一天地六  2





「鬼頭さん、これ来月のシフト。」


豆太郎がしばらく前からケアハウス一寸法師で働き出した

鬼頭に書類を渡した。


「ああ、ありがとう、豆ちゃん。」


いわゆる新人なのだが、もう50過ぎの女性だ。

だから先輩で上司でもある豆太郎も豆ちゃん呼びになっている。


「もし都合が悪かったら早めに言ってよ。」

「了解でーす。」


最近一寸法師では産後のお母さんのケアも始めた。

数週間から一か月ほどこのケアハウスで面倒を見る。

一寸法師では職員は男性ばかりだったので女性を雇ったのだ。


「豆ちゃん、明日うちの姪の面接よろしくね。」


鬼頭が豆太郎に言った。


「ああ、親戚の人の面接だろ。

えーと、鬼頭きとう里奈りなさんだな、25歳の女の人。」

「そうそう、大きい会社で事務をやっていたけど

辞めて戻って来たんだよ。しっかりした良い子だよ。」


親戚の良い子は少しばかり贔屓目は入っている。

ただその鬼頭里奈の履歴書は優秀だった。

以前勤めていた会社もかなりのものだ。


何かしらの事情もあるだろうが、

どうしてそこを辞めたのだろうと言う疑問が豆太郎にはあった。

それを面接で聞けるかどうかは分からない。

だがケアハウスでは仕事が出来る能力も大事だが、

何より人柄が良いと言うのがとても必要になる。

お年寄りとうまく付き合えるかどうかはそれなりのスキルがいる。


「神職にも女性はいるけど今まで結構少なかったから、

男ばかりでも良かったけどな。」


金剛を前に豆太郎が言う。


「でもこれからは女性の神職も増えるだろうし、

それに産後ケアもするから女性職員も増やしたいよな。」


もういっぱしの上司面だ。

豆太郎を子どもの時から知っている金剛も

何やら嬉しいようなむずかゆい気分で聞いていた。


「まあ、色々やってみればいいさ、本部に提案してみろ。」

「うん、とりあえず鬼頭さんの親戚の里奈さんと言う人が

明日面接に来るから、じいちゃんも一緒に面接してよ。」

「え、俺が?」

「隣にいてくれればいいよ。

顔だけで圧迫面接になるかもしれんけど。」

「そりゃないだろ、豆よ。」

「冗談だよ、人を見る目は俺よりじいちゃん達の方があるから、

そこんとこ見てよ。

鬼頭さんの時もじいちゃんがオッケー出してくれたらいい人だったし。

じいちゃんとどうやって会話するかも見たいからな。」

「そうだな。」


ケアハウス一寸法師は全国展開をしている。

一応ケアハウスではあるが、

実は日本の要所に配備され呪術的に日本を守っている重要な施設だ。

ケアハウスなので入所している人は年寄りばかりだが、

全て現役の優秀な法術師だ。


「じいちゃん、人工関節の具合はどうだ。」


豆太郎が金剛に言った

金剛は片手に杖を突きながら一人で立っている。


「おお、具合は良いぞ、

長い事迷っていたが早く手術すれば良かったよ。」


金剛は少し前まで車椅子生活だった。

だが、あか丹導にどうの出来事で呪を唱える事しか出来なかったことが

悔しかったらしい。

かつては金剛は有名な剣士だったのだ。


「また剣を振れる様になるか分からんが、

せめて自分の力で立ちたい。」


手術を受けてリハビリを始めたのだ。


「すげえよな、じいちゃん。でも無理すんなよ。」

「ああ、分かってるよ。」


金剛は笑う。

豆太郎はそんな生活を過ごしていた。




ある時、豆太郎はおやつの在庫を調べていた。


「ゆかり豆がそろそろ切れるな。」


ゆかり豆は紫垣しがき製菓で以前常務をしていた紫垣しがき清二せいじ

結婚したゆかりの会社で作っている豆菓子だ。

前は大きな会社だったが、今は町工場の様な所で

豆のゆかり名でそれだけを作っている。

かつてN横キッズと呼ばれた不良少年も何人か雇っているが、

今ではみんなで冗談を言いながら真面目に仕事をしているらしい。


「……ゆかり豆。」


豆太郎はふと思い出す。

サンプルでもらったゆかり豆段ボールひと箱持って行った

人物を、いや、鬼達を。


「あれ、もう無いよな。」


だが、あの二人は鬼だ。

二度と会いたくないのだ。関わってはいけないのだ。

何しろ豆太郎の親のかたきは鬼だ。

あの二人は人は喰ってはいないが鬼だ。


豆太郎は頭を振り、手元のリストを見た。


「ゆかり豆、せんべい、芋けんぴ、昆布、

うちのじーさんたちはみんな歯が強いなあ。」


在庫のチェックを再び始めた。




「と、言う事でよろしくお願いします。」


豆太郎が出先に書類を届けたその帰りだ。


横にケアハウス一寸法師と書かれている軽自動車で走っていた。

その通り道にはファミリーレストランがある。

そのすぐそばの交差点で信号待ちをしていた時だ。


「アメリカンフェア、か。」


ハンバーグなどの写真に並んで派手な色のパフェの写真が載った

ポスターが貼ってあった。


「あいつら好きそうだよなあ。」


豆太郎ははっと気が付く。

どうしてここのところ彼らを思い出すのか。


一角と千角を。


ふと見ると信号が変わっている。

後ろの車がクラクションを鳴らした。


「豆太郎君、ぼーっとしてちゃだめだよ。」


後部座席から聞いた事のある声がした。

豆太郎がバックミラーを見ると

派手な金髪の男が手を振ってにやにやしているのが映っていた。


「お、まえら……。」








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