一天地六  4





虫干し後の梅蕙ばいけいの家だ。

梅蕙と千角は砂糖がたっぷり入った

飲みかけのコーヒーカップをじっと見ている。


「おばあちゃん、現世と言っても広いよ。

それで探すと言っても大変だよ。」


一角が梅蕙に言う。


「手がかりはあるよ、雄のサイコロはな一人にしておくと狂暴になるんだ。

それが人の手に入るとその人間を変えてしまう。

凶悪な事を起こしてしまうんだ。」

「じいちゃんが雄のサイコロを渡した鬼が持って行ったのは

それが目的か?」

「多分な、世の中を騒がせたかったんだろ。

でも結局どこに行ったか分からなくなったんだよ。

その鬼は爺さんの知り合いの八名やなじいと言うんだが、

どっかに行っちまって行方不明だ。

そして雌のサイコロは人に恋心を持たせて

恋焦がれ悲しくてたまらなくさせる。下手すると死んでしまうよ。」

「別にしておくと碌な事にならないって話か。」

「そういうこと。」


梅蕙はコーヒーカップを片付ける。

一角がじっとそれを見ていた。


「探すとしたら乱暴者か犯罪者だな。しかもそれを繰り返している奴だ。

サイコロは次々と大きなよこしまな気配を持っている奴に取り憑く。

あれから相当経っているからかなりの悪い奴に憑いてるぞ。」




「乱暴な奴……か。」


豆太郎が呟いた。


「まあサイコロは雄雌おすめすを一緒にしておけば悪さはしないらしい。

だから豆ちゃんとしては探したくなるだろ?

しかも最初にこちらに持って来たのは鬼だぜ。」

「かと言って乱暴者とか犯罪者ってあまりにも大まかすぎるぞ。」

「で、もう一つ手がかりがある。」


一角がサイコロをつまんだ。


「雄が近づくと雌が反応する。多分雄もだ。

惹かれ合うから近くに来ると分かるんだ。」

「それでも探す範囲が広すぎるよ。外国に行っていたらどうするんだよ。」


豆太郎が一角からサイコロを受け取ると、

サイコロは再びふんわりと白っぽくなった。

それを千角が複雑な顔で見た。


「それと、その雌サイコロは人に持たせると

恋心が募って悲しくさせるとか、

やたら惚れっぽくなるらしいよ。」

「なんだよ、持ち主をそうするほどお前はそんなに寂しいのか。」


豆太郎がそっとサイコロを両手で包んだ。

そして、そのサイコロからふわふわと何かのイメージが流れて来た。


「え、えっ?」


豆太郎が驚いた声を上げた。

その気配を一角と千角も感じたのか、豆太郎をじっと見た。


豆太郎には景色が見えていた。

古い家だ。豆太郎の心に風景が見えて来た。


「どうした、豆太郎君。」

「なんかイメージが、家か、黒っぽい家が見える。」

「それ、サイコロから流れて来るんじゃね?

雄がそこにいるとか……。」


皆が一斉に豆太郎の手の平にあるサイコロを見た。


「やっぱり豆太郎君は頼りになる。素晴らしい。」


一角がにっこりと笑った。




「豆太郎、すごい鬼臭い。」

「鬼臭いわ、この臭いってあの一角と千角じゃないの?」


ケアハウスに帰った途端、桃介とピーチが豆太郎に駆け寄り

激しく鼻息をかけながら匂いを嗅いだ。


「さすがだな、やっぱり分かるか。」


桃介が鼻の上にしわを寄せて言った。


「臭いし他にまだ何かある。」


豆太郎は懐から小さな箱を出した。

金剛やほかの年寄も寄って来る。


「一角と千角からこの箱を持っていてくれと言われた。」

「鬼か?またあいつら来たのか。」


皆がざわざわとなる。


「あいつら何しに来たんだ。」

「宝探しだと。」


豆太郎がテーブルの上に箱を置き開けた。


「なんだ、空じゃないか。」

「サイコロがあるんだよ。」


豆太郎がつまむと彼の手の上でほんのりと白くなった

サイコロが現れた。


「おお、体温で変わるのか?」

「良く分からんけど、これは雌のサイコロで俺が好みの男らしい。

俺が触るとふわっと色が変わるんだ。」

「なんだそれ。」


みんながげらげら笑う。


「それでこのサイコロとつがいの雄のサイコロを探しに来たんだって。

この雌サイコロは雄に会いたくて悲しみで涙のように

透明になっているそうだ。」

「それなら別に豆に頼む事も無いだろう。」


誰かが言う。


「確かにそうなんだけど、その雄サイコロは一つにしておくと

良くないらしいんだ。

それを人が持つと狂暴になって何かしら悪さを起こすそうだ。

要するに人の世にあると碌な事にならないんだ。」


みんながしんとなる。


「一緒にしておけば悪さはしないらしい。

それに二つのサイコロを振って同じ目が出ると

願い事が叶うと言っていたよ。」

「願い事?」


金剛が聞く。


「うん、雄雌が揃ってから振るらしい。

でも人の一生のうちに一度だけで、

サイコロ次第で叶わない事もあるらしいよ。」

「博打だな。」

「それにこの世に雄サイコロを持って来たのは鬼だって。」

「鬼か、それは許せんな。」

「それでどうして俺が雌サイコロを持っているかは、

どうもサイコロが何かしらのイメージを俺に伝えている様なんだ。」


豆太郎がサイコロを見る。


「良く分からんけどサイコロに好かれたのかイメージが湧いてくるんだよ。

今の所は古い家が見えるだけだけど。

だからしばらく持っていて推理してくれって。」

「豆もえらいもんに好かれたなあ。

サイコロもそうだが鬼にも好かれてなあ。」


誰かが言う。


「それであいつら、人を喰ったような様子はなかったか。」

「いや、そんな臭いや気配は全くなかった。

宝探しの話しかしなかったよ。」


皆の雰囲気がピリッとする。


「それでも油断するなよ、所詮は鬼だからな。」

「分かってる。そのけじめはきっちりとつける。

あいつらが悪さをしたらすぐ知らせるし、絶対に成敗する。」


豆太郎の顔が引き締まった。


「しかし豆よ。」


金剛が言う。


「女のサイコロに好かれるのは結構だが、

人の女の気配はお前には全くないな。」

「それを言うなよ、じいちゃん。」








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