ストラップ
「えっ、
ホント綺麗だなあ、こんなとこにいるのがもったいなさすぎるよ。
合コンするから一度来ない?」
リネン会社の営業の
事務机で作業をしている鬼頭里奈のそばに来て話しかけた。
里奈は大きな眼鏡をかけた若い女性だ。
「いえ、その、すぐに領収書を用意しますので。」
里奈が苦笑いしながら慌てて用意をしている。
それに行邑が体を寄せる。
「いや、いいよ、ゆっくりでいいよぅ。」
行邑は若い男だ。
愛想がよく営業向きではあるが性格が軽い。
特に女性に対しては馴れ馴れしい部分がある。
「行邑さん、持って来てもらったけど枕カバーがないよ。」
「え、柊さん、足りませんでしたあ?」
里奈の机の縁に腰を下ろしたまま行邑が振り向き豆太郎に言った。
「困るよ、ちゃんと持って来ないと。」
「すみませーん、また午後に持ってきます。
また里奈ちゃんと会えるねぇ。」
里奈の方を向く。
その時だ、入り口にのっそりと大きな影が現れた。
「毎度。」
野太い声がする。
豆太郎が振り向き声をかけた。
「ああ、
玖磨と呼ばれた男が沢山の文具を台車に乗せて持って来た。
体が大きな男で毛深い男だ。
もじゃもじゃと髭も生やしている玖磨がぎろりと行邑を見た。
「ああ、じゃあ午後に来ますう~。」
行邑が玖磨に少し頭を下げて慌てて出て行った。
玖磨も一応頭を下げる。
その後ろ姿を見て里奈がため息をついた。
豆太郎が里奈のそばに寄る。
「里奈さん、大丈夫?」
「柊さん、ありがとうございます、平気です。」
里奈が豆太郎を見る。
眼鏡越しに彼女の目が見えた。
やはりものすごい美人だと豆太郎の動悸が早くなった。
一週間ほど前だ。
鬼頭里奈が一寸法師に面接にやって来た。
履歴書に写真は貼ってあった。眼鏡をかけた女性だ。
「えらく綺麗な人だな。」
「そうだなあ、でも写真映りとかあるだろうし、ご本人は分からんぞ。
まあ仕事をする分には顔より性格だ。」
金剛が言う。
彼も一応面接に参加するのだ。
時間通りに彼女はやって来て彼女の叔母の鬼頭さんが
面接する部屋に連れて来た。
「柊さん、鬼頭里奈さんです。よろしくお願いします。」
いつもは豆ちゃん呼ばわりだが、
彼女は状況を読んできちんと対処する。
そして部屋に入って来た女性を見て豆太郎と金剛は息を飲んだ。
背格好は普通だ。
眼鏡をかけているがそれ越しでも顔立ちはまるで女優の様だった。
そして得も言われぬ雰囲気がある。
人の目を引き付けるそこはかとない色気があった。
二人は目が離せなくなった。
だが、先日鬼頭から聞いた話を思い出す。
「里奈さん、履歴は立派で勤めていた会社も物凄いんだけど、
どうしてその会社を辞めたんだ?」
豆太郎が鬼頭に聞く。
「ストーカーだよ。」
「ストーカー?」
「姪の里奈は叔母の私が言うのもなんだけど、
小さい頃からすごく可愛いんだよ。
それで付きまとわれる事が多くてさ、心配していたんだけど、
勤め始めて三年目に会社内でストーカー被害に遭った。」
鬼頭がため息をつく。
「誰とも付き合っていないのに社内メールとかで妙な噂を流されたり、
自宅まで男がついて来たりとか、
ついには会社内で男どもが喧嘩をしたりで、
あの子が耐えきれなくなって会社を辞めたんだよ。」
「それって里奈さんは全く悪くないんじゃないか。」
「そうだよ、付きまとった男の中には既婚者もいたけど、
その人達は家庭があるから首にはならなくて。
里奈は女だろ、だから辞めると言っても誰も止めなかったらしいよ。」
豆太郎の腹の中が熱くなる。
「それはひどい。理不尽だ。」
「だろう、私もそう思うよ。
それで実家に戻っていたんだけどそれでも男が押しかけて来てさ、
で、ちょうどその頃私が一寸法師で仕事を始めたんだよ。
それで豆ちゃんが女の人を何人か雇いたいと言っていたから、
うちのアパートにも今空きがあるし、
そこに住んで一寸法師で働けたら良いんじゃないかと思って。」
「まあ、面接をしてからの話だけどな。」
「それは分かってるよ。
こんな話をしたけどそれとは関係なく見てやってよ。」
鬼頭が豆太郎を見た。
「私もここで働いて分かったけど、
ここの爺様達は普通の爺様とちょっと違うな。
何となくだけど毎日きりっとしてると言うか。
だから里奈もここだったら安心して働ける気がするんだよ。」
鬼頭の言う事は豆太郎には良く分かった。
彼女には言ってはいないが彼らはまだ現役なのだ。
豆太郎と金剛の前には里奈が立っている。
彼ははっと気が付くと立ち上がり彼女に言った。
「失礼しました、どうぞお座りください。
私は柊豆太郎です。
こちらの男性は入所者代表で
里奈は軽く会釈をして椅子に座った。
面接は他愛のない話で進む。
話をする分には常識的で問題のない人の様だった。
だが豆太郎はあえて鬼頭から聞いた話を質問した。
「あの、おばさんの鬼頭さんから前の会社を辞めた理由を
お伺いしたのですが……。」
ここで彼女がごまかしたら採用はしないつもりだった。
だが彼女はふっと笑うと豆太郎に言った。
「ストーカーです。」
「ストーカーですか。」
「叔母からどの程度聞かれているのか分かりませんが、
私は逃げて来たんです。」
彼女の微笑は寂しかった。
豆太郎の心に同情が湧く。
「逃げたと言うか譲ったんですよ。
迷惑をかけられたのにあなたが相手の生活を守ったんです。」
里奈がはっとして豆太郎を見た。
「……、ありがとう、ございます。」
豆太郎は咳払いをして里奈に言った。
「数日精査しますから後ほどご連絡します。
もし採用されたらいつから出られますか?」
「すぐにでも構いません。」
里奈ははっきりと言った。
「あの里奈さん、なんか特別な星がついているみたいだな。」
面接の後金剛が言った。
「星?」
「ああ、俺は本職じゃないから詳しくはないが
全身から何やらあふれ出るムードと言うのかな、
お前にも分かったんじゃないか。」
それはただの雰囲気かも知れない。
確かに整った顔立ちだが、
その上に彼女が醸し出しているものでますます魅力的に見える。
それが一般人の女性が持っているとしたら。
モデルや俳優のようなカリスマが必要な仕事なら良いだろう。
だが普通の生活をする上ではトラブルを引き寄せる可能性は高い。
「だが、人としては真面目な人だな。」
「うん、俺もそう思う。
辞めた理由も全然ごまかさなかったし、働いてもらおうかな。」
「そうだな、最初はお試しでバイトで入ってもらうか。」
と言う事で早々に里奈は一寸法師で働くことになった。
「しかし
悪い人じゃないんだが、女の子を見るとすぐちょっかいをかける。」
豆太郎が文具を降ろしながら言った。
玖磨と里奈も一緒に手伝う。
「でも行邑さんが玖磨さんを見たら逃げて行ったけど何かあったのか?」
豆太郎が玖磨に聞いた。
「結構前に一度だけ合コンに誘われて行ったら、
酔っぱらって女の子に絡んでたんで高い高いしてやった。」
玖磨がむすっとして言う。
元々彼は愛想が無く髭も生やして仏頂面だ。
だが仕事は正確で速い。
「高い高いって玖磨さんがやったら高さは2m超えるな。」
「そうだな。」
玖磨は学生の頃にラグビーをやっていたらしい。
どっしりとした体つきだ。
行邑は小柄で細身だ。その彼を玖磨は持ち上げたのだ。
それを聞いていた里奈が笑い出した。
玖磨がそれを見る。
「ああ、この人は鬼頭里奈さん。事務で入ってもらったんだ。
よろしくな。」
「あ、ああ、その、
「鬼頭里奈です。分からない事ばかりなので教えてください。」
彼女は頭を下げた。
玖磨はもごもごと言う。
玖磨は女っ気は全然ない。
髭もじゃでどう見ても女性からは避けられそうな雰囲気だ。
彼のその挨拶が彼女に対して無関心なのかどうなのか
言い方では分からなかったが、
豆太郎は彼の耳があっという間に真っ赤になったのを見た。
その時だ、
玖磨に電話がかかってくる。
「はい、玖磨です。」
仕事の電話だろう。
玖磨は抑揚のない様子で電話の受け答えをしている。
それは普通の景色だ。
だが、里奈がその姿を凝視していた。
豆太郎がその様子に気が付き里奈を見た。
玖磨を見ているのだろうか。
だがその視線は少し違うところを見ている。
玖磨が使っているスマホのストラップだ。
何かのキャラクターのようなものだ。
豆太郎にはそれが何なのかは分からなかったが、
里奈はそれを真剣に見ていた。
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