奇跡的な連続・4

 朝の紅茶を飲み終えたユリコがぼくの家から帰っていった直後、キノサキからメッセージが送られてきた。時刻は午前10時半過ぎ。ぼくはメッセージを開いた。


『カガミ・キョウイチだが、今日の昼ならAEで会ってもいいそうだ。手伝いが一人着いていくことも了承を得た。とはいっても変な質問はしないように。質問はでっち上げて幾つか送っておいたが、その場で思い付くことも訊くかもしれないと伝えてある。カガミは俺のことを覚えていた。12時にAEの君の家に行くから準備しておいてくれ』


 ぼくはベッドを整えながら、何を訊くべきか考えた。枕にユリコの長い髪が残っていたので、摘まみあげてゴミ箱に捨てた。


 エンドウは何故、ぼくにカガミのことを教えたのだろう。直前の話から考えて、それはカイザが九重重工業から、ナツヒコのビヘルタを持って行ったことと関係していると思えた。カガミの来歴から考えて、ナツヒコの無機ビヘルタを作ったのは、カガミなのではないかと、ぼくは考えていた。


 ぼくは空になった自分のカップにもう一杯コーヒーを淹れて、テーブルの前に座った。キノサキは、カガミを天才肌だと言った。それは、話をした感想であって、研究や論文の感想ではない。しかし、人から話を聞くプロであるキノサキが天才肌と評したのなら、それはいくらか妥当なものだと考えておいてもいいのかもしれない。


 同時にキノサキは、カガミが何を言ったのか分からなかったとも言った。思考が飛躍するのか、話すことが論理立っていないのかは分からないけど、ぼくは過去のインタビューを読んでみたいと思った。


 読書アプリで検索すると、それは簡単に見つけることが出来た。約1年前の『月間観望』の記事だ。タイトルは『ビヘルタ開発の最前線』。適当に飛ばし読みをしていく。キノサキの『いま開発しているビヘルタはどのような物になりそうですか?』という問いにカガミは、『現在使われているものより軽量になり、さらに強靭になります。さらにインターフェイスとしてのビヘルタから一歩進んで、人間としてのビヘルタ、肉体としての存在として利用されるように開発しています』と答えていた。

『肉体としての存在とは?』

『社会はステップアップすることになるでしょう。現在テスト中のビヘルタが全体で使われるようになれば、それは可能です。限られた人間が選ばれるのではない。現時点ではそう考えています』


 開発中の躯体となれば機密事項も多いだろうけど、その新型ビヘルタに関しての秘密が、より一層カガミの言っていることを分からなくさせているのだろう。それでは何を言っているのか分からなくても不思議ではない。

 ぼくは本を閉じて、VR用のゴーグルを装着し、AEにアクセスした。



 自分の家で目を覚まして時計を見ると、11時半だった。窓の外は実際の長崎市に合わせて雲っている。雨は夜のうちに止んだらしかった。


 ベッドに寄りかかってカガミの記事を読み返していると、玄関のチャイムが鳴った。玄関まで行ってドアを開けると、案の定キノサキだった。ぼくは思っていたことを言うことにする。


「何か、話しておきたいことがあるんですか」

「よく分かったな」

 キノサキにリビングルームのクッションを勧めて、ぼくは斜め向かいに座った。キノサキは座るなり、「いまは詳しくは聞かないが」と切り出した。

「カガミの名前をどこから聞いた?」

 ぼくは事実の一部を話すことにした。

「ナツヒコは、自分のビヘルタは九重重工業製だと言っていました。でも、九重の担当の技術者に、実はその無機ビヘルタはカイザ製であることを聞きました」

「それを作ったのが、カガミだと?」

「それは分かりません。でも、ぼくはそうじゃないかと考えています。キノサキさんのインタビュー、読みました。あれに書いてあった新型ビヘルタのテストというのが、ナツヒコのことだったのではないかと」

「ホソミ・ナツヒコが選ばれた理由は?」

「それも分かりません。ただ、カイザから、ナツヒコをダルムシュタット工科大学に行かせる話があったらしいです。結果的にMITに行きましたが、MITの人間がナツヒコは天才だと言っているらしいです」

「天才?」

「それともう一つ。ナツヒコはどうやら、4年前の冬麻記念病院襲撃事件で一度死んでいるらしい。何が起きたかは不明ですが、それからナツヒコは、有機型ビヘルタを本体として生きてきた。それも理由の一つかもしれません」

「それは、理由というより結果の一つかもしれない」

「結果?」

「なぜホソミ・ナツヒコは冬麻記念病院に入院していたのか。その理由は、なぜ彼のクローンは存在していたのか、という疑問の近くにあるような気がする」

 キノサキはそこで一度言葉を切って、窓の外の晴れ切らない空を見た。ぼくは思い出したことを、キノサキの横顔に向かって言う。

「そういえば、明日ナツヒコの葬儀があるそうです。行きますか?」

「いや、明日は別件で行けないな……。マヤ君は、行くの?」

「行こうと思っています。ナツヒコの叔父さんにも、もう一度会いたいですし」

 キノサキは何度か頷いたあと、「それじゃ、そろそろ行こうか」と言って立ち上がった。ぼくも時計を見ながら立ち上がった。11時45分だった。

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