一角と千角 2  一天地六

ましさかはぶ子

一天地六  1





「ばあちゃん、これってサイコロだろ。」


蔵から出て来た千角が言った。

後ろからマスクをした一角も出て来た。


庭先で日向ぼっこをしながらそれを見ていた梅蕙ばいけいのそばに

二人がやって来て座った。


「虫干しをしよう。」


梅蕙が言うので二人は朝から蔵を探っていたのだ。

ある程度は物を出したが、

あとはこのような時に必ずそうなってしまう現象が起きていた。


一つ一つ物を見出して全く作業が進まなくなっていた。


「お前ら、全然仕事してないな。」

「まあ、面白い物ばかりだからね。」

「でもばあちゃん、箱の中身がないものも結構あるじゃん。」

「宝と言っても生き物みたいなものもあるからな。

そう言う物は自然と消えちまうんだよ。

それに形を変えてしまう物もあるからな。不思議だろ。」


マスクを外して一角が深呼吸をする。

そして一つの箱を取り出した。


「これも空かと思って捨てる所だったよ。」


梅蕙は一角から箱を受け取って中を見た。

それほど大きな箱ではない。

桐の箱で中に紫の絹張の布が張ってあり、二つ小さなくぼみがある。

そのうちの一つにうっすらと立方体の形が見えた。


「ああ、これは確かにサイコロだ。」


梅蕙がそれをつまんで見た。

ほとんど透明になっている。


「微かに光っているからなにかあると分かったけど。」

「こんなに透明だと数の目もほとんど見えねぇじゃん。

役に立たねえよな。」


梅蕙はそれをそっと元に戻した。


「これはな、寂しくて悲しくて涙になっているサイコロなんだよ。」

「寂しくて?」

「悲しくて?」

「そうさ。」


梅蕙が乙女の様に胸元に手を重ねて眼を閉じる。


「連れ合いと離されて悲しくて泣いているんだよ、サイコロが。」


一角と千角は梅蕙を見て、それから顔を合わせた。




「お前ら、サイコロには雄雌おすめすがあるのは知っとるか。」


とりあえず出したものを蔵に片づけて皆は家に入って来た。

虫干しはなんとなく終わったようだ。


「えっ、サイコロって物だよね?

まあ蔵にあるって事はただのサイコロじゃないのは分かるけど。」


一角がコーヒーを飲みながら言った。

皆の前にはそのコーヒーがある。

最近一角はコーヒーに凝っているらしい。

梅蕙がずるずるとコーヒーを飲む。


「お前らサイコロの異名を知っとるか。」

さい?」

「ダイス?」


千角がコーヒーに砂糖を三杯いれた。

一角がじろりとそれを見る。


「まあそうとも呼ぶが一天いってん地六ちろくとも言う。

サイコロの1を上に向けると真下が6になるだろ。」

「なるね。サイコロは向かい側との合計が7になるようになってる。」

「そうそう。」


梅蕙がサイコロをテーブルに置いた。


「その状態にして角をこちらに向けて左側に2、右側に3が雌、

左に3、右に2が来るのが雄だ。」


一角がほぼ透明のサイコロを調べる。


「ああ、このサイコロは雌だ。」

「でも雄はどこにあるのよ、ばーちゃん」


千角が聞く。


「箱にはくぼみが二つあるし元々あったんじゃねえの?」

「それがなあ、」


梅蕙がコーヒーに砂糖を二杯入れた。

一角がそれを見る。


「昔、爺さんが賭けに負けてな、雄のサイコロをくれと言われて

渡しちまったのさ。」

「じゃあ、このサイコロが泣いてるのは爺さんのせいか。」

「そう言うこった。」


梅蕙が再びずるずるとコーヒーを飲む。

爺さんは梅蕙の連れ合いだ。

少し前に病気で亡くなってしまった。


「一角、これどうやっても苦過ぎるわい。」

「えー、すごく厳密にブレンドしたのになあ、一粒単位で調整したんだよ。」


梅蕙と千角が渋い顔をしてお互いを見た。


「でもさあ、このサイコロ、なんの力があるの?一応宝なんだろ?」


千角が聞く。

一角はコーヒーを飲みながら首をひねっている。


「ああ、二つ揃った状態でこれを振って

同じ目が出たら願いが叶うらしい。」

「そんな事で願いが叶うのか。凄い簡単だよ。6分の1だ。」


梅蕙が気取って顔の前で指を振る。


「それを振るのは一生のうちに一度だけだ。

しかもサイコロがこの願いは駄目だと思えば

絶対に目は出ないんだよ。」

「なんだよ、サイコロ様次第かよ、面白くねえな。」

「結局は博打だよ。」


梅蕙は新しく入れたお茶を飲んだ。


「ねぇ、おばあちゃん、雄のサイコロはどこにあるの?」


一角が聞く。


「今はどこにあるか分からないんだ。」

「なら別の雄を探して並べればいいんじゃねぇ。」

「それがこのつがいは絶対なんだ。

このサイコロはな永遠の愛で結ばれているんだよ。

あたしと爺さんみたいに。」


梅蕙がうっとりとした顔をする。


「まあ、元々雄のサイコロはすごく少ないからな。

この世にはほとんどは雌のサイコロしかないんだ。

だから雄を探すのは結構面倒だよ。」

「永遠の愛ねぇ。」

「それとサイコロはそれぞれの面が東西南北、天と地を表している。

それ一つで世界を表しておる。」

「小さいのに壮大なんだね。」


千角がサイコロをつまんだ。


「お前は会いたくて泣くのか?

泣いている自分が悲しくて泣くのか?」


千角が一角を見た。


「なあ、雄を探そうぜ。」

「雄か。うーん、千角どうして?」

「俺はなあ、」


千角がサイコロに軽くキスをした。


「俺は女には優しいんだぜ。

しかも男を探して泣いてるなんてたまらん。」

「おお、待て待て千角、サイコロがもっと薄くなったぞ、

お前は好みじゃないらしい。」

「えーーー、」


梅蕙がにやにやしながら言った。


「でも探しても良いかもなあ。今は暇だから。

確かにサイコロは可哀想だし、一度は願い事が出来るんだよね。

僕、頼みたい事があるなあ、

雄を探してやったら贔屓してくれないかな。」


一角がちらちらとサイコロを見ながら言った。

梅蕙と千角はその願いが何となく分かった。


「で、ばあちゃん、雄はどこにあるんだよ。」

「多分現世だよ。」


梅蕙は上を指さした。









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