オーブンと暖炉・2

「ナツヒコが生まれたのは、あの冬麻記念病院だった。そして、ナツヒコの母親――私の姉は、その病院の産婦人科医だった。そして、ナツヒコの父親は、トウマの研究者だった。そういえば、彼が死んでからまだ一週間ほどしか経っていないのか」

「まさか本当に、親がクローンを作る為に、生まれて間もないナツヒコから細胞を採取したのですか?」

「彼、ナツヒコの父親が私にその話を打ち明けたとき、彼はナツヒコのことを希望と表現した」

「希望……」

 昨日会ったカガミはナツヒコに永遠を見たと言った。今度は希望だ。しかし、ツクバはナツヒコを甥だとだけ言った。ぼくにとっては何なのだろう。

「トウマが支援する形で、ナツヒコのクローンを育てる計画は進んだらしい。それが、彼が18歳のときに表に出て来た訳だ」

「ツクバさんは……、知っているのですか?」

「ナツヒコがいつどこで死んでしまったのか、私には分からない。それでいいと思っている。彼の人生だ。しかし、私も彼の叔父として、最低限のことをするつもりだ。この葬儀もそのうちの一つだよ」

 ぼくには、ツクバという人間がとてつもない異形の存在に思えてしまった。とてつもなく、遠い存在に思えた。もっとも、最初から近しい存在などではなかったけど。


 ぼくは質問を重ねることにした。

「ナツヒコのクローン体は、一体だけですか?」

「彼の父親が言うには、一体だけだ」

「ナツヒコの有機ビヘルタを焼却処分したというのは、高校を卒業したときですか?」

「ああ。そうだ」

「精神格納装置はどうしたのです?」

「完全に無機型ビヘルタに移植した。空っぽになった有機型の方は、その後移植手術をした機関が焼却した」

「それを確認しましたか?」

「した。有機型ビヘルタは、完全に一人分の骨格になっていた。先に言うが、他のビヘルタとすり替えられた可能性はない。私は焼却炉に入っていくところも出て来るところも見ていた。それは一瞬の出来事だった。焼却炉の中ですり替えることは不可能だった」


 ツクバが視線を上げぼくのことを見つめたとき、館内放送がかかった。ぼくらは釣られて天井のスピーカーを見た。

『ホソミ・ナツヒコさまのご親族、並びにご友人の皆さまにおかれましては、3番炉の前にお集まりください』

 ぼくはツクバと一瞬目を合わせて、椅子を引いて立ち上がった。ツクバも間を置かずに立ち上がる。ツクバはそのまま出入り口まで早歩きをして、部屋を出て行った。ぼくは一番最後まで待合室に残って、他に誰もいなくなってからその部屋を出た。


 階段で1階に下りて3番炉の前の人だかりに近づくと、既に炉の内部が外に出てきていた。その上には、灰がほんの少しだけ乗っていた。

 これで火葬だなんて、あまりに大袈裟だ、と思った。箸で拾うべき骨はそこには全く無く、ただ虚空と共に黒い煤のような物が乗っているだけだった。なるほど、これなら確かに、うちのオーブンでも焼けただろう。トーストを焼くより遥かに早い時間で、手軽に焼くことが出来たはずだ。


 ぼくは火葬場の職員が灰を集めて骨壺に入れる様子を、少し離れた位置から見ていた。職員は手袋をした手でそれをかき集め、器用に骨壺へ入れいていった。しかし、あれでは骨壺の底を隠すことも出来ないだろう。さっきのコーラの瓶だって、あれでは一杯にはならない。


 骨があれば何か説明をするのであろう別の職員|(というより明らかに僧侶)が手を合わせて、何かを言った。ぼくの位置からではそれは聞き取ることが出来ず、辺りでは余った箸が所在なさげに転がっていた。

 骨壺には蓋がされ、ツクバがそれを受け取った。ツクバは骨壺を両手で大事そうに抱えて、出口に向かって歩き始めた。周りにいた人もそれに続く。ぼくは暫くその場に立ち竦んでいた。別の火葬炉の方から、説明する声が聞こえてきていた。「この骨は座禅した仏様に似ていることから……」


 骨壺はツクバの家にでも持っていって、四十九日だかに墓に入れられるのだろう。しかし、そこまで付き合う時間はぼくにはないし、また興味もなかった。そこにナツヒコはいないからだ。


 ぼくはナツヒコの葬儀に来ていた人たちが出て行ったのとは別の出口を見つけて、そこから駐車場に出た。すると、ちょうど、ツクバが車の助手席に乗るところだった。ぼくは一瞬立ち止まってそれを見て、それから表の道路へ出た。


 火葬場の横にはコンビニエンスストアがあって、ぼくはそこに入った。陳列された数珠の横の温かい缶コーヒーを持ってレジに並んでいると、視界の端にメッセージを受信したと表示された。ぼくはそれを、何気なく開いた。差出人は不明だった。

『キサナドゥのホソミ・ナツヒコの家に来い。現地時間今夜9時』

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