奇跡的な連続・3
カガミ・キョウイチは秋田県出身の技術者で、東北科学大学大学院の修士課程修了後、カイザ・ジャパンに就職している。どうも院生時代に書いた論文が注目を浴びたらしく、鳴り物入りでカイザ・ジャパンに入社したとのこと。専門はロボット工学。新型無機型ビヘルタの開発をしてさらに注目され、一時ドイツのカイザ本局に出向するも、現在はカイザ・ジャパンの開発部長らしい。顔写真がカイザ・ジャパンのウェブサイトに載っていた。白い物が混じった長い髪を顔の横に垂らして、黒フレームの眼鏡を掛けていた。
「この人に、会えないかな」
「どうしてですか?」
「ちょっと、聞きたいことがある」
ぼくがそう言ったとき、通話アプリが着信を知らせた。見ると、キノサキからだった。
「はい。キノサキさんですね? 無事ですか?」
「ああ、何事もなく、拠点のホテルに着いたよ。今日は、酷い目にあった」
「同感です」
「アマノさんだけど、どう? あのツーブロックの彼女、何か言ってる?」
「捜査はすぐ始まるだろうと」
キノサキは「そうか」と呟いて、黙ってしまった。ぼくは静寂が続かないように、言葉を探す。
「そうだ、カイザ・ジャパンのカガミ・キョウイチって人、分かりますか?」
「ああ、うん。以前、取材したことがあるよ。カガミさんがどうかした?」
「聞きたいことがあるんですけど、取材って出来ないですか。ぼくがキノサキさんについていく形で」
「いま名前を出すってことは、この一件と何か関わっているのかな」
「ナツヒコのことを知っている可能性があります。会えないですか」
「カイザの札幌開発局にいるんじゃなかったかな。AE上で良ければ、セッティング出来るかもしれない。しかし、カガミ・キョウイチねえ……」
「どんな人ですか?」
「天才肌の変人かな。俺も勉強をしてから取材に行ったけど、何を言おうとしているのか全然分からなかった。いや、一言一言は分かるんだ。だけど、全体を振り返ってみると理解出来ない。後で文章に起こしてみても分からない。あんな体験は後にも先にもあの時だけだった」
「なるほど?」
「話が聞けるかは分からないが、覚悟しておいた方がいい。彼がナツヒコ君について何か知っているとしたら、それはこの一件に深く関わっていることだろう。いま君が何を知っていて、何を考えているか、とりあえずは聞かないが、言いたいことがあったらいつでも言ってくれ」
「ありがとうございます」
「うん。それじゃ、また」
そう言ってキノサキは通話を切った。ぼくは斜向かいにいるアマミヤに、「キノサキさんがホテルに着いたって」と伝えた。
「彼についても、私の仲間が張っています。取り敢えず、裂ける人員は裂いているとのことです」
ぼくは頷いて、箸を手に取った。アマミヤを見ると、お椀を空にしていた。
「もっと食べる? まだあるけど」
そう言ったぼくの言葉にアマミヤが「うーん」と唸ったとき、玄関のチャイムが不意に鳴った。
「誰だろう。ちょっと、待ってて」
ぼくはそう言って立ち上がり、廊下を歩く。玄関でサンダルを突っ掛けてドアスコープを覗くと、そこに立っていたのは、ユリコだった。
まずいな、と思った。何がどうなっても、いまだけはまずい。いくらアマミヤが改造されたエージェントでも、ユリコと鉢合わせになることだけは避けなければならない。背筋が凍る。
立て続けにチャイムが鳴らされる。二度、三度とそれは繰り返された。ぼくは様々な可能性を脳内でシュミレートして、ドアを半開きにした。
「珍しいね、いきなり訪ねてくるなんて」
ユリコの頬は赤く上気していた。外では夕日が落ち切って、冷えた外気がぼくの家から暖かさを一瞬で奪っていった。ユリコはマフラーを緩め、ドアの隙間にその身を捻じ込もうとしてくる。ぼくはそれを肩でブロックした。
「ちょっと、待って。いま、部屋が散らかってるんだ」
ユリコは張り付いたような笑みを浮かべ、細めた目でぼくを見つめた。
「あら、そんなこと、気にする仲だったかしら」
「君といるときは、少し格好をつけたくなる」
「私の前では素のあなたでいいのよ」
「君が綺麗過ぎるからさ」
ユリコはぼくの言葉に笑顔を柔らかくし、ぼくの腕の下を潜って玄関に入り込んだ。ヒールの付いたパンプスをそれでも上品に脱ぐと、早歩きで廊下を進んだ。ぼくは急いでドアを閉めて、その後を追った。
ユリコがリヴィングルームに通じるドアを開いた。
そこには誰もいなかった。
窓が全開にされて、冷たい空気が吹き込んできていた。咄嗟にテーブルの上を見ると、何も置かれていない。暖房はオフにされていた。
「この部屋、こんなに風通しが良かったかしら」
「空気の入れ替えを、な」
ユリコは振り返って、「ふぅん」とぼくを睨む。その目つきにぼくは、余計に凍えそうになる。ぼくは部屋を歩いて窓を閉め、カーテンも閉めた。
「そう。まぁ、いいわ」
ユリコは何かを納得したように、そう言った。ぼくは暖房を入れて、さっきまでアマミヤが座っていたクッションをユリコに勧めた。ユリコは無言で頷いて、それに足を伸ばして座る。今日はブラウンのスカートに、ボルドーのタイツを穿いていた。
「なんだか、喉が渇いたな」
「豚汁なら、あるよ」
「私の分も?」
「うん。何だか、君がもうすぐ来るような気がしていたから」
「私、明日の昼まで時間があるの」
「寿司でも、頼もうか?」
「そうね……。私、ゆっくりお風呂に入りたいわ」
ぼくは、アマミヤの短い髪なら言い訳が付くかと一瞬考えたけど、たまにユリコが見せる超能力じみた勘と洞察力に脅えることにした。
「なら、いまお湯を張るよ。その間に、適当に注文しておいて」
「それなら、シャワーでもいいよ」
「うーんと、いや、今日は寒いし、風呂を入れよう。こんな雨の日にはお湯に浸かるに限る」
ユリコは可笑しそうに笑みを漏らして、コートを脱ぎ始めた。ようやく暖房が利き始めたのだ。
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