、凄い。

あれで普通の生活をしているってただものじゃないな。」


二人は顔を近づけて話し出す。


「色の星が5つも6つも付いてる。

普通なら色欲に溺れて堕落した生活を過ごしてしまうけど、

精神力でとどまっているな。」

「男にモテモテで切れる事は無いってね。

いわゆる男を呼ぶフェロモンがすげえんだよな。

でも里奈ちゃんはすげえ真面目ちゃんの星もある。

相当嫌な目に遭ってるからがちがちに固まってる。

でもそういう子に色々と教えてみたい気もするなあ。」


千角がにやにやしながら言った。


「まあ今回は目的はそれじゃないから止めとけよ。

鬼頭さんの姪御さんだしな。」

「まあ、そうだな。何だか鬼頭さん怖いもんな。

それに俺は人の女の子には興味ないし。」


一角がテーブルに板のようなものを出した。

真っ黒な漆塗りのもので表面には螺鈿らでん細工の

羽を広げた小さな鳥が所々にある四角いお盆のようなものだ。

真ん中に鬼縛りの花の螺鈿細工があった。


「東西南北をきちんと合わせて、

真ん中の花の所に八名爺の煙管を置いてと……、」


一角が花の螺鈿の上に古い煙管を置いた。


「でも一角よ、雄のサイコロを持って行った八名爺は

まだ生きているかな。」

「100年ぐらい前だろ、鬼の寿命じゃ全然大丈夫だよ。

それにこの暗中あんちゅう雲行うんこう板子いたごで手がかりが見つかるかもと言うから、

おばあちゃんに借りて来たんだよ。」

「ばあちゃんの話だとここからそう遠くない所と言っていたな。」

「この板子で半径10キロぐらいなら探せるってさ。」


二人は板子を見た。

花の上には9センチ程の短い煙管がある。

使い込んでいるものらしいが100年近くは使われていないからか、

金属部分が若干白っぽく変わっていた。

しばらく見ていると螺鈿の白い鳥が羽を広げて徐々に同じ方向を向き出し、

その中心と思われる一羽の鳥だけは翼を閉じていた。


「大当たりだな、花がこのアパートになるから北東方面、7、8キロぐらいかな。

羽根を閉じた鳥の辺りに八名爺か爺に関わるなにかがある。」

「でもさ、この板子って宝探しのアイテムだろ。

鬼も探せるのか?」

「まあ八名爺が持っていた何かが反応しているだけかもね。

それでもヒントになれば良いだろう。

もしかするとばっちり雄サイコロが反応しているかもな。」

「そしたらもう解決じゃん。豆ちゃんにサイコロ返してもらわないと。」

「だな。」


一角はスマホで地図を出した。


「ここから北東方向には……。」


そちら方面はこの街の繁華街だった。


「この辺りは昔遊郭だったみたいだな。」

「なんで、分かるのか。」

「街並みが独特なんだよ。田みたいな形で斜めの道があったりで

一説には女郎さんが逃げてもぐるぐる回って

元に戻るように作ってあるとか。」

「へぇー。」

「まあ現世の日本ではそのような商売は無いからね、

でも100年ぐらい前だとまだあっただろうな。」


千角もスマホを見てその周りの景色を探っていた。


「おっ、なんかここだけやたらと薄暗いな。」


それは遊郭の跡地のすぐそばの区画だった。

周りはほとんど新しい建物なのだが、

そこだけは昔ながらの古い一軒家が並んでいた。


「おっ、ここに八名商店ってあるぞ。」


一角が覗き込む。その店の画像が画面にあった。

古い日本家屋だ。

昔は商店だったのか正面の間口は広い。

だが古ぼけた戸板で塞がれていて、

二階の木製の格子には錆びた看板があり『八名商店』とあった。


「店は店だが営業はしていないようだな。

それに周りの家もかなり古いな。」

「でもなんか……、」


千角が写真を見る。


「えらく禍々しいな。」


壁は焼杉で相当古い。瓦屋根も真っ黒のものだ。

それを反対におしゃれに見せて若い人を呼び込む店もある。

だが写真の家は古い上にどんよりとした雰囲気があった。


「怪しいな。」

「あからさまに怪しいねぇ、爺様いるかな。」

「かもな。」








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