第1話 はじめてのチュウ(後編)

「清水……。」

振り返ると、そこにいたのは紛れもなく、今日ずっと探していた朝永ともながだったのだ。

 

 ……しかし、長年の勘が清水にNOと言っている。言葉が出ない。

なぜか怯えた表情をしている朝永もまた、なんと言っていいかわからないようであった。


紛れもなく、朝永なのだ。どこからどう見たってそうだ。

白い肌、艶やかな黒髪、丸く大きい目、雅久がくくんと何度も呼んだその口……


 清水はハッとした。

今さっき朝永は、清水のことを苗字で呼んだ。

それに、朝永はそんな男っぽい立ち方をしない。


「あの、信じてもらえるか分からへんねんけど、聞いて欲しい。」


先に口を開いたのは朝永だった。声は、本当に朝永そのものだった。

だが、この話し方をする人物を清水は知っていた。


 「……地場ちばさん?」


 朝永___の姿をしたその人は目を見開きながら頷いた。


 「なんで分かるん……」



 地場ちば慶二けいじとは、清水の所属する野球部の三年で、キャプテンであり四番バッターであり、清水とバッテリーを組むキャッチャーなのだ。

 「聞いて欲しい」というフレーズは、ミーティングの時に前に立って話す地場がよく言うセリフだった。

 その「聞いて欲しい」には、どんな状況でも部をまとめる力のこもった、しかし落ち着いた雰囲気があった。



 二人は場所を放課後の誰もいなくなった教室に変えた。

 地場はゆっくりと話し始める。


 「昼練の後、教室に帰る準備してたらな、お前の彼女が俺を訪ねてきてん。なんでかなと思いながらついて行ったら、角曲がった瞬間……その、キスされてさ。」

言いにくそうに清水を見る。清水は彼女ではないと訂正しようかと思いつつも続きを促した。

「その後突き飛ばされて、気づいたら、朝永さんになってた……。」

そんなことがあるんか?いやでも目の前のこの人は、見た目がどうであろうと、地場さんやないか。

 困惑して黙り込んでいると、廊下を紺屋が通りかかった。



 「それは……キスしたら入れ替わったっていうこと?……ですか?」

状況を聞き終えた紺屋は、もしかして、と続けた。

「朝永さん、昨日天沢先生とキスしてるの見ちゃったんですけど、その時にも入れ替わってた可能性ありますよね。」


地場は知らなかった、という顔をした。


 「じゃあ、俺と清水がキスしたら、中身入れ替わるってこと?」

「試してみますか……」

地場と清水が向かい合う。

「ええええ嘘やろ。私部活行くで。」

と紺屋は逃げようとするが、お構いなしに二人は顔を近づけた。


 清水は体格の良い男だ。身長は184cmある。朝永も低くはないのだが、160cmと184cmではかなり体格差がある。放課後の教室、高校生。これが普通のキスだとしたら、どれほどロマンチックだっただろう。清水のファーストキスの相手は、中身が先輩と入れ替わってしまった幼馴染になってしまった。


 唇と唇がつく。


 その瞬間、すぐ近くで雷が光り、大きな音を立てた。



 「……入れ替わった」


喋ったのは、清水の見た目をした地場だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る