奇跡的な連続・5

 カガミの勤務しているカイザ・ジャパンの札幌開発局の前にはアクセスポイントがあって、ぼくらはそこに一瞬で辿り着くことが出来た。大きな建物などの前にはアクセスポイントが設置されることもある。いくらヴァーチャル上といっても、いまのところ、どこへでも飛べる訳ではない。


 大きなゲートの先には広大な敷地が広がっていた。コンクリート舗装された幅の広い道が、芝生の中に伸びている。現実では大型トラックなども通るだろうけど、ヴァーチャル上ではトラックなんて、趣味で乗っている人しかいない。


 ぼくらは静かな中を建物の入り口まで歩いた。開発局は平たく大きな白い建物で、外壁には銀色のカイザのロゴが取りつけられていた。


 自動ドアを潜ると広いロビーにカウンターだけの受付があって、そこには女性が一人いた。壁は一面真っ白で、カウンターも白だった。入口の反対側の壁の両端に自動ドアが1枚ずつあって、その中央に受付がある格好だった。受付までまっすぐ歩いたキノサキが女性に話し掛ける。

「12時に開発局長のカガミ・キョウイチさんと約束している、キノサキ・ジロウです」

「かしこまりました。ただいまお取次ぎいたします」

 受付の女性は横を向いて電話機の受話器を手に取った。最新機器を開発している企業の受付とは思えないほど古風なシステムだった。

 キノサキが斜め後ろにいたぼくに、「彼女、人間だと思う?」と耳打ちした。

「AIでしょう。こんな所に人間を配置しませんよ、普通」

「いや、俺が話し掛けたとき、一瞬目だけを動かして俺の全身を見た。あの瞳の動きは人間だよ」

「でも、カイザの受付ですよ」

「内線で取次してるんだぞ? 靴屋の息子はいつでも裸足ってわけさ」

 ぼくがその言葉の使い方の正しさについて考えていると、受付の女性が受話器を置いてこちらを向き直して、「2号棟と3号棟の渡り廊下1階にいらっしゃるとのことです」と言った。ぼくは反射的に、女性の背後の壁の構内図を見た。いまいるのが一番棟らしい。


 キノサキが女性に礼を言ってその場から離れる。ぼくはキノサキに後ろから、「いまの説明で分かったんですか?」と聞いた。キノサキは受付の左側の自動ドアの方へと歩いていた。

「一度来たことがあるんだ。前にカガミ氏に取材したのもここだった。まさか、まだこんなところにいるとは思っていなかったが」

 ぼくは廊下に入っていってしまうキノサキについていく。白い廊下はまっすぐ50メートルほども伸びていた。

「と言うと?」

「とっくにカイザ本社に引き抜かれて戻ったものだと思っていたんだよ。カイザ・ジャパンなんて言ってるが、要は子会社じゃないか」


 建物の中は静かで、ぼくらの足音が無暗に響いて聞こえた。廊下の左側にはドアが幾つか並んでいて、右側は50センチ四方くらいの窓が等間隔で設置されていた。そこから外を覗くと、どうやら中庭になっているらしい。芝生とベンチ、それに植えられている木が何本か見えた。


 ぼくらは廊下をロビーと反対側の端まで歩いて、また自動ドアをくぐり、建物の外に出た。そこはコンクリート補整された、5メートル四方くらいの広場になっていた。前方には緑色のフェンスがあって、その向こうには駐車場があるようだった。右を向くと外廊下がずっと伸びていて、中庭を挟んだ反対側の棟と結んでいるらしいと分かる。外廊下には2部分を支える柱が等間隔で立っているけど、1階部分に壁が無いのが開放的で、風を中庭に運んで芝生をそよがせていた。


 キノサキがぼくに肩越しに、「ほら」と声を投げた。キノサキの視線の先を見ると、白衣を着た一人の男が、1階の外廊下の中ほどに中庭に向かって設置されたベンチに座って、足を伸ばしていた。視線はまっすぐ前を向いている。


 キノサキがその男に近づいていった。ぼくも少し遅れて後に続く。キノサキが少し離れた所から、「お久しぶりです」と、その男に声を掛けた。


 男はゆっくりとした動作でこちらを振り向いた。カイザ・ジャパンのウェブサイトで見た顔だ。庇の下にいて、その男の顔はやけに暗く見えた。すぐそこでは芝生が太陽の光を浴びているというのに。


「ああ、キノサキくんか。もう、そんな時間か」

 カガミ・キョウイチはまたゆっくりとした動作で、中庭の方に視線を戻した。

「いま受付で取り次いでいただいたのですが」

「研究室の誰かが勝手に私の居場所を教えたのだろう。それで、そちらが例の君の手伝いかね」

 ぼくはキノサキの横に並んで軽く礼をし、自己紹介をした。カガミは顳顬のあたりを指先で叩きながら、「マヤ・シンヤくんね」と呟いた。

「それで、取材はここでいいのかな」

 カガミの喋り方は何となく、独り言のように見えた。いまのところずっと中庭の方を見て喋っているし、基本的に両手を白衣のポケットに突っ込んでいる。

 キノサキがカガミの横に座った。ぼくの座るスペースは無かった。


「それで、送ってもらった質問に答えるだけでは、ないね。それでは、テクストデータで十分だ」

「ご協力感謝します」

「まず第一問は、新型ビヘルタが社会に与えるメリットとデメリットだったね」

「ええ。その前に、以前のインタビューで、新型ビヘルタのテスト中とのお話がありました。それはどの程度進んでいますか?」

「想像以上だ。これほどとは、私も思っていなかった」

「テストとは、具体的にどのようなことを行なっているのですか?」

「人間としての暮らしがメインだが、もう少し負荷の掛かることもしている。これ以上は機密事項だ」

 カガミは訊かれることを予想していたのか、キノサキの質問に対して時間を置かず答えていた。ぼくは、ナツヒコのことをこちらが知っていると悟られずに質問をする手立てを考えていた。

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